第6話『リタの趣味』
リタの話をしよう。
彼女はケミスティア北西部、ケミスティアとジオグラマトの国境近くの寒村に産まれた。
昔から身体能力が高く、風邪も引かない。
彼女は塔主となり、両親の生活を豊かにしたいらしい。
"らしい"というのは、伝聞だからだ。
リタは自分の話をあまりしない。
普段から鍛錬に励み、本気でタワーズドラゴンを目指している。
リタへの印象には"たくましい"という言葉が最適だ。
一見するとただの年頃の女の子だが、しなやかな筋肉を有する。
下宿組の脳筋たちにも負けない腹筋は努力の結晶だ。
「変質魔術は効果の割に難しいからね。
効率はあんまよくないけど、なにかアイデアでもあるの?」
「応用の幅が広そうなものはできるだけ習得したくてな」
そして頭もいい。
魔術は習得にかなりの頭脳を要するが、リタもホノンも上級魔術を多く修めている。
判断は素早く、戦闘でも最善手を打つ。
今日はそんなリタと同行する。
エドナへの奉公にあたる業務の一つ。
それが"治安維持依頼の処理"である。
エトラジェードには多くのタワーズドラゴン候補者がいる。
武芸の道を極める彼らの中には、学のない者も割と多い。
都市から離れた場所での魔物の駆除にうってつけの人員だ。
「
発見されているだけで5体いるから、難易度はC程度。
私一人でも問題ないけど、今日の私はシンのサポートに回る」
「毒か......噛まれたらダメなのか、近づくのもダメなのか」
「唾液と歯先から出る毒液が有害だね。
基本的には魔術で倒して」
「了解」
魔物の強さや討伐難易度はF~A,Sの記号でランク付けされている。
ホノン曰く、今の俺でもD程度の敵ならば確実に倒せるであろうとのこと。
難易度Cと聞くと少し怖いが、リタのサポートがある。
必要情報の整理、伝達、質問への解答。
冷静沈着。先見の明を持つ慧眼。
これがタワーズドラゴンに求められる人格像なのだろうか。
「そういえば、ホノン達って武器を使わないよな。
使わない理由とかあるのか?」
「選定戦では使えないからね。
基本的に私達は素手と魔術で戦っている。
まあ、塔主の中には武器を使って戦う塔主もいるけどね」
「なら、選定戦でも使っていい気はするけどな」
「不正が横行するからダメなんじゃない?」
確かに、この世界なら剣先から火が噴き出る剣とかも普通にありそうだ。
「だから、盤面が不利なことも多い。
機動力の高い有毒種相手にはどう動くのが正解か。
シンなら分かるでしょ?」
気が付けば、目の前に
警戒の意志表示としてうなる獣たち。
ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ......あれ?
「多いな」
「扇状に8体。警戒して」
1体の撃破と同時に近接されてガブリだ。
ならば各個撃破は悪手。
目をつむり、集中し、地面に手をつく。
想像するのは"土の針山"。
「"
上級岩魔術『
地面の形状を想像通りに変化させる魔術。
潤沢な想像力と高い魔力制御を要求される技だ。
2体の足を貫き、5体に避けられ、1体を仕留める。
この魔術の目的は地形変化に過ぎない。
直ぐに7体を目に映し、構える。
「"
正確に放った中級風魔術が虎の動きを邪魔する。
地形の変化により風の流れにも変化が生まれる。
個体ごとの機動性に格差を生み出した。
「"
上級岩魔術のなす攻撃は無情だ。
虎は脳天をこぶし大の石に打ちぬかれ、針山で串刺しに。
すばしっこい5体を着実に倒す。
終わった。
3......いや、目をつむった間を含めて4。
4手かけて8体を倒した。
上手くいった。
そう思い、リタへ振り返った時。
「"
牙にこびりついた汚れもみえるような位置で、虎が固まった。
脳天を岩槍に貫かれた獣は瞳の色を失い、倒れる。
俺は茫然とし、言葉を失う。
「油断」
リタの言葉を噛みしめる。
足をやられた個体が俺の真横まで迫っていた。
一瞬でもリタが遅れれば、俺の首から上は無くなっていた。
ぞっとした。
「判断も精度も一級品だけど、意識が足りないね。
シン。君は今、負けた。
敗北が何を意味するか、賢いシンなら分かるよね」
馬鹿にされている感覚も感じない。
賢くなくたって、誰だってわかる答えだ。
「死」
「いや、そんなことじゃない」
「......?」
死以外になにがあるというのだ。
「ホノンへの恩返し。エドナおばさんへの恩返し。
依頼の完遂。魔術の探求。選定戦の参加。
シンはそのすべてを失い、半ばで絶えていたんだ」
1本1本折られたリタの指を見る。
一度の敗北がなにを意味するのか。
そしてそれは、俺の知る意味を遥かに超えている。
「常に死ぬ気で挑めば死なない。
そう信じて、絶対に油断するな」
不思議な言葉だ。矛盾しているように感じる。
信じ、油断せず。そのちぐはぐさが脳に刻まれる。
今しがたとはまた異なる毛色で、ぞっとした。
===
「私は皮を剥いで死体を焼いてくる。
シンはここで休憩してな」
「手伝わなくていいのか?」
「初心者がいても無駄に時間がかかるだけの作業だからね」
リタなりの配慮だろう。
正直助かる。休みたい。
「悪い。頼む」
「今日はシンがほとんど倒したからね」
真顔で死体に向き直るリタに背を向け、少し離れる。
気分が優れない。
木に背を預け、地面に尻をつく。
空を仰いでため息をつき、目をつむる。
一息おいて脳を働かせる。
淡々と魔術で殺したが、生き物を殺した感覚はある。
ゴム手袋で水に触れているような、奇妙な半端さは感じるが、俺は命を奪った。
罪悪感も後悔もないが、胃がムカムカするような違和感を覚える。
そして油断した。許されない油断だ。
ぼんやりと意識していたが、失敗は死を意味する。
塔主を志すならば、そのあたりを明確にしなくてはいけないな。
死。道半ばの死。
死ぬ気で死なないよう挑む。
ただ言葉を理解しても、意志は芽生えないだろう。
「なにか明確な目標を建てなきゃ......」
そう。目標だ。
塔主を目指す理由がなければ、死を恐れ足が止まる。
前進を維持するには、馬にとってのニンジンが必要だ。
変化への期待。魔術の研究。
異世界への知欲。ホノンへの感謝。
「......やっぱ、原点回帰だな」
表情の復活。
やはり異世界にきても、これが一番の目標だ。
脳が整理できた。
俺は立ち上がって草を払い、リタの方へ歩く。
もう終わっただろうかと思い、顔を前に向けると......
「ふふ、ここまで綺麗なアスターは珍しいな......」
リタが赤い花に触れ、微笑を浮かべていた。
見れば虎の皮は剥ぎ取られ、死体は焼却されている。
リタの笑顔。初めて見た気がする。
俺とは違い、リタは精神疾患ではないらしい。
俺が目を丸くしていると、リタが気がついた。
「ッ! .........見たな」
リタは驚いて立ち上がり、俺を睨む。
元々鋭い眼光が今はさらに鋭い。
俺は驚きながらも口を開く。
「リタは花が好きなのか?」
「.........好きじゃ悪い?」
「いや、ちょっと意外」
「はぁ、そう思われるから隠してるんだよ」
リタは腕を組んで体重を木に預け、ため息をつく。
俺はリタの愛でていたアスターを見る。
俺には花の良し悪しは分からない。
「アスターは私の産まれたところでも咲いていたんだ。
母さんが花をしおりにしてくれて、それが宝物みたいで。
気がついたら、花そのものが好きになってた」
「アスターに花言葉ってあるのか?」
俺の問いに、リタは考え込む。
記憶を探る仕草をした後、はっきりと言った。
「確か"変化を好む"だった」
俺は少し、その赤い花が好きになった気がした。
我ながら安直である。
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