おきつねさん
口羽龍
1
山川達樹(やまかわたつき)が目を覚ますと、家は騒然としている。一体何だろう。祖父母も母もせわしない様子だ。朝なのに、何をしているんだろう。達樹は首をかしげた。
突然、電話が鳴った。それを聞いて、母、留梨子(るりこ)は電話に出る。留梨子は焦っている。
「もしもし!」
「健司(けんじ)さんの遺体が山中で発見されたんだ!」
その報告に、留梨子は言葉を失った。山に山菜採りに出かけたまま、帰ってこなくて、捜索願が出されていた。その中には、クマに襲われたかもしれないと思う人もいたという。と言うのは、ここ最近、クマの目撃情報が相次いであり、村民がとても警戒していた。そんな中で、健司の行方不明だ。ひょっとして、健司はクマに襲われて亡くなったのではと思う人も少なくなかった。何とか帰ってきてほしい。家族はそう願っていた。だが、最悪の結果になるとは。突然、夫をこんな事で失うとは。
「そんな・・・」
次に見えたのは、光の中で、目の前には父、健司がいる。もう死んだのに、どうしているんだろう。お別れを言いに来たんだろうか?
達樹が近づこうとすると、健司は離れていく。そして、だんだん見えなくなっていく。
「お父さん、行かないでよ! お父さん!」
達樹は走って追いかけた。だが、転んでしまった。その後も健司は小さくなっていき、消えていく。達樹はその場で泣いていた。
達樹は目を覚ました。夢だった。もう何日も続けてこんな夢を見る。それほど健司が忘れられないのだろう。
「ゆ、夢か・・・」
そこに、祖父、徳三(とくぞう)がやって来た。この近くの畑で農作業をしている。徳三は心配していた。もう何日も悪夢にうなされている。日に日に不安になってきた。幸せに生きてほしいのに。大丈夫だろうか?
「達樹、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ」
達樹は大丈夫だと言っているが、いかにも嘘っぽい。本当は大丈夫じゃないんだろう。あんな夢を見ているのに。
「本当に?」
「うん」
徳三は目を細くした。絶対に大丈夫じゃない。早く何とかしないと。
達樹は朝食を食べていた。祖母の作る朝食はとてもおいしい。だが、それもあと1週間だ。
達樹は3年前に父を遭難で失った。それ以来、留梨子は東京に出稼ぎで働いて、家計を支えていた。だが、新しい男と結婚したため、達樹をこっちに連れてくる事にした。母の元で生活させたいという新しい父の意向だという。
「いよいよあと1週間だね」
「寂しいけれど、東京でも頑張るんだよ」
徳三も祖母、タエも応援している。だが、達樹は浮かれない。本当に東京でやっていけるのか、心配だ。この農村で仲良くやってきたのに、都会の東京でやっていけるんだろうか? 不安でたまらない。
「うん。でも・・・」
徳三は達樹の肩を叩いた。徳三は達樹を励ましている。東京はもっといい所だ。きっと達樹も気にいるだろう。
「大丈夫。新しいお父さんはきっといい人だよ」
徳三は新しい夫に会った事がある。とても優しくて、この人なら達樹を幸せにできそうだと感じたという。
「でも、やっぱり昔のお父さんがいいよ」
だが、達樹は健司がいいと思っている。愛情をたっぷり注いでくれたし、辛い時は心配してくれた。
「そうか。でも、新しいお父さんの元でも仲良くするんだぞ」
「うん・・・」
達樹は下を向いて朝食を食べていた。学校のみんなと別れるのが寂しいようだ。それを乗り越えなければならないのに。徳三は心配そうに見ている。本当に東京でやっていけるんだろうか。不安でしかたない。
「みんなとの別れが辛いの?」
「辛い・・・」
達樹は食べ終えて、リビングでテレビを見始めた。達樹は落ち込んでいる。寂しくてたまらない。できればここにずっといたいのに。
「辛いよな。でも乗り越えようよ。そうして人は成長していくんだからね」
「そうかな?」
達樹は疑問に思っている。本当に乗り越えて成長するんだろうか? これからやっていけるんだろうか?
「きっとわかるよ」
徳三は笑みを浮かべている。達樹は首をかしげた。徳三の言っている事は正しいんだろうか?
小学校に登校する時間になり、達樹は小学校に登校していた。こうしてこの村の小学校に登校するのもあと少しだ。まだまだ寂しくてたまらない。どうしたら忘れる事ができるんだろう。
「いよいよ明日がお別れ会だね」
それを聞いて、達樹は下を向いた。お別れ会が近いという事は、この学校との別れが迫っている証拠だ。
「うん」
それを見た愛は達樹の様子が気になった。やはり悲しいんだろう。離れたくないんだろう。
「寂しいの?」
「寂しいよ」
達樹は声が小さい。本当は東京に行きたくないのに。もっとここで過ごしたいのに。
「東京か。行ってみたいな。修学旅行で東京に行ったら、また会いたいな。それか、家族旅行で会いたいな」
愛は東京を思い浮かべた。東京には行った事があるが、散策はしていない。東京ディズニーランドに行った時に東京駅に降り立っただけだ。中学校の修学旅行で行くかもしれないけど、それとは別に達樹と東京を巡りたいな。
「それ、いいね! 会いに来てよ!」
そう言われると、達樹は少し元気が出てきた。達樹は慣れ親しんだ友達といるのが楽しい。だから一緒に東京を旅しようと言ったら元気が出る。
「わかった!」
達樹は少し笑みを浮かべた。またいつか、愛と一緒に東京を巡りたいな。
「まさか、東京で新しい人と結婚するとは」
「僕もびっくりしたよ」
だが、新しい父の事を考えると、不安になる。新しい父の元で、うまくやっていけるんだろうか?
「東京での生活、楽しみにしてる?」
「ううん。やっぱりここがいいな」
あと少しで東京に行ってしまう。ここでの時間を大切にしたいな。
「お父さんを失った時は、悲しかった?」
健司の事を思い出すと、涙が出そうになる。父が死んだとわかったあの日の事を、今でも忘れられない。あの出来事がなければ、これからもここで平穏に暮らしていたのに。でも、時間はやり直せない。もう健司は戻ってこない。
「うん。新しいお父さんより、昔のお父さんがいいよ」
「そうだろうね。たっくんの気持ち、わかるな」
愛は達樹の頭を撫でた。達樹を励ましているようだ。達樹は少し元気が出てきた。
「それに、みんなと別れるの、辛いよ」
「大丈夫大丈夫。またいつか、東京に来るよ。その時は会おうよ」
愛は約束した。いつかまた、東京で会おう。だって、友達だもん。
「うん・・・」
達樹は前を向いた。そこには校舎がある。だけど、ここに来るのもあと少しだ。東京に引っ越して、東京の小学校に転校する事になる。残念だけど、それが運命だ。だけど、なかなか受け入れられない。
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