第21話 プロポーズ

 皆の視線が集中する中、俺は今聞いた言葉の意味を考える。


 彼は確かこう言った。


「魔導師千人分の魔力を充魔するなんてあり得ない」


 と。


「聞き間違いだよな?」


 アリサからは魔導装置に入る魔力は百人分と聞いていたし、現時点のアリサ自身も十人分の魔力を充魔できるという。

 若手のアリサですらそれなのだから他の魔道師や錬金術師はもっと魔力を保有しているのだと考えていた。


「いいえ、聞き間違いじゃないわよ」


 ところがアリサは真剣な顔をして俺に近付くと、俺の耳が正常であることを告げた。


「だって、百人分って話だったじゃないか?」


「それはこの前の魔導装置の話よ! 今回のは、この錬金術ギルドの中枢を担う魔導装置で魔石の純度も大きさも違うでしょ。これを満タンにするには魔導師千人分の魔力が必要なのよ!」


「そんな馬鹿な……」


 すると、今俺がやったことは実はとんでもないことなのではないだろうか?


「あ、エート……」


 皆が化物を見るような目で俺を見ている。


 最初から疑っていたギルドマスターの反応がもっとも顕著だ。


「あんた!」


 物凄い勢いで迫り目をくわっと開く。どこにそんな力があるのかというくらい強く肩を掴まれ逃げられなくすると、


「私と結婚しないかい?」


「「「「「はああああああああああああああああああああああああ」」」」」


 その場の全員で叫び声を上げた。





「私とあんたの子供なら相当強い子供が生まれてくるはずなんだよ」


 場所を変え、ギルドマスターの部屋に連行されると、俺は彼女に口説かれていた。


「魔導の才能は遺伝する。強い者同士が結婚すると生まれてくる子供も才能を引き継ぐのよ」


 なぜ俺がギルドマスターに言い寄られているのか、アリサが説明をしてくれる。


「ギルドマスターはこの国で二番目に魔力容量が大きくてね、それでも自分を超える才能の持ち主でないと認めないと言って婚期を逃してきたの。だから、ミナトみたいな才能の塊に出会って我慢できなくなったのよ」


「それはちょっと……」


 確かに異世界で桃色な展開を期待しなかったわけではないが、最初に言い寄ってくるのが三十路か四十路の女性というのは想定していない。


「なんだい、何か不満でもあるのかい?」


 ギルドマスターの容姿自体は整っている。おそらく若いころは相当モテたのだろう。せめて二十年早く出会っていたらと悔やみきれない。


「年上はちょっと……」


 素直に告げるわけにもいかず言葉を濁した。


「なるほど、なら、アリサ。あんたが結婚しな」


「えっ?」


 思わず声が漏れアリサの方を見てしまう。

 年上から一転、結婚相手が同世代の女の子に切り替わったからだ。


「ちょっと!? 勝手に決めないでくださいよ!」


 アリサは顔を真っ赤にして否定してくる。そこまで嫌がらなくても良いのではなかろうか?


「優秀な雄を囲い込むのは動物の本能だよ。あんただってミナトのことそう悪く思っていないんだろ?」


「そ、それは……その……うぅ」


 本人を前にして言い辛いのかチラチラとこちらを見てくる。その優しさは嬉しいが、脈なしな態度を露骨にあらわされるとこちらも傷つく。


 どうにかこの空気をぶち壊したいと考えていると、


 ――コンコンコン――


 ドアがノックされ、人が入ってきた。

 錬金術ギルドのサブマスターで、眼鏡を掛けた二十歳程の女性だ。


「お待たせしました、査定と支払う金額が決定しました」


 そう言って明細が書いてある用紙をテーブルの上に滑り込ませてくる。


「今回の素材の買い取りだよ。文句がなければサインしな」


 ギルドマスターがそう促す。


「あれ? 思っていたよりも多いような……?」


 事前にアリサに聞いていた金額よりも多い。


「買取金額の他に前回の充魔と今回の充魔の分も上乗せしてあるからね。魔導師ギルドに頼まなくて済んだのは良かったよ」


 なんでも、あれだけ大規模の魔導装置への充魔となると、相当吹っかけられる上、ギルド間の力関係に微妙に貸し借りが発生してしまうとのことらしい。


「あいつらは、緊急時の為といって魔力を温存している割りにこちらの研究を下に見ているからね。今回の件で頼む必要がなくなったんだから、魔力を無駄に持て余すことになるんだろうさ」


 ここに来るまでにアリサからも聞いたのだが、魔力を回復させるには自然回復の他に魔法陣のある部屋で寝ることでの回復、他には膨大な魔力と高価な材料を使ったマナポーションがあるらしい。

 魔法陣がある施設を利用しても完全回復するまで一週間。マナポーションに至っては作ったところで、費やす魔力が膨大なので割りに合わず、緊急用を除いて備蓄されていないのだという。


「今回はその辺も加味して買取金額にも色をつけていますので」


 サブマスターがそう告げる。


「ならこれで大丈夫です」


 俺はサインをした。


「これで取り敢えず取引は終わりかな?」


 一時期はどうなることかと思ったが、俺のことも認めてもらえ、アリサの減俸も解かれたし、ギルドマスターとの結婚の話も流すことができた。


 ようやく落ち着いて休めると椅子にもたれかかっていると、


「……それで、する?」


 アリサが瞳を潤ませて何やら確認をしてきた。


「え? 何を?」


 一体何の話なのかと聞き返すと、彼女は目を吊り上げ、


「何でもないわよっ!」


 なぜか急に怒り出すのだった。

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