第14話 豪華な晩餐

 巨大蜘蛛の胴の一部を一口サイズに切り分け鍋に入れる。中には途中に生えていたキノコや(やたらと毒々しい見た目)山菜も入っていて具材のバラエティだけならそうとう豪華と言える。


 ときおり浮かんでくる灰汁を取ると追加でエリクサーを注ぐ。

 今回の食事は実験だ。


 俺の現実世界ではエリクサーは体力・魔力を一瞬で全快にし、怪我や病を一瞬で治療してくれる。

 このキノコや蜘蛛の肉がたとえ猛毒だったとしても、エリクサー漬けにしてしまえば問題ないはずなのだ。


「おっ! いい匂いがしてきたぞ」


 石で組み上げた手作り竈の下に薪を追加しながら鍋を覗き込むと、何とも言えない美味しそうな匂いが湯気に流され鼻先をかすめた。


 山菜やキノコ類からはわりと良い出汁が出るのだ。


「そろそろ、こっちも焼き始めるか」


 その鍋の横には表面を平らにした石があり下から火で熱してある。

 他のいれものに大型蜘蛛の脚を解体したもをエリクサー漬けにしてある。


 俺はトングを突っ込むと、エリクサーに浸された脚を取り出した。

 まるで筋繊維のようなきめ細かい赤と白の束。こうしてみると、現実世界で一度だけ食べた高級カニの脚のようだ。


 そういえば、先程鍋から漂ってきた匂いもそれっぽく感じる。

 俺は生えていた植物から絞り出した油を石板に塗ると、その上に巨大蜘蛛の脚を並べた。


 『ジュウ……パチパチッ』


 食材が焼ける音がして何とも言えない香ばしい匂いが漂ってくる。

 肉なのかそれとも魚なのか、いずれにせよ絞った油が新鮮で良い香りだからか、この時点で非常に美味しそうな気がしてついつい手が出そうになる。


 だけど、安全を確保するならばちゃんと火を通してから食べるべき。


「そろそろいいだろうか?」


 数分が経ち、表面にきつね色の焦げ目がついており、中まで火が通っているのが解る。

 俺は巨大蜘蛛の脚をトングで掴むと、おそるおそる口元へと運んでいった。


「美味い!」


 噛むと繊維がほぐれ、口の中で広がる。

 豊かな風味と甘み、油の香ばしさが口いっぱいに広がった。


「これは、現実世界で食ったカニを超える美味さだ!」


 素材の味が良いのか、それとも油の品質? それかエリクサーの効能なのかもしれない。

 俺は夢中で巨大蜘蛛の脚を食べ続けた。途中、焼けるのを待つのがもどかしくなり、表面だけを焼いて食べてみるのだが、半生状態では食感も違い中の繊維が口の中でプルルと震えさらなる甘みで満たしてくれる。


 一つの食材でここまで味が変わるという事実に、残っている部位も気合を入れて食べなければならないと考えた。


「さて、このまま満腹になってしまったら勿体ない。余力があるうちに鍋にも取り掛かるとするか」


 具材を煮ること数十分。既にキノコも胴体も柔らかくなっており灰汁も出なくなっている。

 俺は鍋の中身を器によそうと汁を啜った。


「うん、いい感じに出汁が出ていてうまい」


 巨大蜘蛛の味が染み出ていて最高のスープになっている。

 箸でキノコを掴んで食べてみる。


「ほくほくしていて噛むとキノコの汁が口の中に広がって美味いな」


 集めてきたキノコは十種類程あり、どれも美味かった。


「肝心の、胴体部分はどうだろうか?」


 巨大蜘蛛の胴体は繊維質な脚とは違い白い身となっている。現実世界で見た魚の切り身のような感じだ。

 俺は巨大蜘蛛の胴体を口の中にいれ噛むとほろりと溶けた。


 淡白な中にも確かな旨味があり、まるで踊るかのように口の中で暴れて溶けていく。

 祖父の誕生日に家族で料亭で食べた高級魚の料理を思い出すような深い味わいだった。


「これは……天ぷらにしても美味しいかもしれない」


 淡白な味わいと衣と油の味はマッチすると思う。明日は天ぷらにしてみようと考えながら夢中で料理を食べ続けた。


「ふぅ、満腹満腹」


 異世界に来てここまで食事に夢中になったのは初めてだ。これはまだ見ぬモンスターも倒して料理するしかない。


 ひそかにそんな予定を頭の中で考えていると……。


「そう言えば、毒のことすっかり忘れていたな」


 焼き物から料理の虜になってしまい、毒があるかもしれない点が頭から抜けていた。


「少なくともキノコのどれかには毒があるはずだったんだよな」


 巨大蜘蛛は身体の部位次第で毒があるかもしれないが、キノコは目につくものを十種類程用意してある。


 あからさまな毒々しい色合いのキノコもあるので決して安全ではないはず。


「そう考えると、エリクサーを使った鍋なら毒抜きが可能ってことだよな?」


 つまり、こちらの世界では食材として扱われていないものでも俺なら食べられるということになる。


「後は、明日以降の行動を……」


 余っている食材を無駄にしないよう、保存食を作らなければならない。そんな風に段取りについて考えていると……。


「身体が……熱い……」


 毒を食らったような喉の焼ける感じではない。何かが内側から溢れて暴れ出すような……。


「エリ……クサー……」


 俺はそのまま意識を失った。

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