ドルギア魔力精霊研究センター
道中で妙なトラブルに巻き込まれたが、ありがたいことに遅刻はせずに済んだ。目的地は国営・ドルギア魔力精霊研究センター。鋼鉄の柱とガラスで作られた、巨大なドーム型の建物である。
中に入ると、すぐ右手に受付があった。イグニディスは、ルーベウスと二人で、身分証を提示する。受付の人は「お待ちください」と言って素早く引っ込み、三十代後半ほどの、白衣の男性を一人連れてきた。彼は白髪混じりの赤髪で、柔和な顔立ちをしている。
「ようこそいらっしゃいました。私、所長のレキシャ=ギンレイと申します。ご案内しますので、お部屋でしばらくお待ちください。皆様が揃い次第、詳細の説明をさせて頂きます」
「まだ誰も来ていないんですか?」
「いえ、お一人が一時間ほど前に到着されました。どうぞ、こちらに」
通されたのは会議室と思わしき場所で、大きなテーブルが一つ、部屋の真ん中に堂々と据えられていた。それを囲んで、複数の椅子が等間隔に設置されている。一つに、褐色の肌をした、黒髪の青年が座っていた。
「あっ」
ルーベウスが声をあげた。
「お前、アガサキか?」
「やあ、ルベス。イグニス」
相手はぱっと立ち上がり、素早くこちらに寄ってきた。レノ=アガサキ。同じ道場に通っていた仲間で、ルーベウスの同級生である。
「そうかぁ、アガサキも初任務はこっちだったか。顔見知りが増えて心強いぜ! しかし随分早くついたな。一時間前って聞いたけど」
「自前のバイクで来た。駐輪スペースがあると聞いたから。ただ、飛ばしすぎてな……」
「バイク? 初任給もまだなのによく買えたな。中古でも結構な値段するだろ」
「壊れたものやパーツを引き取って、整備して乗れるようにした」
「つまり自作みたいなもん?」
「まぁ近いだろうな」
バタン、と扉が閉まった。レキシャが一礼のち、出ていったのだ。
「……ところで」
締め切られた室内で、ルーベウスが、ぐっと声をひそめる。
「任務、魔獣の討伐って聞いてるんだが、間違いねぇよな?」
「ああ、そうだ」
「俺ら、どうして研究センターなんかに呼ばれたんだ? まさか此処、魔獣を飼育してんのか?」
彼の言葉に、イグニディスは、センター公式のパンフレットを思い出す。上司から渡されていたのだ。記載の情報によると、此処では、魔力が生体に及ぼす影響や、精霊の生態・性質などを研究している。魔獣の飼育や研究なんて、これっぽっちも書いてなかった。しかし魔獣とは、人や動物が、何らかの原因で過剰な魔力を体に溜め込んで、肉体や性質を変化させてしまったものを指す。センターの研究内容を鑑みるに、魔獣を飼育する、ないしは人工的に作り出すことも、実はしているのかもしれない。
「訳ありなんだろう。だからオレらの出番なんだ。魔獣の討伐なんて、普通は軍の管轄だ」
イグニディスは黙って二人の話を聞いていた。会話に混じるのは得意ではない。じっと佇んでいる方が気楽だった。それに、もうじき時間が来る。
果たして、ノックの音がして扉が開き、三人の人間が現れた。一人はレキシャで、ファイルを片手に持っている。あとの二人は機動隊員だ。片方は二十歳くらいの女性、もう一人は、それより年配の男性である。女性は襟に青いバッジを、男性は銀のバッジをつけていた。それで彼らの地位が分かる。女性は先輩で、男性は今回の部隊の隊長だ。
「皆さん揃いましたので、説明させて頂きたいと思います。ご着席ください」
隊長達が着席するのを待ち、イグニディスはルーベウスの左隣に着席した。兄が傍にいるのは良いが、右隣はレキシャだったので、少し緊張する。
「まずは、ご足労頂きありがとうございます。早速ですが、請け負っていただきたい内容と、その背景についてお知らせします。実は……これは機密情報なので、口外は避けて頂きたいのですが」
のっけからレキシャは飛ばしてきた。
「当施設では、研究の一環として、魔獣を人工的に創造しております。一個体につき一つの檻をあてがい、厳重に管理しておりますが、昨日未明、一頭が脱走致しました」
「……」
イグニディスは渋い顔になった。魔獣を作り出した挙げ句、逃がすなんて、大失態もいいところである。
「個体番号は102(いちぜろに)、ベースの動物はタテガミオオカミです。性別はメス、体長三メートル半、肩高は二メートル。色は鮮やかな赤で、部分的に黒がまじります。魔獣化に伴い、高い知性と二つの頭を有します」
レキシャはファイルに手を突っ込み、紙を一枚テーブルに置いた。モノクロの写真が三つ並んでいる。奇妙な動物が映っていた。上から順に、火を吹く六つ目の馬、双頭のオオカミ、草を編んで作ったタコだ。101、102、103と番号が振られている。
ルーベウスがヒュッと息を飲んでいた。心の中でイグニディスも同調する。101と102はいい。問題は103だ。
(神話に出てきそうな見た目だな。何だっけ、あれ。ええと……名前、忘れた)
人を植物に変えてしまうという謂れがあったのは覚えている。モデルにしたのだろうか。
(103が脱走してて、人にそれを見られたりしていたら、宗教問題が勃発しそう)
逃げたのが、どこにでもいそうな魔獣で幸いだった。
「当施設が魔獣を創生・飼育する理由は、魔獣を弱体化させる薬剤を開発するためです」
レキシャが説明を続ける。
「いくつか仮開発のものがあり、102には『魔衰剤(ますいざい)』という物質を投与しておりました。これにより、102は視覚と聴覚、嗅覚が大幅に鈍化しております。しかし、102は牙に壊死性の毒を持っており、大変危険です。現在のところ、魔獣による被害は確認されていませんが、付近への影響を鑑みまして殺処分と致します。どうか皆様、102の討伐をお願い致します。……何かご質問はございますか?」
「はい」
アガサキが挙手をした。
「毒は牙だけですか? 爪などは? かすっただけでも危険ですか?」
「毒は牙のみで、他の部位には存在しません。ただし、かすっただけでも注入されます」
イグニディスは背筋を伸ばす。くれぐれも気をつけよう、と思った。ただでさえ、自分は昔から、治癒魔法が効きにくい体質だ。
「他には質問はございますか? はい、どうぞ――」
こうして情報の伝達と作戦会議が進行し、手分けして、一帯に埋没式の罠を仕掛けることになった。センターの研究員もあわせ、総勢二十名で、あちこちに巨大なトラバサミをしかける。おびき寄せるため餌も用意された。魔獣だから特別なものを与えられているかと思いきや、ただのドッグフードだった。毒を盛れば簡単に始末できるのでは、とイグニディスは考えたが、その辺を散歩している飼い犬が、これを食べたら大変だ。
102は夜行性であるそうなので、作業の後は、日暮れを待って一時解散となった。イグニディスは、ルーベウス・アガサキの二人と昼食を取ったあと、暇つぶしと情報収集を兼ね、三人でセンター内の図書室へと向かう。関係者なら、自由に出入りし、閲覧して良いことになっていた。
陽光の差し込む、広々とした空間だった。いくつもの本棚が並ぶ中、要所にパステルカラーの椅子とテーブルが置いてあり、室内の印象を柔らかくしている。
「おっ、見ろよこれ」
入ってすぐ、ルーベウスが壁を指す。大きな地図がかかっていた。描かれているのはユグドラ国、海にぽつんと浮かぶ小大陸である。国名の頭には紋章が、後ろには金の化学記号が記してあった。後者は、国がかつて、金の産地として知られていたことに由来するのだろう。記号の下には小さく「レオドア」という名も書かれている。金鉱山を発見した王族の名だ。
「エーテラの密度を記したマップだね」
じっくり眺めてイグニディスは言った。通常は青、薄いところは紫、極めて薄いところは赤色だ。王都は東部にあり、ほぼ青。そのすぐ上に、紫や赤を点々と浮かべたガルド領が位置している。両方と隣接してマツギ領があり、そのさらに隣に、L字型をしたヴァーゴ領がある。大陸の西部には一箇所出っ張った場所があり、そこはレキハ領となっていた。
イグニディスは、ヴァーゴ領となっているL字、下部の東を見る。そこに、かつてジルゴ村が存在していた。だが、今はもうない。
(絶対、ヴァルハラードを討ち取ってやる)
何十回、何百回と繰り返した誓いを、また、心の中で繰り返す。そのためにも、任務を無事終えることが肝心だ。
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