第10話 眠り姫の一度目の目覚め

「オフィーリア姫様、もうそろそろ就寝時間ですね。姫様が幸せな、いい夢を見れますように」


 シスカがカーテンを閉めに、オフィーリアの部屋を訪れた時だった。仕事を終え、オフィーリアに就寝の挨拶を済ませ、背を向けて歩き出した。すると。


「いつもありがとう」


 シスカは一瞬耳を疑ったが、確かに小鳥の囀りのような、可愛らしい声が背後から聞こえたのだった。


「……え?」


 驚き振り返ったシスカが目にしたのは、上半身のみを起こしたオフィーリアが、橙色の瞳を開けてしっかりとこちらを見ている姿。

 穏やかに微笑む姿は妖精と見紛う程に美しく、シスカは返事をするのも忘れて見入ってしまった。


「オフィーリア様!?い、今人を!殿下やレイチェルさん達を呼んで参ります!少しだけ待ってて下さいませ!」


 喜びと驚愕の感情と、早く知らせなくてはいけないという、侍女としての責任。色んな思いがごちゃまぜになりそうになりながら、シスカは大慌てで部屋を飛び出した。


「た、大変です!オフィーリア様が!オフィーリア様が目を覚まされました!殿下を呼んで来て下さい!」


 ◇


 レオンハルトが部屋へと駆け込んできた。


 オフィーリアは確かに起き上がっていた。

 その証拠に、事切れたように頭が膝に倒れ込んで、折りたたまれたような奇妙なポーズで寝台の上にいた。


 それを見たレイチェルは驚き、シスカとレオンハルトは叫んだ。


「きゃあ〜〜!!オフィーリア様!」

「オフィーリア!?」



 レオンハルトはオフィーリアを抱えて、元通り寝台の上にちゃんと寝かして布団をかけ直した。


「オフィーリア、苦しかったね」


 そんな二人の様子をシスカは青ざめ、泣きそうになりながら見ていた。


「ほ…本当なんですっ…!オフィーリア様は確かに…!」


 震える声で必死に言葉を紡ぐシスカの姿は痛々しい程だった。確かに、三年間一度も目覚めなかったオフィーリアが、急に目覚めるなんて誰もが耳を疑った。

 シスカがオフィーリアを無理矢理倒れ込んだ形に置きかえたと、疑われても仕方のない状況となってしまった。

 しかしレオンハルトは、この出来事をシスカによる悪意の狂言とは一切思わなかった。



「分かっているよ。急いで知らせに来てくれてありがとう」

「とんでもないことで御座いますっ」


 レオンハルトはシスカを落ちつかせるように、優しく微笑んだ。本当は誰よりも辛く、そして落胆しているはずなのに、侍女の自分にまで配慮する事を忘れない優しすぎる王子。

 レオンハルトがオフィーリアへいつも語りかけているのを、シスカは知っている。

 そしてこの国の民なら皆知っている。オフィーリアがレオンハルトを庇って、眠りについた事を。

 二人は国が違って滅多に会う機会がなくとも、手紙で思いを伝え会っていた、仲睦まじい恋人同士だという事。

 そんなセレスティア国で一番人気のある歌劇は、この美しい悲劇の恋人二人を題材にした物だ。


 結末は目覚めぬ恋人を思い、レオンハルトが祈って幕が降りる場合と、奇跡が起こってオフィーリアが目覚めるものなどいくつか存在している。


 本当の物語はまだ終わっていない。真実の結末は近い未来に最良の形で訪れるはずだと、シスカは強く思っている。



 その後もレオンハルトは、オフィーリアの部屋に留まった。目覚めぬオフィーリアの隣にそっと腰掛け、紫銀の髪に優しく触れそっとその長い指で梳いた。そして極上の宝石を見つめるかのように、愛おし気にその寝顔を覗き込む。


(うわっ!ビックリした!)


 意識が覚醒して、いつものように外の映像が映し出された瞬間、とんでもない美形がオフィーリアの顔を覗き込んでいたのである。正直滅茶苦茶心臓に悪かった。

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