第29話 公開プロポーズをしていた

「アリサ、このプレゼントを受け取って欲しい」


「えっ?」


 周囲がザワザワと騒ぎ出す声が聞こえる。

 現在は夕飯時で、俺とアリサは錬金術ギルドの食堂で一緒に晩飯を食べているところだった。


 俺としては、一刻も早く感謝のプレゼントを渡したかったのだが、帰宅した時にはアリサも出掛けてしまっていたので、こうして食事時になってしまったというわけだ。


「あんた……これ……」


 アリサはフォークを置くと、俺が持っているプレゼントが入った箱を見る。

 この箱は、魔導具を買った際、店側からサービスでつけてもらったものだ。


 商品を渡す際、店員から「頑張って下さい。御幸運をお祈りしております」と言われ、スタッフ一同に笑顔で見送られた。


 高額商品を買ったから感謝されたのだろうと思う。


「……どういう意味でプレゼントしてきたのよ?」


 アリサは探るような視線を俺に送ってくるのだが、サプライズが効いたのか動揺しており、目が左右に泳いでいる。

 心なしか焦っているようで、左手で髪をかき上げた際に耳が真っ赤になっているのがわかった。


「どうもこうも、俺の気持ちだ!」


「きゃああああーーーーー」


「まさか、堂々と食堂で晩飯の時にだと!?」


「ムードはないけど、愚直なところが寧ろいい」


「俺たちも狙っていたのに……」


 錬金術ギルドの職員たちがなにやらヒソヒソと囁いている。先程まで意識高い会話をしていたというのに、一体何なのだろうか?


「こんなの、受け取れないわよ!」


 ところが、アリサは俺の感謝の気持ちを拒否してきた。


「それは困る! だって、アリサに似合うと思って買ってしまったんだから!」


 ここで突き返されてしまっては、俺の感謝をアリサに伝えることができなくなる。そうすると、いつまでも対等な関係になることができず、今後も彼女に迷惑を掛けたという負い目が残る。それだけは避けたかった。


「ふ、ふーん。私に似合うと思って買ったんだ……」


 俺の必死の抵抗が効いたのか、アリサは表情を崩すと可愛らしい仕草で照れている。これは後少し押せば行ける!


「気に入らなかったら返してもらっていいからさ! せめて一度だけでも受け取って欲しいんだ」


 俺が知る限り、アリサは魔導具に強い執着を持っている。今回贈る『防護のネックレス』『魔導師のブレスレット』はどちらも強力な魔導具なので、研究題材として手元に置きたがるはずだ。


「……まあ、そこまでいうなら。私も別に、あんたのことを嫌ってるわけじゃないし……。あ、あくまで保留という状態でなら……」


 言い訳をしながら、アリサは小箱を手元に引き寄せ開ける。

 いつの間にか女性職員が集まっており、俺が贈ったプレゼントをアリサの後ろから見ていた。


「あんたっ! これっ!」


「ふふふ、どうだ? 中々いいだろう?」


 魔導具を見て皆の様子が激変する。

 職員たちは大慌てでヒソヒソ話、中には「ビッグニュース」とドアを開けて食堂から出て行く者もいる。

 俺にとってそんな連中はどうでもいいので気にすることをやめると、目の前のアリサの反応に集中した。


「あんた……これ、いくらしたのよ?」


 ところが、アリサは浮かれている周囲とは別に、目を吊り上げると俺に聞いてくる。


「贈り物の値段を聞くのはマナー違反じゃないか?」


 俺が平然と答えを返すと、アリサは溜息を吐く。


「じゃあ、この箱の意味は理解している?」


 宝石を誂えた高級仕様の小箱だ。高い買い物をした際にサービスでつくものだと認識していたので首を横に振る。


「これ、王侯貴族がプロポーズに使う時に店側に用意させる箱。つまり、あんたは今、公衆の面前で私にプロポーズしてることになるのよ」


 彼女は顔を寄せてきて、俺にだけ聞こえるようにヒソヒソと囁く。


「そんな馬鹿な!?」


 店側も特にそんな説明をしなかったし、そんなつもりではなかった。アリサから告げられる真実に、俺は固まってしまう。


「それで、あんたは私にこれを受け取るように言ったけど…………本当にそう言う意味で受け取って欲しい?」


 アリサは一拍置くと、あえて俺に聞いてくる。途中から俺が勘違いしているのに気付いているにも関わらず、他の連中に聞かせない辺り非常に意地が悪い。


 俺は、身を乗り出した彼女の顔を観察する。

 普段と違い、やけに機嫌よさそうで余裕を保っている。


 うぬぼれでなければ、これまで接してきて嫌われてはいないのだからこのまま押し通すこともできそうだ。だが……。


「そう言う意味で、受け取られては困る」


「そっ」


 逃げ道を持った状態で口説くのは卑怯だ。俺はプレゼントを取り下げた。


「本当に、ミナトは常識ってものがないんだから。他の女に渡してたら既成事実が確定していたわよ」


 彼女は楽しそうに笑うと、俺の駄目さ加減を一つ一つ指摘していく。


「うぐっ、面目ない」


 そんな彼女に対し、やらかしたばかりの俺は強く言い返すことができなかった。


「そんなことだろうと思ってたけど、あんたやっぱり見ていて飽きないわ」


 アリサは笑顔で俺にそう言うのだが、一瞬、ほっと息を吐いた気がした。

 そんな彼女を俺がじっと見ていると……。


「はい、これ」


 彼女も小箱を取り出し、俺に渡してきた。


「まさか、同じようなこと考えてるとは思わなかったから、笑っちゃったわ」


 箱を開けてみると、そこにはリングが入っていた。


「それは私からあんたへの贈り物。結構悩んで買ったんだから、大事にしないと許さないわよ」


 彼女が夜まで姿を見せなかったのは、俺へのプレゼントを選んでいたからなのだと把握する。


「まったく、アリサには敵わないな」


 プレゼントするつもりが、突き返され、さらに贈り物をされたことでより彼女に貸しが出来た俺は、どうやって返そうか考えるのだった。


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