第3話 これって、『棚ぼた』と言うやつ?


 俺は、空を飛んでいた……と言っても、かなり低空飛行だけど。

 ちなみに、音声はない。


「あの……なんで飛んでいるんですかね?」


⦅これは、おぬしが退治した『蚊』の『視点』だからじゃ⦆


 蚊の視点とは、一体どういうことなのだろう。

 しかも、よくよく見るとあっちの世界の景色が映っている。


「……えっ、あの蚊はこっちの世界の蚊じゃないのか?」


⦅この世界に『蚊』など存在しておらん。まあ、吸血虫というのならおるがな。それにしても、ハア……いちいち反応するでない。話が進まんじゃろう⦆


 爺さんからため息を吐かれ、黙って見ていろと言われた。

 アンタが言葉できちんと説明してくれないからだろう!と文句の一つも言いたくなったが、俺は大人なので素直に言うことを聞く。


 視界に映ったのは、バス停にいる俺。

 蚊が俺の手の甲に止まった次の瞬間、目も暗むような光に包まれ、俺も思わず目を瞑る。

 すぐに目を開けると、ごちゃごちゃと物が雑然とした部屋の中にいた。

 物に埋もれるように部屋の隅に置かれたベッドに横たわる老人を目がけて、蚊は飛んでいく。


⦅これは、生前の儂じゃ⦆


「はあ!? 生前って……もしかして、爺さんは幽霊? 俺は悪霊に取りつかれた!?」


⦅誰が悪霊じゃ! 失敬な……⦆


 仕方ないな…と、至極面倒くさそうに爺さんは説明を始めた。

 いわく、自分は五百年もの時を生きた大魔法使いで、寿命を全うするところだった。

 そんな自分の血を、蚊が吸ったのだという。


⦅おぬしは、召喚魔法でこの世界にやって来たのじゃ。そして、あの『蚊』もそれに巻き込まれたようじゃな⦆


「やっぱり……俺は、召喚されたのか」


 これに関しては予想通りだったから、特に驚きはなかった。

 それより気になるのは、どうしてそんな爺さんが俺の頭の中にいるのかということ。


⦅異界の生物に血を吸われたことで、儂の保有しておった能力がすべて『蚊』に取り込まれたのじゃな。ついでに、儂の残滓ざんしも⦆


 『能力をすべて取り込む』って、これは異世界人が持つ固有スキルの一種なのか。

 蚊も俺と一緒に界を渡ったから、その能力を授かったとか?

 う~ん、よくわからん。


「残滓ということは、魂じゃなく記憶とか精神の欠片だけが移った……?」


⦅この世界に『魂』という概念はないが、おぬしの記憶を覗いてみてどんなものかは理解したぞ。それにしても、あちらの世界はなかなかに興味深いのう⦆


「おい、それはプライバシーの侵害だぞ!」


⦅この世界に、『プライバシー』などという言葉もありゃせん。あきらめるんじゃな⦆


 いつの間にか『魂』とか『プライバシー』とか言葉の意味を理解して使っているし、この爺さんなかなか侮れないな。


⦅儂は、『蚊』の中に自分の『DNA』が取り込まれたのではないかと思っておる。あと、一つ言っておくが、おぬしの心の声も考えていることも、儂にはすべて筒抜けじゃぞ⦆


「はあ!?」


⦅どこの世界でも、年寄りは敬うように! 間違っても、大魔法使いを『爺さん』呼ばわりするでないぞ⦆


 ヘイヘイ、わかりましたよ。

 よく考えてみれば、当たり前か。

 だって、脳内に寄生?されているんだからな。


「それで、そんな偉大なる大魔法使い様が、どうして俺の頭の中にいるんだ?」


⦅そんなの、おぬしが『蚊』を倒したからに決まっておる。『ラノベ』にも、倒した敵の能力を奪う主人公がたくさん登場するじゃろう? おそらく、召喚主はその異世界人の能力を欲したのじゃな⦆


 ヤバい。

 この人の、あちらの世界の物事に対する理解力が凄すぎて震える。

 俺はそのうち、体を乗っ取られるんじゃないだろうか。

 脳を支配されたりしてさ。 


⦅真っ先に試してみたが、それはできんかったぞ。まあ、安心せい。宿主を再起不能にしてしまったら、元も子もないでな……ホッホッホ⦆


 おいおい、すでに実行済みとかマジで怖いんだが。

 

「あれ、でも俺は宿主(蚊)を殺っちゃったのに、どうして生き残っているんだ?」


⦅儂も、能力の一部になっておるんじゃ⦆


「能力の一部って……ハハハ」


 ちょっと奥さん、聞きました?

 大魔法使いの残滓が、スキルですって!

 ……なんて、ばあちゃんの口真似が移ったな。

 深く考えても俺の理解力では到底追いつかないから、もう、そういうものだと思っておく。


「じゃあ、大魔法使い様なら、俺のステータス画面が見られない理由もわかるのか?」


⦅そんなもの、儂にわかるわけなかろう。もしかしたら、この世界では『ステータス画面』が開けない仕様なのかもしれんぞ⦆


 たしかに!

 言われてみれば、その可能性だって十分にあるよな。

 その場合は、ギルドとか教会に行って確認するんだっけ?


⦅大魔法使いの儂が、ギルドに登録などするわけなかろう。だから、どこで確認するかは知らん。それに、儂ぐらいになれば、己の能力くらい己で感じ取っていたわい⦆


 あ~、ハイハイ。


⦅おぬしがどうしても知りたいのであれば、儂が教えてやるぞい。まずは、職業からじゃ。おぬしの職業は……⦆


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌てて手帳にメモした、俺のステータスは以下の通り。



     【名称】  カズキ・サカイ (酒井和樹)/20歳

     【職業】  召喚勇者

     【レベル】 92

     【魔力】  95

     【体力】  85

     【攻撃力】 魔法 90

          物理 33

     【防御力】 89

     【属性】  火、水(氷)、土

     【スキル】 製薬、鑑定、探知、空間、風操作

          飛行

     【固有スキル】 蚊奪取

            吸血取込、大魔法使いの残滓



 うわあ……召喚されたと聞いてもしやとは思っていたけど、やっぱり俺の職業は小説ではテンプレの『召喚勇者』だった。


「これ、数値の上限はいくつだ?」


⦅本来はすべて『9,999』じゃが、おぬしには馴染みのある『100点満点』のほうが数値がわかりやすくていいじゃろう?⦆


「約一万が、百ってことは……えっ!?」


 座っているけど、腰が抜けそうになった。

 『魔力』なんて、上限手前じゃん。


⦅何を驚いておる。儂は大魔法使いなんじゃから、魔力が多いのは当然じゃ!⦆


 あ~ハイハイ、そうでしたね。

 だから、魔法攻撃に比べると、武器などを使用した物理攻撃は低いのか。


⦅低いと言っても、中程度の騎士や冒険者くらいはあるぞい。武器を、魔法で操って攻撃するのじゃからな⦆


 そんな面倒くさいことをしなくても、最初から最後まで魔法攻撃だけでいいんじゃない?と言ったら、魔法耐性のある敵もいるし、使える技は多いほうが良いに決まっておる!と怒られた。

 はい、大魔法使い様の仰る通りでございます。

 

 ちなみに、個々の『レベル』『魔力』『攻撃力』の数値は、大体近いものらしい。

    

     一般人・・・10前後

     騎士や冒険者・・・20~50くらい

     ※ 体力と防御力は、個人差あり


 『属性』は、小説を読んでいたからわかる。

 この属性の魔法が使えるってことだよね。

 『製薬』はポーション製作のことで、『鑑定』『探知』は人や物を調べたり探したりできること。

 『空間』は、アイテムボックスと転移魔法、『風操作』は風魔法のことだった。


「人を『鑑定』できるって、俺も鑑定されるってことだよな? 召喚勇者だって、一発でバレちゃうぞ」


⦅大丈夫じゃ。同レベルからその上の者でなければ、鑑定はできぬ⦆


 つまり、レベル92以上ってことか。

 だから、俺はほとんどの人や物を鑑定できるけど、他の人はできないと。

 でも、魔王とか居るんじゃないの?と聞いてみたら、この世界には存在していないそうな。

 良かった!

 でも、だったらなんで勇者が召喚されたのだろう?

 まあ、鑑定に関してはあまり心配する必要はないのかな。

 もう感覚が麻痺していて、すごい能力なのに何も驚かなくなってきたぞ。


 『飛行』は蚊が持っていたもので、空が飛べるようだ。

 『吸血取込』は蚊の固有スキルで、吸血した(生きた)相手の能力をすべて取り込めるらしい。

 もちろん、生き血を飲むなんて気持ちの悪いことを俺は絶対にしないけど。

 

 そして、俺の固有スキル『蚊奪取』だけど……


「なんだ、この『蚊奪取』って?」


⦅儂が、さっき話したじゃろう? 聞いておらんかったのか?⦆


 えっ、そうだっけ?

 俺が蚊を倒したから、大魔法使い様が脳内に寄生したとしか聞いていないような……


⦅その通りじゃ。蚊を倒すたびに、奴らが『吸血取込』した能力をすべて奪えるのじゃ⦆


「はあ!?」


 ……と一瞬驚いたけど、よく考えてみれば、この世界に蚊自体が存在しないから、まったく意味のないスキルなんだよな。

 相手の固有スキルまで奪えるのは、すごい能力だとは思うけど。



 ◇



「ああ、疲れた……」


 ただステータスを確認しただけなのに、精神的にどっと疲れが……


⦅コラ! まだ寝るでないわ!! 今から、出かけるぞい⦆


「夜に出かけたら危険だって、さっき言われたばかりだぞ」


⦅それは、街道を歩いていく場合じゃろう? それに、この辺りの雑魚なんぞ、おぬしの相手にもならん⦆


「ま、まあ……あのステータスだと、そうだよな」


 とりあえず納得し、「どこへ行くんだ?」と尋ねてみれば、自分の家に行きたいのだという。


「そういえば、名前をまだ聞いていなかったな。『大魔法使い様』は呼びにくいから、名を教えてくれ」


⦅儂に名など無いぞ。必要があるなら、おぬしが勝手に名付けてくれ⦆


 勝手に付けてくれって、なんか小説の中に出てくる従魔とかに名を付けるみたい。

 せっかくなら、覚えやすくて呼びやすいシンプルな名前がいいよな。

 (自称)大魔法使いだから…………うん、決めた。


「おまえの名は、『マホー』だ。これからよろしくな、マホー!」


⦅こちらこそ、よろしく頼むぞい⦆


「じゃあ、ルビーたちに見つからないように、こっそり家を出て──」


⦅その必要はないぞ。転移魔法で一瞬じゃ……ほれ!⦆


 転移魔法なんて、どうやって発動させるんだ?とマホーへ聞く前に、気付いたら俺は森の中の一軒家の前に立っていた。



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