胸の高鳴り
ゾロゾロと怪訝な顔をしたお姉さんと妹さんを連れてそこにいたのは───やはり、私の知っている春峰 湊くんだった。
向こうも驚いたような顔で私を凝視しているのが分かった。
「・・・えと、お久しぶりですトーカさん・・・?」
「っ!?せ、先日は大変申し訳なかった!!!」
困ったような顔を浮かべた春峰くんを見ながら、私はすぐさま土下座の体勢に移行し頭を下げる。
恥も外聞も捨て置いた。
というかむしろ、この程度で許されるとは思っていない。
「え?あ、あのえと・・・えぇ?」
私の土下座に対し、困惑したような表情で苦笑いを浮かべる春峰くん。
だが、私は土下座を辞めるつもりは無い。
「私は君に対して、本当にとんでもない許せざる行為をしてしまった!しかも新人の頃から知り合いの友人とも言うべき人の息子に対してだ!だから・・・今こうして、再び謝罪させてもらっている。もちろん、君が望むことは私に出来ることなら何でもしよう」
「・・・な、何でも?っ、というか顔をあげてください!そんな土下座なんてしなくても、アレについてなら許したじゃないですか!そもそもなんでここにいるんです!?」
謝罪に対して、慌てたような表情で立ち上がらせようとする湊くん。
私は湊くんを狙う輩を逮捕するために来た、というのは伏せて、知り合い経由で湊くんに謝りに来たと伝えた。
ストーカーと怖がられるかもしれないが、しょうがない。
「本当に・・・済まなかった」
頭を地に擦りつけて、深々と謝罪する。
口では許してると言っているが、このことがトラウマで社会復帰が困難になるケースがある。
そう考えれば、前の謝罪は謝罪と言っていいのか分からないほど軽いものだったと思う。
きっとそんな私を見て、湊くんは呆れてしまうだろうな。
罵詈雑言を浴びせられることを覚悟で、私は地面に頭を擦り付けた。
だってあんなことをしたのだ。
到底許されることでは無い。
───しかし、湊くんが言ったことは、身構えていた罵詈雑言ではなかった。
「・・・んもう!顔をあげてくださいトーカさん!確かにあの日は色々ありましたけど、ただの事故じゃないですか!それなのに、市民を護ろうとしてる警察官のトーカさんを土下座させるなんて・・・僕はそんなことして欲しくないですよ」
「・・・湊くん・・・」
なんて、なんていい人なんだろう。
こんな正義感しか脳がない私に・・・こんな。
「ほら、顔をあげてください。綺麗な顔が見えないじゃないですか!」
「・・・ありがとう」
嬉しい。
あぁ、泣いてしまいそうだ。
私たちは男性も女性も関係なく一般市民を守る警察だ。
しかしその前にただの人でもある。
男性達の護衛などの、男性と触れ合う機会が多いために一般市民によく思われていないのは知っていた。
いくら頑張ったとしても評価されず、失敗すればその瞬間だけ取り上げられる。
警察なんてその典型例だ。
普段の頑張りなんて認められない。
だがこうして、男性に・・・湊くんにその頑張りを見て貰えた気がして、私は浅ましいと思いつつも嬉しいとも思ってしまう自分が、少し情けない。
「ふふっ・・・」
でも嬉しさからくる笑いは堪えきれずに、湊くんを前にして少し笑ってしまった。
「ん!めっちゃ美人さんです!やっぱり女性は笑顔な方がいいですよ」
そんな私を見ても、湊くんは笑いながら私を責めずにいてくれる。
こんな・・・こんな男性がいてもいいのだろうか?
少し朱くなっている頬がバレないように、そして迷惑をかけないように(既にかけているが)立ち上がる・・・が、どうしよう。
私やっぱりまだ顔朱いのかな?・・・顔朱いのだろうか。
「僕はもう気にしてませんよ。むしろこうして謝りに来てくれる人のことなんて、悪く言う方が無理です」
立ち上がった私にニコニコと笑いかけながら、目を見つめる湊くん。
・・・ど、どうしてだろう。
顔が熱い。
冷まそうと思っても何故かちっとも冷めてくれない。
しかも何故かちょっとドキドキする・・・動悸息切れなんてするような歳ではないはずなんだが。
「ありがとう」
「いいえ、こちらこそです」
湊くんはきっと、こんな私を許してくれたのだろう。
だってこんなに眩しい笑みを浮かべているのだから。
おかしいのは私の方だ。
湊くんの笑顔を見てると・・・ドキドキと鼓動する心臓がさらに早鐘を打つ。
頬の赤みは一向に良くならないし、なんなら悪化している気がする。
「あ、でも・・・何でもしていい権はそのままですか?」
「っ!?あ、あぁ・・・無論、私に出来ることならなんでも大丈夫だ」
「やった!じゃあ何に使おうかなー?」
「お、お手柔らかに頼む・・・」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら私に笑いかけてくる青色の瞳が、私の茶色の瞳と交錯する。
「・・・で、では私はピラミッドになりに・・・」
「え、ピラミッド?」
耐えきれなくなって目線を逸らし、先程からずっと黙っていた春峰夫人に目線を送ると、先程までの重圧はなんだったんだと思うほどの温かい目線を返される。
何故だろう、かなりニコニコしておられる。
「トーカさん・・・湊がもう既に許してるなら私はもういいわ。何があったかは聞きたいけど、過去のことを掘り下げるのも歳をとったって感じちゃうし、ね?」
「っ、春峰夫人!」
この人たちは優しすぎる。見ればお姉さんと妹さんの方も気にしてなさそうな面持ちで私を見ていた。
そこには決して敵対の意思はなく、むしろ友好的な雰囲気がある。
・・・本当に、今まで魔境やら地獄やら魔の坩堝やら色々言って申し訳ない。
魔王?修羅?悪魔?
とんでもない。
「ありがとう、ございます」
感謝を告げる。
「うんうん、仏頂面より笑ってた方がトーカさんは可愛いですよ」
「・・・そ、そうか」
すると何でもないようにまた可愛いと言われる。
なんだろう、物凄く恥ずかしい。
可愛いのは私ではなくて湊くんの方だと言うのに。
・・・よし、それを伝えるか。
せめてもの意趣返しとばかりに湊くんを見つめ・・・られないが、足元を見ながら湊くんの方へ歩み寄ろうとして・・・。
「か、可愛いのは私ではなくみな───きゃ!?「え!?」」
そこそこの間正座していたからだと思う。
一歩前に進もうとして・・・私は盛大にこけた。
それも───湊くんに覆い被さるような形で、だ。
「な!?」
「お兄ちゃん!?」
「あら・・・これはおいたが過ぎるわね」
春峰夫人とお姉さんと妹さんから驚愕の声色が上がる。
「あ、あぁ・・・えと、あの」
覆いかぶさってしまった湊くんも、動揺したような顔で私を下から見つめる。
だがそれ以上に動揺しているのが私だった。
だって顔と顔の距離が数センチしかないのだ。
もう少し顔を伸ばせばキスできそうなほど近い距離。
遠目で見ても綺麗だが・・・こんなに近くで見た湊くんの顔は、もはや芸術のいきに達していた。
切れ長の眉に優しさを宿した青色の瞳。主張しすぎない鼻に薄ピンクの健康的な唇。
その全てが調和を保っており、それゆえに神がかり的な顔が誕生しているのだろう。
「はぁ・・・」
「んひゃっ!?み、耳は・・・だめ・・・だから」
感嘆の溜息をはく・・・が、吐いた場所が悪かった。
私なりに配慮しようとしたが逆効果のようで、耳元に吐息が当たった湊くんは、頬を赤くし瞳を潤ませる。
びっくりさせてしまったせいだろう。
ちょうど私の太ももと太ももの間に、湊くんの足が挟まれるような体勢で私たちは見つめ合う。
「トーカ・・・さん?」
「湊くん・・・」
心臓が破裂しそうだった。
私の胸に押し付けられた湊くんの右手に、私の心臓の鼓動を聞かれていないだろうか?
でも何故だろう、もっと聞いて欲しい。
「っ、み、右手・・・ごめんなさっ「いいんだ」へっ、?トーカさん?」
右手が私の胸を触っていることに気づいて慌てて離そうとした湊くん・・・を止める。
この思考はおかしいのだろうか?
もっと・・・湊くんに触って欲しいと思ってしまうのは。
もっと・・・湊くんと見つめあっていたいと思うのは。
「トーカさん・・・」
「湊くん・・・」
やがてただただ見つめ合う。
そして私はそのまま───「ってぇ!!!お主達は何をしておる!!!」湊くんから剥がされた。
「・・・トーカさん?少しあちらでお話しようかしらね」
「お兄ちゃん?ねぇお兄ちゃん?大丈夫お兄ちゃん?私のお兄ちゃん・・・お兄ちゃん」
「余は・・・私はセメントを持ってこようかの」
・・・あぁ、すまない妹よ。
我が愛しの妹よ。
どうやら私は生きて帰れないみたいだ。
「へっ!?ちょっと4人とも!?どこ行くのーー!?」
未だに顔を赤くしたまま、春峰夫人とその姉と妹さん、そしてその3人に連れていかれる私に呼びかける湊くん。
あぁ、すまない湊くん。
君にはまた余計な負担をかけてしまった・・・また会えたら、会おう。
こうして私は、春峰家に連れていかれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます