第52話 激怒

「ううむ……この辺にはいないっすかね?」


 ゴミ箱の蓋を締めると、サリナはアゴに手を当て難しい顔をする。


「お前の探してるやつはゴミ箱に隠れてるのか?」


 彼女を派遣してきたナブラ王国には俺の情報がどのように伝わっているのかが気になる。

 それとも、アリサやこの国の諜報機関による情報操作が優秀なのだろうか?


「念のためっす。相手は常識が通じない存在っすからね。私も常識をとっぱらっているところっすよ」


「元々常識のないお前が、常識を取り払ったら一周回るどころか本気でやばいから止めろ!」


 どういう発想をしてもゴミ箱の中に俺ははいらん。


「それに、全然成果上がってないじゃねえか。いい加減付き合わされるこっちの身にもなれよ」


 サリナから『オーラ』を習うようになってから一週間が経過した。

 その間、彼女は路地裏やゴミ捨て場など、とにかく臭い場所ばかり重点的に探すので、いい加減うんざりしている。


 どうせ見つからないのだし、無駄な場所に行くのは止めろ。


「ムッ……何もしないくせに口だけは達者な! だったら、コウなら人探しをする時どうするつもりっすか?」


 サリナに詰め寄られ、俺は考える。ここで適当なことを言って、さらに時間を稼ぐこともできるのだが、的外れな提案をしてこいつに馬鹿にされるのは許せない。


「俺だったらそうだな……。酒場で情報集めとか?」


 酒も呑めるし、一石二鳥。どうせ身にならないのなら、ダラダラと楽しんだ方が良いに決まっている。

 サリナは、口元に手を当て考え始める。


 そんな俺のよこしまな考えを見抜いたのだろうか、真剣な目で俺を見ている。ところが……。


「それっす! んじゃあ、早速行くっすよ! コウの奢りで!」


 どうやら彼女が真剣だと思ったのは間違いだったらしい。次の瞬間には愛嬌のある笑みを浮かべると、俺の腕に身体を絡みつかせてきた。


「おい、抱き着くなよ!」


「ええ~~! コウも嬉しいっすよね?」


 俺は彼女に連行されると、酒場へと入って行くのだった。



          ◇



「美味いっ! 他人の奢りで呑む酒は最高っす!」


 ぷはっ!と景気よく口元を拭い、コップをテーブルにダンッと置く。サリナは実に気持ち良い飲みっぷりでどんどん酒と料理を注文すると、次々と平らげていった。


 隣に俺をはべらせ、ぐいぐいと身体を押し付けてくるサリナ。良く育っている双丘の温もりが伝わってくる。

 酒のせいでほんのりと赤くなっており、艶やかな唇と綺麗な黒髪が目に映った。


 彼女のキラキラとした黒い瞳を見ていると、日本のことを思い出す。

 特に不満なく異世界に召喚された俺だが、現実世界のことを完全に忘れることはない。


 たまに、現実世界の料理やゲームに漫画・動画配信などの娯楽が恋しくなってくる。


「なんすかぁ、私がこれだけ良くしてあげてるのに、コウはつれないっすよ!」


 頭をぐりぐりと押し付けてくるサリナ、こんな姿をアリサが見たら焼き殺されるかもしれない。


「おい、情報収集はどうなった?」


 いつになく積極的に身体を絡めてくるサリナを押し戻しながら、俺は彼女を咎める。

 確かに、手を抜きたくて酒場での情報収集を提案したのだが、これでは俺が酔っ払いに絡まれているだけ。手を焼かされるのは本意ではない。


「そんなのどうでもいいっすよ、今日はお休みっ! コウと呑むっす!」


 顔を近付け頬をスリスリと寄せてくるサリナ。こいつ、本気で酒癖が悪い。


「ふざけんな、そういうことなら俺は帰るぞ!」


 サリナは確かにアホの娘なのだが、出るところは出ていて引っ込むところは引っ込む、おまけにこちらの世界では滅多に見ない美貌の持ち主だ。このように迫られてしまうと、退却するしかない。


「あーん、もう……コウ!」


 俺が引き剥がすと、サリナは甘えた声を出した。


「それじゃ、程々にな!」


 俺は顔が熱くなるのを抑えながら、その場を後にするのだった。





          ★


「ちぇ……コウのやつ、師匠を何と心得てるっすか!」


 ミナトが出て行き、一人になったサリナは、つまらなそうな顔をするとテーブルにある酒と料理を食べていた。

 先程までと違い、おとなしくなったサリナは一言も発することなく酒場にいる。半身から温もりがなくなってしまったような感覚に、サリナは寂しさを覚えた。


「ふん、いいっす。してやるっすよ、情報収集」


 サリナは席を立つと周囲を見回す。


「決定的な情報を得て、その場にいなかったことを悔しがらせてやるっす!」


 奥の方にいる粗野な男冒険者の四人組を発見すると近付く。


「あんたら、ちょっと聞きたいんすけど」


「おおっ、なんだ、お嬢ちゃん」


「俺たち、ちょうど暇してたんだ」


「ぐひひひ、可愛い顔してるじゃねえか」


 男たちはサリナに嘗め回すような視線を向けるのだが、この時のサリナはそれに気付くことなく用件を話していた。


「というやつを探してるんすけど、どこかで見たことないっすか?」


 説明を終え、男たちの反応を見る。酔っ払っているからか、説明が下手だからか、あるいは両方か、サリナの説明は要領を得ておらず、これで人が見つかるわけもない。ところが……。


「ああ、そいつなら知ってるぜ」


 男の一人が笑みを浮かべそう答えた。


「本当っすか!?」


 思わぬ手掛かりの出現に、サリナは喜ぶと男へと詰め寄った。


「ちょうど今からそいつのところに行くんだけどついてくるか?」


「行くっす! 連れて行って欲しいっす!」


 サリナの返事に、男たちはアイコンタクトをすると一斉に頷く。


「こっちだ、付いてきな」


 男たちの下卑た表情や暗い目にも気付かず、サリナは大きな声を出すとついてくのだった。







「それで、そのミナトはどこにいるっすか?」


 薄暗い裏路地をサリナは進む。前後を男たちに囲まれているのだが、気にも留めない。

 男たちの目が黒く輝き、下卑た笑みを浮かべているのだが、探し人が見つかるかもしれないと興奮しているサリナはそれに気付くことはなかった。


「もう少し先だ、まってなよ」


「ふへへへへ、これでミナトというやつをぶちのめして契約を結べば、国に戻って一生ぐーたら生活っす」


 ミナトを見つけたあとのことを考えるサリナは油断してしまっていた。


 ――プシュッーーー――


「ケホッケホッ、なん……す……か……?」


 突然煙が上がり、むせるサリナ。


「身体が……うごか……な……い?」


 倒れることはないが、指を動かすことができなくなっていた。


「へへへ、特製の痺れ薬さ。身体の感覚は残したまま、身動きだけとれなくする」


「どう……いう……?」


 サリナは疑問を浮かべると男たちの様子を窺がった。


「俺たちはミナトなんて知らないってことだ」


「だま……した……すか?」


 目を見開き、自分が嵌められたことを察するサリナ。


「顔つきはまだガキだが、身体付きはいっちょまえだからな、遊んだ後は奴隷商にでも高く売るか」


「へへへへ、逃げられるものなら逃げてみろよ」


「夢のようなひと時をおくらせてやるよ」


 男たちの手が伸びてくる。その厭らしい指の動きに、サリナは初めて恐怖を覚えた。


「いや……っす」


 サリナとて、男女の営みに対する知識はある。男たちが何をしようとしているのか察すると、全力で身体を動かそうとあがく。


 だが、どれだけ頑張っても、頭と体が切り離されてしまったかのように指一本動かすことができない。

 目の前の不埒な男たちをぶちのめしたいのに……。


「ぐへへへ、やわらけえな」


「たまんねぇぜ」


「おいっ! 俺にも堪能させろよ」


「んっ……やだ……やめ……て」


 男たちの手がサリナの全身に触れる。

 胸を揉みしだかれ、首筋に顔を埋め舌で舐められる。これまでの勇気は消し飛び、サリナは泣きだし、声を出すこともできずにいた。


「俺、もう我慢できねえ! おい! こっちに向けろ!」


 男の一人がベルトを緩めズボンを下す。サリナは他の男に腕を掴まれ、尻を突き出すような恰好をさせられた。


「いや……やめて……やだぁ……やだぁ!」


 身体が痺れて動かない。自分は今からこの男に犯されてしまう。

 今までの人生で感じたことのない恐怖を覚え、サリナは――


「助けて……コウ」


 自然とミナトの顔を思い浮かべた。


 次の瞬間、一筋の風が舞い、ズボンを下していた男に直撃する。


 ――ゴッ――


「ゲフッ!」


 下半身を露出していた男が吹き飛び、壁にぶつかって気絶する。



「「「なっ!」」」


 男たちが驚愕の声を上げ、


「まったく、嫌な予感がして戻ってきてよかった」


 一人の人物が現れた。


「コ……コウ……?」


 サリナは目に涙を溜めると、現れた人物の名を呼ぶ。


 ミナトはサリナと、サリナを押さえつけている男三人を見ると、


「てめぇら、生きて帰れると思うなよ?」


 剣を抜くと殺意を叩きつけるのだった。


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