第三章 31話 陸上自衛隊 琉洲奈島警備隊のフェンス。
陸上自衛隊の琉洲奈島警備隊は、この島で最大の対馬駐屯地にある。江戸時代には島に藩主の築城桟原城があった。その城跡の一部にこの琉洲奈島警備隊が作られた。琉洲奈島の新厳原港のフェリーターミナルから徒歩で30分程度の距離にある。この対馬駐屯地には西部方面隊所属の三部隊があり、その最大数が対馬警備隊だ。
陸海空合わせて琉洲奈島には700人程度の自衛隊員しかいない。そのうちの400人程が警備隊に所属している。西部方面隊だけではなく防衛大臣直轄の情報関連部隊も存在するが、どの部隊も規模が小さい。島の人たちは自衛隊の組織構成を気にしないので、島の陸上自衛隊員=琉洲奈警備隊員と呼んでいる。
この琉洲奈駐屯地の規模は小さく、小学校程度の広さしかない。自衛隊の駐屯地の中でも最も敷地が狭い。場所は琉洲奈島でも人口の多い新厳原町に位置し、市営住宅が隣接している。基地と市営住宅との間はほんの一車線の道幅しかない道路があり、市営住宅の高層階からは基地内が見下ろせる。
在日米軍もそうだが、日本以外の国の軍事基地は広大な敷地を持ち、主要な施設は基地の外から見えない。
基地のゲートから入り組んだ道を進み、何重もの警備所をくぐってやっと主要な施設にたどり着ける。そうでなければ外部からの攻撃に耐えられない。基地周辺の空地にも制限があり、民間人の立ち入りを禁止している場合も多い。一方、自衛隊の基地の多くは市街地の住宅街にあり、一般住宅が隣接していることすらある。
琉洲奈駐屯地のフェンスには鉄条網があり立ち入り禁止の立て札も立っているが高さが2メートル弱で、脚立で十分に乗り越えられる。
実際に九十見はそのフェンスを内側から乗り越えて愛しいパメラのいる居酒屋にやってきた。
内部から気づかれずに乗り越えられるなら、外からの敵の侵入を防げるのか疑問が残る。
自衛隊員が着隊した部署から許可なく逃走することを脱柵という。
脱走ではなく柵を越える脱柵だ。脱柵は自衛隊では処罰の対象だ。
自己都合であれ、事件に巻き込まれた場合であれ、自衛隊員が許可なく基地を外出た場合、警務隊が追跡して帰隊させる。
その場合は捜索にかかった費用をその隊員が負担することになる。辞めたいのなら逃げるより退職手続きをするほうが安上がりだ。
九十見は当直をさぼって外出したが、朝の点呼までにはしれっと帰っていた。数日後に部隊内で彼の脱柵は噂になった。当日の当直士官への聞き取りや当直日誌の調査でかなり前から詳細もわかっていた。退院後に警務隊から事情徴収され戒告は免れない。
自衛隊員の脱柵は自己都合がほとんどだが、事件に巻き込まれた可能性もある。
九十見のような陸士長が知りえる防衛秘密はほとんどないとはいえ、脱柵がきっかけで自衛隊内の秘密漏洩事件に発展するリスクがゼロというわけではない。
琉洲奈警備隊のフェンスと民家の間は一車線道路で、その巾は4メートルもない。
九十見はフェンスの内側から古民家の庭にある桜の枝にロープをかけたという。
確かにこの古民家の桜は枝ぶりがよく、基地の方向にも枝が伸びていた。
自衛隊内で何度も問題視され、基地のほうに伸びる枝の剪定を古民家へお願いに伺っていたが、かなり前から空き家で家主と連絡がつかない。ただ、年に何回か庭の雑草が刈り取られ、畳の入れ替え等をしていることがあった。修理業者のトラックが停まっていたこともあった。地権者が手入れをしているのは間違いない。
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