第73話 突然の別れ。そして……
「……私なら、彼の能力をすべて『取消』することができるかもしれません」
「えっ……そんなことが、できるのですか?」
思ってもみなかった話に、まじまじとザムルバさんを凝視してしまう。
「はい。私は、『召喚者の権限』を持っておりますので」
「召喚者の権限……ですか?」
「今までずっと黙っておりましたが、あなた様を召喚したのはジノムではなく……この私なのです」
それから語られたのは、ザムルバさんの懺悔だった。
きっかけは、『勇者召喚魔法』が記載された書物を偶然手に入れてしまったこと。
勇者を召喚したのは、個人的な理由……直接会って話をしたかったから。
国にも内緒でこっそり召喚し、話を終えたらすぐに元いた世界へ帰すつもりだった。
ところが、召喚地点がずれ勇者は行方不明に、自分は魔力欠乏症でひと月ほど意識を失ってしまう。
意識を取り戻したときには、ジノムが自分を召喚者だと偽り、国を挙げての捜索にまで発展していた。
「……だから、一人で俺を捜し出し、元の世界へ帰そうとしたのですね」
「あなた様がこの世界で生きることになったのも、このような事態になったのも、すべて私の軽はずみな行動のせいなのです。本当に、本当に申し訳ございませんでした!」
頭を地面にこすりつけ、ザムルバさんが俺へ謝罪をしている。
憧れの勇者に会って話がしたい……ただ、それだけの理由で俺は召喚された。
ここで、「ふざけるな!」と激怒するべきか、「この人、何をしてくれたんだ……」と心底呆れるべきかなのか、頭の中がぐちゃぐちゃでそれすらもわからない。
「……事情はわかりました。でも、とりあえず今はそれどころではないので、この件は一旦保留とします」
まずは、目先の問題を片付けることが優先だ。
俺は、強引に気持ちを切り替えた。
「それで、その『取消』というのは?」
「書物の最後の頁に、その呪文が載っておりました。召喚者だけが行使できる権限を持っているそれは、召喚勇者の暴走を阻止するための切り札です」
なるほど。
万が一、ジノムのような勇者が現れた場合に備えて、対処方法が明記されていたのか。
「『取消』すると、スキルも何もかもなくなるのですか?」
「書物には『一般人に戻る』とありましたので、おそらく……」
これには魔法陣などは必要なく、相手に直接触れて呪文を唱えるだけとのこと。
いつでも行使可能です!と言われた。
「申し訳ないですが、少々待ってもらえませんか? 実は、一つだけどうしても取り戻したい固有スキルがあるのです」
「取り戻すための、なにか具体的な方法はあるのでしょうか?」
「それは……」
固有スキルをすべて奪われてしまった俺では、どうすることもできない。
でも、他は消えてしまっても構わないから、どうかマホーだけは……
転がされているジノムへ目を向ける。
「マホー、聞こえているか? 俺はどうしても、おまえだけは取り戻したい。だって、俺たちは家族だろう?」
何か方法はないか?
必死に頭を働かせていた俺は、あることを思い出す。
そうだ! マホーが言っていた方法なら、もしかするかも……
「こいつの血を取りこんだら、俺のところに自力で戻って来られるか? 俺にスキルがなくても、おまえならできるだろう? マホーは、大魔法使いなんだからさ!」
傍から見れば、この場にいない人物に一生懸命話しかけている頭のおかしな俺を、ザムルバさんは目を丸くして、アンディはただ黙って見ている。
ジノムは口を塞がれた状態でも、相変わらずモゴモゴと騒ぎ暴れている中、プーンと耳障りな羽音が俺の耳元をかすめていった。
ん? もしや、これは……
すぐに探知と鑑定をすると、それはやっぱり『蚊』だった!
そうか、マホーが召喚したんだな。
「ザムルバさん、ジノムから離れてください!」
「えっ? あっ、はい!」
間違って血を吸われてしまったら、困るからな。
蚊は、ジノムの顔近くを執拗に飛び回っている。
マホー、ジノムの血を吸った蚊は必ず俺が取り込んでやるから、絶対に戻ってくるんだぞ。
◇
今か今かと待ち構えているけど、ジノムはなかなかにしぶとい。
手足を縛られているのに、転がりながら暴れ回り、血を吸わせない。
「おまえ、いい加減おとなしく『蚊』に血を吸われろ!」
「モゴモゴ!」
蚊がいるため、暴れるジノムを遠巻きに眺めることしかできないのがもどかしい。
そんな中、ジノムは顔を自ら打ち付け、口を塞いでいる氷を割るという行動に出た。
「ざまあみろ! これで始末してやる!」
血だらけの口で詠唱し、ジノムは蚊を火で燃やす……と同時に意識を失った。
えっ……何が起きたんだ?
≪父上、無事か?≫
「そうか、アンディが……」
よく見ると、泥団子が落ちている。
ジノムがまた魔法を行使したから、これをぶつけて気絶させたらしい。
俺が教えた、敵を殺さず戦闘不能にする方法。
アンディへ油断するなよと言ったくせに、俺自身が油断をしていた。
息子よ、心配をかけてごめんな。
そして、ありがとう。
≪父上が無事であれば、それで良いのだ≫
アンディが抱きついてきて、猫型トーラもそれに加わる。
一人と一匹を抱きしめながら、やっぱり家族っていいなとしみじみ思う。
今回は失敗したけど、時間をおいてジノムの魔力を回復させてから何度でも挑戦する。
もう一人の家族を、俺は絶対に諦めない。
「あの……勇者様、ジノムの能力が一般人以下になっているようですが、これも作戦の一つなのでしょうか?」
「……はい?」
『一般人以下』って、どういうことだ?
戸惑いを隠せないザムルバさんに促されるまま、俺はジノムを鑑定する。
【名称】 ジノム・エンドルア/25歳
【種族】 人族
【職業】 ---
【レベル】 100
【魔力】 100
【体力】 100
【攻撃力】 魔法 100
物理 100
【防御力】 100
【属性】 ---
【スキル】 飛行
【固有スキル】 吸血取込
たしか、一般人が1000くらいのはずだけど……これは、その十分の一。
「これは……『(召喚)蚊』の能力かもしれません」
職業と属性が空欄で、『飛行』と『吸血取込』を持っている。
うん、間違いない。
俺の懸念は当たっていたんだな。
「どういうことでしょう?」
「えっと……ざっくり説明しますと、手軽に能力を強化できることに対する『代償』とでも思ってもらえば」
やはり、旨い話には裏があったということ。
勇者は『蚊奪取』を使用して他人の能力を簡単に手に入れることができるが、その能力は入れ替え(もしくは上書き)となる。
しかし、ジノムは誰の能力も取り込んでいない蚊を成敗してしまったから、蚊そのものの能力が取り込まれてしまったのだ。
「では、ジノムはもう脅威ではないと?」
「はい。ただし、彼が今も所持している固有スキルは、能力を簡単に強化することができます」
『蚊奪取』は能力の総入れ替えだけど、『吸血取込』は上位互換の仕様だからね。
「えっ!? それでは……」
「……ただし、強者の血を取り入れる必要がありますので、それができない状態であれば問題はありません」
おそらく彼は、今後要注意人物として幽閉されることになるだろう。
万が一自由の身になったとしても、『蚊奪取』がないから自分で戦って強者の血を手に入れる必要がある。
でも、このレベルでは誰にも勝つことはできない。
だって、一般人以下だもんな。
それは良かったけど……
≪父上が言っていた固有スキルは、どうなったのだ?≫
「一緒に…消えちゃったよ。もう……二度と…戻って来ない」
まさか、こんな唐突に別れが来るなんて、思ってもいなかった。
マホーとは俺がこの世界に召喚されたときからずっと一緒で、お互い言いたいことを言い合いつつ、仲良くやってきた。
強制送還だって、二人で乗り越えたのに……
俺がおまえを家族の一員だと言ったら、⦅
蘇生薬だって、まだ完成していないぞ。
俺に⦅目玉を入れよ!⦆と強制したんだから、最後まで面倒みろよ……
俺はまだまだ未熟者で、これからも師匠の教えが必要な弟子だ。
その弟子を通して⦅孫弟子を育てるのじゃ!⦆と張り切っていたよな?
それなのに……
「……なにが、⦅儂は絶対に消えぬから、大丈夫じゃ⦆だよ。⦅儂は、そう簡単に消滅なぞせぬ!⦆じゃなかったのかよ……」
≪父上……泣いておるのか?≫
アンディ、トーラ、情けない姿を見せるけど許してくれ。
今は、泣きたい気分なんだ。
「マホーの……嘘つき」
絶対、俺のもとに帰ってくるって信じていたのに……
目を閉じると、これまでのことが走馬灯のようにまぶたに浮かぶ。
「……誰が、嘘つきじゃと?」
映像だけでなく、幻聴も聞こえてくる。
マホーの残滓が、まだ脳内に残っているんだろうな。
声は若いような気がするけど、でも、何でもいい。
もう少しだけ、話をしたい。
「誰って、マホーだよ。儂は、大魔法使いじゃ!って言う爺さん……」
「おぬしは、またそんなことを言うておるのか? 『どこの世界でも、年寄りは敬うように! 間違っても、大魔法使いを『爺さん』呼ばわりするでないぞ』と言ったはずじゃがのう……」
「でもさ、本当に大魔法使い様なら、消える前に自力で戻ってこられただろう?」
「だから、儂は戻ってきたではないか?」
「戻ってきたって、どこに?」
「ここにおるぞい。そろそろ拘束を解いてくれんかのう……さすがの儂でも、身動きが取れぬ」
ん? 拘束を解けって、まさか……
恐る恐る目を開ける。
地面に転がされて気を失っていたはずのジノムが、俺をじっと見ている。
その顔は、ジノムのようで、ジノムではない気がした。
「もしかして……マホーなのか?」
「儂じゃい。おぬしの体は乗っ取れなんだが、こやつの体は乗っ取れたみたいじゃのう……」
「ハハハ……嘘だろう? 本当に乗っ取ったのかよ……」
「儂を、誰だと思っておる。大魔法使いのマホーじゃぞ!」
「うん……知ってる」
マホーのドヤ顔は、目が潤んで残念ながらよく見えなかった。
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