もう終わった話

 ワンダ王女への訪問が終わったあと、レアを女子寮に残して、私とカミルはそのまま男子寮へ帰った。マルクは宮廷で働いているという次兄の邸宅に住んでいるので、校門から馬車に乗って帰宅した。


 夕陽がさすプラタナスの並木を小川に沿って歩きながら、私たちはワンダ王女の印象について話していた。


「陰気で不健康。生きた人間と話している気がしなかったね」


 私たちの中で唯一ワンダ王女と会話したカミルの評価は、なかなかに辛辣だった。


「個室ったって、あんな狭い部屋に籠りきりで、他人とまともな会話もする気がないなんてなあ。病的だぜ、あれは」

「しかし、私は今朝、池のほとりで彼女と会った。ワンダ王女は籠りっぱなしではなくて、ちゃんと外にも出ているんだ」


 そして、彼女はカミルに誘導されても、ついに私のことは話さなかった。


 魔族である私を見逃してくれたのだろうか。それとも、ワンダ王女自身が、早朝に出歩いていることを他者に知られたくない事情があったのだろうか。


「とにかく他人と関わりたくないんだろ」


 彼女の謎を、カミルは一言で片づける。


「その理由は何だと思う?」

「さあ? マルクかレアの推測のどっちかか、もしくは両方じゃないの」


 マルクは、ワンダ王女が他人を拒絶するのは、祖国と家族を滅ぼされた心の傷のためだと思って、「ぐいぐい行き過ぎて悪かったかも」と反省していた。


 レアは、ワンダ王女の受け答えがしっかりしていたことから、彼女の登校拒否は、元モルゼ王国の王女としての彼女なりの帝国への反抗なのではないかと分析していた。


「まあ、アルバのことを黙っててくれそうなのは助かったけどさ」


 そう言って道端の小石を蹴り飛ばす。飛んでいった石が小川に落ちて飛沫がたつのを見届けてから、カミルは「で、アルバはどうなの」と尋ねてきた。私は少し考える。


「……正直、マルクとレアの推測は、私にはピンとこない。カミルの言うように、陰気とも不健康とも違う気がする。ワンダ王女は確かに外界を拒絶しているが、それは他人を嫌いとか、警戒しているとかではない感じがするんだ」


 これは、私がワンダ王女と直接顔を合わせたことがあるから抱いた印象なのだろうか。

 魔族の証である紅い瞳を見て、ワンダ王女は少しも動揺しなかった。私から逃げるそぶりも見せず、淡々と私の存在を受け入れた。


 無関心。無干渉。彼女からは何の感情も感じられない。

 だが同時に、悲壮感や憎悪など負の感情も感じなかった。


 おそらく彼女は、私の敵になるつもりはない。ワンダ王女は、誰の敵になるつもりもないのではないか。


「ワンダ王女はあの部屋で何をして過ごしているのだろう。魔族だと知られていなければ、普通に話してみたかったな」


 私の呟きに、カミルの琥珀色の目が細められる。


「……あんた、まさかだけど、ワンダ王女は自分を庇ってくれたから良い人だーとか思ってんじゃないだろうな」


 うっ、と声をもらして、視線をさまよわせる。カミルは口角だけ上げて笑った。


「そういうところが世間知らずなんだっての。ちょっと優しくされただけで絆されてちゃ、この先やってけねえよ。相手の思惑なんて分かんないんだから。恩を感じるなんてもってのほか」

「も、もちろん、分かってはいるが」

「じゃ、あのお姫様のことはもう終わりね。ハイ忘れた忘れた」


 カミルはパンパンと手を叩くが、私にはまだ引っかかる気持ちがあった。しかし、実際もうワンダ王女と関わる機会もないので、カミルの言葉に頷いておいた。


 終わった話を考えていても仕方がない。私は意識して王女のことを忘れることにした。

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