第28話 大人の覚悟


 デジタルアラートが甲高い音を発する。無論俺のデジタルアラートではなく、叶のから発せられている。俺はとっくに限界値を超えている為、選択肢は一つ。


「叶、もう離れてもらってもいいかな?」


 正直離れてほしくはない。

 だがもうそろそろ真剣に考えないと。俺の身体に何が起こっているのかは、明白ではない。叶にも同じことが起きるとは考えにくい。


 促しても俺から離れようとしない叶を少し強引に引き剥がした。いくら強い人間とは言っても、俺達はまだ二十年しか生きていない未熟者。死を背負って戦い続けた代償は大きいだろう。


「いいか叶、今から言うことを必ず実行してくれ」


「嫌、嫌よ……」


 美しい水色の瞳には少量の涙が見られる。恐らく俺が今から言うことを理解しているんだろう。

 目を合わせてくれない叶だが、かなり落ち着いてはいる。取り乱したり、まともに会話ができなくなってもおかしくないが。GSWに入隊できているだけのことはある、か。


「もう体内のゲヘナの量が許容できるレベルじゃない」


「それは開智もでしょ」


 小さい子が屁理屈を言うような言い方で返答してくる。困ったもんだ。


「そうだね。でもここで二人残ったら、本部に応援を頼めない」


「鴨井さんのこと、諦めてないの?」


「ああ。俺は鴨井さんも助けるし、柴崎隊長の命令通り第五区を壊滅させる」


 大きく目を見開き、驚愕といったとこだろうな。だけど本当に大丈夫なんだ。言葉では説明できないし、どう表現しても理解してもらえないだろう。今の俺は体力も力も何もかもが備わってる。叶がいては足手まといになるだけだ。


「叶、本部に戻って冴島隊長に全部伝えるんだ。こんなところでお互い死ぬわけにはいかない。叶にも何か目的があるんだろ?」


「それは――」


「頼む。ここは引いてくれ」


 黙り込む叶。これでも無理なら、死を覚悟して付いて来てもらうしかないが。


「わかった。でもひとつ約束して」


「必ず生きて帰ってくること、だろ?」


 小さく頷き、それ以上の会話はなかった。

 互いに地面に落ちたブレードを拾い鞘に納める。俺はGSAMジーシャムを起動させるか悩んだが、今は必要ないな。


 叶は校舎の出口を目指し駆け出して行った。体育館、漆原が飛び出して行った窓からも見える位置に存在する。鴨井さんの安否は正直わからない。俺とクレイジービーストのリーダーには何か取引がある訳じゃない。


「生かしておく理由は、ない……」


 少ない希望を祈るしかない。何体もの動かなくなった者達。こいつ等でさえ、俺達同様にごく普通の人間の時代があったんだ。どういった境遇でここに居るのかはもうわからない。この先、もっと多くの命を奪うことになる。その度に後悔なんてしてたら一生ここから進めない。


「何回覚悟決めれば、覚悟になるんだよ」


 震える手を見て俺は俺の情けなさに嫌気が差す。『泪奈を救う』俺の中にあるのはこれだけなのに。鴨井さんなんて見捨てればいいだけの話。もうこれ以上戦うことはできなかった、そう報告すれば誰もが納得がいくはず。


 新入隊の戦士二人がこれだけの功績を上げたんだ。誰がこれ以上を望む? 他でもない。――俺だ。もっと強く、もっと強固に、恐ろしい存在にならなくては。


 青く輝くブレードを引き抜き、殺戮の限りを尽くす亡者になることを今ここに決めた。




**********



 体育館前に到着した。恐ろしい程に静かで不気味だ。

 錆び切った横開きの鉄扉に手を伸ばす。片側だけを力強く横に開く。


「ヤァ、来たんだねここまで」


「――――」


 絶望の香り、よく知った香り……。


 わかってはいた、覚悟も決まってた。こいつ等は人間ではなく、本来手にするはずのない力を手に入れた狂人。神が存在するならば、今すぐにでもその力を剥奪しなければいけない存在。


 体育館正面ステージ。五つの物体がステージ上から鎖でぶら下げられていた。何かの見世物の様に


「絶望の表情ではありませんか、お客人」


「――――」


「一体なぜです? ワターシの作品がお気に召さなかった?」


 金髪マッシュルームヘアーの男は腰を左右に振りながらそう言った。まるでサーカスでも開催しているかのように、今もなおステージ上で踊り続けている。


 どれだけ苦しかっただろうか、どれだけ怖かっただろうか。彼とはたった数時間しか過ごせなかったが、間違いなく死んでいい人間ではなかった。

 鎖にぶら下げられた物体を今一度確認する。


 左腕、右腕、左足、右足、真ん中には胴体。人間の仕業とは思えない。


「こういうの日本の文化では達磨と言うんでしょ~」


 なんだその不服そうな表情は? 首を傾げ、何かが物足りないと訴えかけてくるその表情。


「――正直微塵も面白くなかったのです。ワターシはもっとファニーな芸術を創り上げたかった」


「お前は、生きてちゃいけない――」


「ワ~イ? 人間なんて所詮そんなものじゃあ~ないですか」


 ああ、聞く必要のない言葉だ。コイツには何も通じない。根本的に脳みその造りが違うんだ。ただ同じ形をしただけの全く異なる生物。


 まだ人をコケにするダンスを踊っているクソ髪型野郎。コイツに情けは必要ない。今すぐにでも殺してやる。

 手に持ったブレードを構える。俺の身体にしみ込んだすべての剣術をコイツにぶつける。


「共存、共栄は不可能ですか。残念です」


「お前とは特に、な」


 体格差は一目瞭然。日本人離れの二メートル級の男対剣術しか勝ち目のない俺。加えて、相手は漆原のようにゲヘナを巧みに操ってくる可能性すらある。堕者を束ねる一人をここで墜とせるのか?


「手加減はいたしませんよ?」


「大人しく死んでくれ――」


 二十メートルはあった距離を一瞬にして詰める。ジョージの表情は全く変化する様子なく笑みを浮かべたまま。

 

 ――いいだろう、その表情のまま身体を両断してやる。


「どーぞッ」


「――――?!」


 殺意を込めたブレードはジョージに届く寸前で止まる。理由は――、


「何故やめるんです? もうただの屍、死体ごと斬りかかればワターシを斬り殺せたのに」


「くっ!」


 理由は、鎖に繋がれた鴨井さんの胴体を盾にしたのだ。一体どこまで狂っているんだ。俺が剣を振るわないことを確認したジョージは、鴨井さんの胴体を左右に揺さぶり挑発して見せた。


「普通には殺さない。お前だけはなァ!」


 両足の全筋力を意識し、背後を狙う。スピードで勝るしかない。

 俺は俺が持つ全ての剣技を利用してコイツを地獄に送る。


 一気にジョージに突っ込むと、鎖に繋がれた鴨井さんの胴体は投げ捨て、距離を取る選択をしてきた。

 一撃目でジョージを捉えることはできなかった。二撃目、三撃目と追撃の嵐を止めることはない。


「人は人を生むことが唯一の罪なのです」


 無視でいい。

 何とでも言えばいい。

 ――殺していい。


「すべては罪から成される運命に過ぎない。アナタが生まれたことも、ワターシが鴨井氏を殺したことも、神が生み出した産物の運命に過ぎないのですよ」


 両性的なその声が俺を揺らがせる。確かに神秘的な何かに説得されているような感覚に陥る。

 だが迷うな。見失いうな。他の誰が許そうと、俺はコイツを許さない。


 ジョージの髪をかすめ、頬にも多少の傷が見られる。俺の刃はもう少しで命に届く。

 やはり相当戦闘慣れしている。恐らくは体力を消耗させる作戦。この後は相手の攻撃ターンになるのか? いや、反撃を許すな。疲労なんていう勘違いに惑わされない。


「――デスゲ~ム」


「――ッ!?」


 瞬間、右腕を何かに拘束される。金属と金属がぶつかり合うような音も同時に聞こえた。

 だが、視線を向けている暇はない。ジョージが腰を落とした、このタイミングでターンチェンジ。攻撃が来る。


「バ~モッ!!」


「――っく!」


 右手が封じられている以上、ブレードを振るうことはできない。攻撃を避けた際、拘束がどのように行われているのか確認できた。右腕に鎖が絡まっている。しかもその先端は槍になっていて、腕に突き刺さっている。アドレナリンの分泌により痛みに気が付くこともできなかった。


 一撃目をなんとか回避したが、ジョージの手には巨大なサーベルナイフ。一体どこから取り出したんだ? クマの首も一振りで落とせそうなこのサーベルナイフ、恐らく鴨井さんにも襲い掛かったのだろう。刃には付着したばかりの血液が滴っている。


「「「フゥゥゥゥ!!!」」」


 体育館の二階、キャットウォークと呼ばれる場所に、無数の堕者。鎖の拘束も、サーベルナイフをジョージに渡したのも上にいる連中で間違いない。


 ジョージの攻撃は一度止まったが、劣勢なのは変わらない。

 つなぎのジッパーをゆっくりと下ろし、サーベルナイフを長い舌で舐めるジョージ。その目は俺を殺すと訴えかけてきている。


「右手、痛いのでは?」


「心配すんなよ。お前のおかげでいい教訓になった。この痛み、絶対に忘れない」


 突き刺さった部分を乱雑に引き抜く。

 どうしてかわからないけど、――勝ったよこの戦い。


「随分とまあ、怖いお顔ですこと」


 再び刃を構える。右手からは大量の出血が見られる。地面に滴る自分の血液を見て確信する。

 ――今度こそ断ち切って見せる、この男の命。


 


 

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