第5話 実技試験①


 白一色の固い地面をただただ進む。照明は先程いた場所より少なく、薄暗い不気味な雰囲気が漂う細い廊下。できることなら、今すぐにでも引き返して待機室からやり直したい。いや、待機室からでは意味がないか。


「な、なあ」


 俺と同じく名前を呼ばれた千葉・・という名の男。上背は俺よりあるが、いよいよ殺し合いが始まるとなれば恐怖を感じるのは当たり前のことだ。


「なんだよ」


「お、俺さ、本当はこんな所来たくなかったんだ」


「そりゃ俺もだよ」


 冷たく返答した。これから殺し合う相手の事なんて詳しく知りたくない。


「違うよ。さっきだってお前涎垂らしながら思い詰めてただろ?」


「今更馬鹿にされたってなんとも思わないよ」


「違うんだって!!!」


 お互い歩みが止まる。

 前を行く千葉は肩をぷるぷると震わせながらこっちを振り向く。今すぐにでも泣き出しそうな表情で更に続けた、


「お前は守りたいもんとか、目標があるんだろ?」


「え」


「俺さ、高校じゃ誰よりも根性があって、誰よりも肝が据わってるとそう思ってたんだ。実際なんでそんなことで投げ出しそうなんだこいつ、とか思ったり、自傷行為だって怖くなかった」


 そうか、死がここまで桁違いだということに気が付けなかったか。


「こんなにも怖いなんて。度胸試しのつもりだったんだ。でもここに来てる奴は頭のおかしい奴ばかりじゃないか。照宮も、お前の隣に居た女も、あの緑頭の野郎も」


 同感だよ千葉、でももう諦めなくちゃいけない。俺達は数分後に殺し合うことになる。この手で。


「よそう。お互い知り合うのは。これからがきつくなるばっかりだよ」


「いいや最期に一つだけ、お前は何でこんなところに来た?」


「よくある話だよ、聞かなくていい」


「いや話せ」


 視線と話を合わせない俺に対して、千葉は詰め寄ってきた。真剣な眼差しを向けて。俺は一度浅い溜息を吐き、


「妹がゲヘナに感染してる。俺は医学を学ぶつもりだったけど、もう時間がないんだ。壁の中に入ってゲヘナウイルスを調べ尽くす。もう妹を救うにはそれしかない。けど現実じゃ、命を諦めた。自分のも、妹の命でさえも……」


 本当嫌になる。己の弱さ、誓ったことに対する脆さ。

 誰か俺を笑ってくれ。

 

 俺は千葉を追い越し歩みを再開した。もう戻れない、いっそのことここにいる千葉の事を思って死ぬか? そんなことすら考えてる。


「なあ、中村」


「おい千葉、もう諦めろ。俺達に残された道はやるしかないってことだけだろ」


 千葉の足音がしない。めんどくさい奴だ。


「根性がお前の取柄なんじゃ――」


「妹、頑張って救えよ」


 千葉の右手にはカッターナイフが握られていた。それをどうするつもりなのか、理解するまでには時間が足りなかった。

 スローモーションになったかのような視界、千葉の右手が自身の首元を目掛けていた。


「千葉ァァァ!!!」


「――――ッ」


 血飛沫が上がる。一瞬にして真っ白だった空間が赤に染まった。

 カッターナイフは首に突き刺さったまま、千葉は地面に倒れた。俺は頭を膝で支え、口から鮮血を溢れさせる千葉を必死に揺らした。


「ぐふっ、なかぅら。じしょうごういは、ごわぐない、ぅぅ」


「喋るなぁぁ! せめて戦えよ千葉ぁ!」


「ぁぁぁ、ごべんなぁぁ、おがあさん」


 首にある動脈を抑えるが、出血の勢いは凄まじい。映画のCGのように溢れ出る出血を、俺一人じゃどうすることもできない。


「おい!! 嘘だろアンタ等!! これ見てなんとも思わないのかよォォ!! 今ならまだ間に合うよォォ!!!」


 あるはずなんだ監視カメラが、普通じゃないこの組織の人間は俺達の最期を見ていたいはずだ。


「まだ戦いは始まってなかった!! コイツはリタイアだ!!」


 俺は叫び続けた、あるはずのない助けを求めて。


『千葉正人、死亡を確認。中村開智を勝者と認めます』


 瞬間、どこからともなく白いオーバーコートを身に纏ったGSW隊員が四名現れる。千葉を抱える俺を囲い、


「どけ、そいつはもう死んでる」


 無情にも一人の隊員がそう告げた。


「お前等、人間じゃない」


 俺は押し退けられ、遺体となった千葉はニ名の隊員によって乱雑に運び出された。そして残ったニ名の隊員は俺の両脇に腕を伸ばし、そのまま待機室へと向かった。


「おかしいんじゃないのか、お前等」


 俺の言葉に聞く耳は持たず、待機室へと放り投げられた。


「よぉ、腰抜け。お前以上の腰抜けがいたことに感謝するんだな」


 そこには偉そうに座る照宮の姿がった。照宮の言葉に大きな怒りが込み上げてくる。


「殴りたきゃそうしろ、ここはそれが正義だぜ」


 薄ら笑いでそう告げた。


『照宮樹一、長澤一哲、会場へ向かってください』


「腰抜けな上に半端モンと来たか、次お前を殺せることがなにより楽しみだ。せいぜいリラックスでもして待っとけよ」


 奴は俺の耳元まで寄りそう続けた。


「――許さない、あの餓鬼がァァ。ぶち殺してやるよ」


 無意識にそう出た? いや思っただけか。

 照宮ともう一人は待機室を後にした。確実に照宮が勝って戻ってくる。俺は少し先の未来を考えた瞬間、焦燥感と恐怖に襲われ、


「ぐぇぇえぅぅあ、ハァハァ――」


 嘔吐した。

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