第二章 第22話 #9-4 中田与志男三曹 呼吸停止
防衛大臣秘書官・
自衛隊を退職後、病院経営と一般外来、入院患者の治療と隆一郎は目が回る日々を過ごしていた。
自衛隊の思い出に浸る時間も友人たちにコンタクトをとる時間もなかった。最近になってようやく仕事に慣れ、勤務医との連携もうまく回るようになって一息ついたところだった。
隆一郎の父の代から勤務している古参の鳳看護師長からの小言は毎日のようにガミガミと続くが、おかげで自信もついた。
そんな矢先に防衛大臣秘書官からの電話と聞いて隆一郎は慌てた。いたずら電話を疑ったほどだ。自衛官だった時も市ヶ谷の防衛省での勤務経験はなく、防衛大臣とは式典で見かける雲の上の人だった。
「防衛医大で炭疽菌を研究されていた元医官の才谷隆一郎先生でしょうか?」
「はい、炭疽菌や生物化学兵器の研究で米国CDCの肺炭疽のプレパラート等を見てきました。自衛官としても、厚労省の技官としても、炭疽菌、爆発テロを研究、担当しておりました。」
才谷隆一郎は経歴を答えた。
秘書官の松下勝は日本で発生している炭疽菌事件について説明した。元旦に長崎県の米海軍と佐世保総監部の目と鼻の先にあるニミッツパークのベンチに置かれたドラム缶から炭疽菌が検出されたこと。その小型ドラム缶には「ハッピーニューイヤー」という吹き出し付の虹色のカメレオンシールが張り付けてあったこと。その後、2月に米海軍の検証結果でその粉末は炭疽菌の芽胞だったという一連の事件の流れだ。
炭疽菌によるテロについて知る自衛隊医官を防衛大臣は探したが、現役自衛官の中にはいなかった。過去に防衛医大病院研究員が、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)で生物化学兵器・炭疽菌を含むテロ対処研究に派遣されていた。その元医官はCDCの本部があるジョージア州アトランタ、ボストンマラソンの爆破テロの現場も巡り、炭疽菌・リシン郵送テロの関係者や研究機関にも話を聞いた経歴を持っていた。
皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽と炭疽菌の病態について調査レポートを防衛省と厚生労働省に書き残されていた。その医官が隆一郎だった。この時の研究資料から防衛省関係者で炭疽菌テロを最もよく知る人物として隆一郎にたどり着いたとのことだ。
「佐世保ニミッツパークで発見された炭疽菌入りの小型ドラム缶と同じものが琉洲奈島で発見されました。その現場にいた海上自衛隊員1名が発熱したようです。」
「すでに自衛隊を退職された貴殿にお願いするのは心苦しいのですが……」と大臣秘書官は口ごもった。
「行って、診察しろということですか」
隆一郎は単刀直入に聞いた。
まだ、警察やマスコミに知らせることはできない。事実確認が先だ。
その診察と治療を極秘に依頼されているのだ。こんな仕事を引き受けたら、鳳看護師長にどんな嫌味を言われるかと考えるだけでゲンナリした。
「中田さん。白い粉の匂いを嗅いだのか?」
「は……い。テ……レビ……で……そんな……シーン……み……たし……」
中田はゼイゼイ喘ぎながら、とぎれとぎれに答えた。
「その後、このドラムをここでも開けた?」
中田は首を横に振った。
「ここでは開けてないんだな?」
中田はわずかに頷いたように見えたが、目の焦点が合っていない。
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