第21話 鴨井さん
柴崎隊長からの正式な指令を受けて二日後。俺は同じく二番隊に所属している
現在はエリアに入る前の最終確認中。装備のチェックと同時に柴崎隊長から与えられた任務のチェックもすり合わせておく。当たり前だけど、俺みたいな新人が一人でエリアに入るのはまだまだ先の話って訳か。今日のリーダー権限ももちろん鴨井さんに与えられている。
「鴨井だ、よろしくね中村四等!」
「中村開智四等戦士です。よろしくお願いします鴨井さん」
「頭上げて上げて! 厳しいのは柴崎隊長で十分でしょ~」
どちらかと言うと志田ノ間総括のような温厚な人だ。歳は柴崎隊長よりかなりいってる? 無精ひげが似合う普通のおじさんだ。
「よーし、中村四等準備良いか?」
「はい、デジタルアラート起動、
「了~解」
俺と鴨井さんはGSAMを起動させ、エリアへの準備を完了させる。
鴨井さんは俺の様子を伺い、第五区ゲートの扉を解放する。巨大なコンクリートの扉が重低音を唸らせ開門される。まだ二回しか味わっていないこの瞬間、人には説明できない程心が躍る。
「第五区開門確認、これより鴨井 中村でのエリア探索を開始します」
『承知いたしました。ご武運を』
鴨井さんが本部への連絡を終えると、アイコンタクトが送られてくる。いよいよ出陣というわけだ。
今回柴崎隊長から命じられているのは、第五区を拠点とするクレイジービーストという集団のアジトの調査。Gエリアの黒い死神が第五区を出入りしているとの情報が
Gエリア、その役割はゲヘナウイルスを壁外に排出しないことにある。よって閉じ込められた感染者達から溢れ出たゲヘナの影響で、午前十時だというのに真夜中のような暗さ。この不気味さには相変わらず慣れない。
「一回目のおかげでだいぶ慣れてるみたいだね」
そんなことを考えていると、見透かされたかのように鴨井さんに声を掛けられる。恐らく気を遣ってのことだろう。
「いえ、全然です。ちょうど慣れないな、なんて考えてました」
緊張をほぐす為だろう。俺の肩に手を置き「ハハハ」と笑顔を見せてくれた。正直な話、今の所柴崎隊長よりもよっぽど良い上司だ。口が裂けても本人を前にして言える話じゃないけど。
「第五区は比較的安定してる方だよ。俺も隊長から詳しい話は聞いてないけど、君の勉強になればそれでいいって話だから、今日は無理することはない。そこは安心してくれい!」
「どうも、ありがとうございます」
「無理をすることはない」か。俺は正直どんな無理をしてでもゲヘナに関する情報が欲しい。この第五区が俺にとって必要かそうでないか、時短で調査する必要がある。
――三十分ほど廃れた建物を探索した。黒い死神どころか堕者の一人とも遭遇しない。本当に噂通りの危険のない区域なのか?
「まあこんだけ探索して何も見つからないってことは、やっぱり第五区は
「
鴨井さんは一度足を止め、両手を腰に当てる。そしてミュージシャンのCDジャケットかのように顔を半分だけ俺の方に向け、
「――第五区クレイジービーストのアジト、東京都秦野高校の廃校さ」
「……鴨井さん、急ぎましょう。デジタルアラートによると俺達それなりにゲヘナを身体に取り込んでます」
俺は鴨井さんを置いて先導した。行先はわからないけど、あのまま立ち止まるのは気の毒だ。
「これだから若者は。洒落たおっさんを認めるのが怖いんだろうな」
――鴨井宏樹、ポージングを崩さなかったことだけは鋼のメンタルと言えるだろう。
**********
十五分ほど歩いた。目的地は肉眼で確認できる距離にある。
鴨井さんがポージングしながら言っていた【東京都立秦野高校】。この地に壁なんてものが誕生する前から存在していた歴史ある高校。もちろん2000年生まれの俺が知るはずもないが、廃校となって数十年が経過してると思えない程形はしっかりと残っている。
「ここに
「そうだね~。まあ奴らの場合体内のゲヘナが強すぎて、流行してるインフルエンザや肺炎なんて発症させないからね~」
なるほど。座学でも聞いたけど、ゲヘナウイルスはその強さ故に個体に新たなる病原菌が入ることを許さない。一部GSW以外の研究者でも、ゲヘナを利用した特効薬を創り出そうとしている者がいるとかいないとか。
「鴨井さん」
「なんだろ?」
「失礼になるかもしれないんですけど――」
俺のその言葉を聞いてもなお、鴨井さんは優しい表情を崩さず「なんでも聞いて来い」という姿勢のままでいてくれる。きっと根っからそういう人間なんだろう。
「柴崎隊長が十段階中十だとして、鴨井さんの強さってどれくらいになるんですか?」
「――――」
鴨井さんの足取りは止まり、目まで瞑ってしまった。
「――――」
「……」
ま、まずい。非常にまずい。
「――――」
「か、鴨井さん。すみません」
へ、返事がない。
「――――」
「僕、失礼なこと言ってしまって……」
だめだ。終わった。きっとあれだ、優しい人を怒らせてはいけないってやつだ。どうしよう、下手したら始末されるとかなのかな?
かれこれ五分はこのままだ。鴨井さんの額には汗がにじみ始めてるし、GSAMのせいで目から感情を読み取るしかないのに、瞼は閉じられたまま。
「だめだぁぁぁ!!」
「うえぇぇえ!?」
急に叫び出し、頭を抱える鴨井さん。何が起こってるのか全く理解できない。とりあえず鴨井さんを落ち着かせないと。
「ごめん中村君」
「ええ、どうしたんですか?!」
真剣な眼差し、これは廃校探索どころではなくなったか?
「俺を柴崎隊長と比べるなんてできない!」
「……え?」
突然胸を突き出し豪語した。言ってる意味がよくわからないけど、さっきまでの鴨井さんに戻った気がする。
どうやらまだ続きがあるみたいで「えっへん」と喉を鳴らし、
「いいかい中村君、我々と隊長を比べるなんて言語道断。あの人の強さは正しく破滅級、正直に言ってあげよう。仮に彼が十段階中の十だとするならば、俺はマイナス百、そんなところさ」
「はあ……」
要は比べるに値しないということか。確かにふざけてると捉えられてもおかしくない鴨井さんの説明だけど、俺にも実体験がある。隊長との稽古では本気どころか利き腕すら使ってもらったことがない。
冷静になって考えてみると通常ではあり得ない話だ。大人と子供の話ならまだしも、俺自身もうこれ以上体格の成長は見込めない。筋力は本人の努力次第で引き延ばせるが、反射や俊敏性、そういったものでこれほど大きく差が出るの何故なのか。
――経験。恐らくこれに行きつく。
たとえトップアスリートだとしても『死』というものに直面することはほぼないはず。死を日常的に感じ、対するものは人間ではない怪物。それらを日常的に肌で感じ、生き残ったほんの一握りの存在。それがGSW戦闘部隊の隊長達という訳だ。
**********
”中村開智 鴨井宏樹、東京都立秦野高校到着同時刻、校長室”
「ボス、例の奴等です」
日本人離れした体格の男がそう言った。
「イエ~ス。堂島さんのお話は真のことでしたねェ~」
少しカタコトの男、恐らく日本人ではない。ふかふかの高級感のある椅子に座り、真っ暗な一室で二人は窓に目を向ける。
「随分とまた、チープな方々だ」
「どうしますかボス」
その問いに対し不敵な笑みを浮かべるカタコトの男。
「――ワタシ達のパーリィーに招待しましょう」
指をパチンと鳴らした瞬間、廃校だったはずの建物全体が眩しく輝きを取り戻す。
「ワ~ヲ、デスゲームの開幕デス」
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