第69話 ……強制〇〇になっちゃった!?
「サカイ殿、どうぞ元の世界にお帰りください。『勇者送還!!』」
ワッツさんがそう言い放った瞬間、俺は目も暗むような光に包まれる。
これは、あの時と同じだな…と思ったころには、目の前が真っ暗になった。
◇◇◇
……ボーン、ボーン、ボーン
いーち、にーい、さーん……
頭がぼんやりとしながらも、無意識に数を数えてしまう。
これは、俺の小さい頃からの癖の一つ。
条件反射みたいなものだから、一生直らないだろうな。
……ボーン、ボーン、ボーン、ボーン
俺は、懐かしささえ感じる壁掛け時計の音で覚醒する。
気付くと、薄暗い部屋の中に仰向けで倒れていた。
雨戸が閉められているから、光源は隣の部屋の小窓から差し込む太陽の光しかないが、さっきの音色と、線香の残り香と、部屋にほのかに漂う
「……本当に、家なんだな」
俺は、数か月ぶりに自宅の居間にいた。
……ボーン、ボーン、ボーン、ボーン
……はーち、きゅーう、じゅーう、じゅーいち。
音が鳴りやんだから、どうやら今は午前十一時らしい。
むくっと起き上がり、まずは靴を脱ぐと底を裏返しておく。
だって、土足厳禁だからね。
暗闇に目が慣れてきたから手探りで電器を点けると、じいちゃんとばあちゃん、そして両親の遺影が見えた。
「ただいま……」
笑顔の写真に、久しぶりの挨拶をする……と、急にどっと疲れを感じ一気に力が抜けた。
頬をつねらなくても、夢じゃないことはわかる。
逆にあっちの世界でのことが、長い長い白昼夢みたいだ。
「俺、一人なのか……」
帰ってこられた喜びよりも、喪失感のほうが大きい。
俺は、かなりあちらの世界に馴染んでいたんだな。
新たにできた大切な家族も仲間も、この世界には誰一人いない。
そう思ったら、なんかもう、何もやる気が起きなくなった。
このままここで、ちょっとひと眠りしようかな……
⦅コラ! ボーっとするでない!! 早くあっちの世界へ戻るぞい!!!⦆
(!?)
マ、マホー!!
無事だったんだな!
声が聞こえないから、てっきりお亡くなりになったかと……
⦅『縁起でもないこと』を、言うでない! 儂は、そう簡単に消滅なぞせぬ!⦆
アハハ……どこに行っても、やっぱりマホーはマホーだった。
俺の師匠はホント頼もしすぎる! 一生ついていきます!!
でもさ、どうやってあっちの世界へ戻るつもりだ?
⦅こっちの世界でもおぬしの能力は健在のようじゃから、探知魔法と転移魔法を駆使してどうにか帰還方法を探るのじゃ!⦆
異世界というか異空間から探知するなんて、できるのか?
⦅やってみなければ、わからぬ! それに、おぬしは皆と約束したじゃろう? それを、全て
マホーの言葉にハッとする。
アンディとトーラの悲しげな顔、そして、ルビーの泣き顔が頭に浮かんだ。
そうだ。一人と一匹とは、『元の世界には帰らない』と。
彼女とは、『用事が済んだら、すぐに帰る』と約束をした。
胸に手を当て、ルビーから貰ったペンダントを握りしめる。
⦅以前、『あっちの世界に付き合っている彼女がいれば、俺は何としても帰ろうと帰還方法を模索したんだろうな……』と、(心の中で)言っておったじゃろう? 今が、そのときなのじゃ!!⦆
お、俺たちは、別に付き合ってはいないぞ!
ルビーとは、ただの友人だ!!
⦅……儂は、相手が誰とはなーんも言っておらんが?⦆
・・・・・。
⦅はあ……まったく、世話のやける弟子じゃわい。ともかく、精神を集中させて何が何でも探知せよ! あやつらが、宮殿から急に姿を消したおぬしを心配しておるぞい!! それに、あの後のことが気にかかる⦆
そうだった、早く戻らないと!
しかし、「了解!!」と元気よく返事をしたまではよかったのだが……
◇
『ボーン』と、壁掛け時計が午前十一時半を知らせる。
俺は、どうにかあちらの世界を探知しようと三十分間頑張っていたが、全然反応がない。
その間、マホーはおとなしく何をしているのかと言えば、テレビを観ていた。
俺の記憶を覗いて、ずっと気になっていたらしい。
この時間にこの番組がやっているってことは、今日は平日なんだな。
「そういえば、今日は何月何日なんだ?」
異世界では半年以上経過していたけど、こっちも同じくらい時間が進んでいたら、大学はとっくに始まっているはず。
出席日数と単位が足りなくて、すでに留年が決定しているだろうな……
「マホー、ちょっと画面を切り替えるぞ。番組表を見せてくれ」
⦅『番組表』とは、この『テレビ』でこのあと何をやるのか、予定表みたいなものじゃな⦆
さすがは、マホー。
相変わらず、理解力が高いな。
「……そういえば、マホーはテレビの言葉がわかるのか? 画面に表示される字もだけど」
⦅異世界の言葉なのに、ちゃんと聞き取れるぞい。字も、問題なく読めるしのう⦆
「もしかして、マホーも界を渡ったから能力を授かったんじゃ……」
⦅その可能性はあるかもしれんが、今は早く画面を元に戻してくれ⦆
へいへい、わかりましたよ。
観ていた番組に早く戻せと催促されたから、日にちを確認しすぐに戻…………えっ?
再度、日にちを確認。
思わず、二度見…三度見…四度見……
⦅どうしたのじゃ?⦆
「……過去に、戻っている」
⦅ん? なんじゃと?⦆
「だから、過去に戻っているんだよ! しかも、異世界へ召喚されたその日に!!」
一人旅に出発した日は、はっきりと曜日まで覚えている。
だって、じいちゃんの誕生日だったから。
そして、その翌日に俺は召喚された。
つまり、今ごろ地方の町にはまだ俺が……
「なあ、マホー。 こっちの世界とあっちの世界は、光で繋がるんじゃないかと俺は思う」
召喚されたときだって、俺は光に飲みこまれたようになっていた。
さっきの送還魔法だって、そうだ。
おそらく、異空間へ繋がる穴とか扉の役割を果たしているのだろう。
⦅……ということは、おぬしがその光の中へ入ることさえできれば、あちらの世界へ行けるということじゃな。そこで、探知魔法と転移魔法を発動させれば……⦆
「上手くいけば、宮殿へ戻れるかもしれない。やってみる価値はある!」
⦅ただ、おぬしがいつ召喚されたのか、具体的な時間はわかっておるのか?⦆
「わかる!! 俺の手の甲に、蚊が止まったときだからな!」
スマホで時間を見ていたから、はっきりと覚えている。
俺が乗るつもりだったのは、午後零時十五分のバス。
あと五分か……と呟いたところまでしか記憶がないから、その辺りで召喚されたはず。
壁掛け時計を見ると、午前十一時四十分。
うん、十分間に合うな。
⦅悠長に構えてはおれん。さっそく、行くぞい!!⦆
俺の行く場所はわかっているから、転移魔法で先回りして傍で待機。
手の甲に止まる蚊を探知し、蚊の動きに合わせて『飛行』でその瞬間に光へ突撃するぞ。
今の季節は夏じゃないからそれほど蚊はいないけど、個体の識別はマホーに任せた。
⦅うむ。一度は身に宿っておったからな、問題ない⦆
そうと決まれば、さっそく行動開始。
行く前に、仏壇へ手を合わせておく。
じいちゃん、ばあちゃん、家を放置したまま俺は行くけど、ごめんな。
向こうの世界で、守りたい大切な家族や仲間ができたんだ。
だから、許してくれるよね。
両親と祖父母の
そうだ、大事な形見も……
最後にぐるりと部屋を見回し、靴を履いて電器を消す。
「さようなら。今まで、本当にありがとう……」
俺は、思い出のいっぱい詰まった家に、永遠の別れを告げた。
◇
数か月前の俺は、バス停にいた。
現在の俺は帽子を目深に被り、数メートル離れた場所にいる。
あっちの世界の恰好をしているから、かなり浮いているような気がする。
俺自身に不審者だと警戒されないか心配になったけど、スマホの画面に集中していて全く周囲を警戒していない。
たしかにこれじゃあ、ルビーから「カズキは、本当に平和呆けしている」と言われるはずだよな。
⦅こうして見ると、おぬしは随分と顔つきが変わったのう。あそこにおる人物とは、別人のようじゃわい⦆
そう?
自分の顔は鏡で見るけど、違いがよくわからんぞ。
それで、蚊はしっかりと探知しているんだよな?
⦅もちろんじゃ。今、ちょうどあの草むらから出て来おったぞ⦆
じゃあ、そろそろ時間だな。
準備は万端。いつでも、どうぞ。
⦅……よし! 今じゃ!!⦆
了解!!
スピード全開で、行けー!!!
自分自身に衝突するかと思った次の瞬間、俺は光に包まれた。
◆◆◆
それは、まさに青天の
正午過ぎ、耳をつんざくような大音量と共に地面が揺れ、直後、バスの停留所にいた一人の男が姿を消す。
―――バス停に、風変わりな帽子だけを残して……
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