ラスト・プリンセス 1
モルゼ王国。
私もその国名は見たことがある。古い地図の中で、ブランシェ帝国の隣国として小さく名前が記してあった。
大陸の中でも歴史ある国の一つで、かつては繁栄した時代もあったようだ。
しかし、ここ一世紀ほどで工業化と軍事力拡大により急成長したブランシェ帝国から侵略を受け、十五年前の「麦畑戦争」と呼ばれる大きな戦争に敗北。領地は帝国に吸収され、数年前にかろうじて残っていた形ばかりの王家も廃されたことで、ついに地図から名前を消してしまった。
そんなモルゼ王国の最後の王女様が、私たちの同学年にいるのだという。
「皇都の人間だったら、知らない人はいないビッグニュースだよ。旧モルゼ王国の貴族はほとんど処刑か幽閉か地位剥奪されてるんだけど、その王女様はバルテーヌ公爵家に保護されてるんだって」
こういうところはさすが皇都の男爵令嬢、リズは帝国の政治事情に詳しかった。
「まあ、まだ子どもの王女様まで酷く扱ったら、モルゼ人からの反発が厄介だからね。実際、戦後の旧モルゼ王国領では何度も反乱が起きていたけど、王家を処刑しないことを約束したらピタッと反乱の動きが収まったらしいよ。だから領土が無くなっても王家だけは残されてたの」
皇帝が絶対的な権力を持つブランシェ帝国と違い、モルゼ王国は王権が弱い国で、貴族たちが国政の中心だったようだ。しかし、国の象徴としての王族は民衆からの人気が高く、愛国者が多いモルゼ人は今でもその王女を慕っているらしい。
モルゼ王国最後の王は三年前に心労と病によって没し、王家は正式に廃された。ひとり遺った王女は侯爵家に引き取られ、血の気の多いモルゼ人たちに対する人質の扱いで大事に生かされているということだ。
「敗戦国のラスト・プリンセスのくせに、こっちでも大切にされて。羨ましいもんだわ」
リズは呟いた。そういえば、彼女は初対面の時に冗談めかして「ほぼ没落貴族」と自己紹介してくれたことを思い出した。リズは自分の家の事情を気にしてなさそうに明るく振る舞っているが、やはり思うところがあるらしい。
「皇都には他にも貴族の子女だけが通う学校があるけど、平民にも門戸が開かれてるリセ・ルージュ学園に入ってきたのは、そういう特殊な身分だからかな。みんな気になってるのに、いざ学校が始まったらずっと欠席だからガッカリだよね」
リズはそう語るが、その王女様にしてみれば、祖国を滅ぼした仇敵の国の学園に入学したことになるのだから、心中は複雑なものがあるのだろう。
それにしても。
騎馬民族の少年に、亡国の王女、そして、正体を明かしていないが魔族の私。
今年のリセ・ルージュ学園の新入生は、なかなか奇抜な顔ぶれになっているようだ。
「肌や髪の色素が薄くて碧い目が多いのがモルゼ人の特徴だから、アルバ君が会ったのはその王女様かもよ」
白い肌、銀色の髪、深く碧い瞳。なるほど、特徴は合致する。
厄介な相手を好きになったねー、と面白がるリズに、私は苦笑を返すほかない。
「亡国の王女様といい、あの蛮族といい……。アルバ君って外国人好きなんだねー。わたし、ぜんっぜん分かんないわ。ま、でも応援してるよ」
じゃあ頑張って、とリズは手を振って歩きだす。
私は少し考えてから、「リズ」と呼び止めた。首を傾げる彼女に、私は口をもごもごさせながら、
「あ、あの。嘘がバレた通り、私とカミルは幼馴染なんだ。私はカミルを大切な友人だと思っている。……ので、その、彼を蛮族と呼ぶのをやめてほしい。少なくとも、私やカミルの聴こえる所では」
「……」
彼女の雰囲気が冷たくなったのが感じ取れた。私は焦る。
それでも、リズはものすごく間をおいてから、「分かった」と答えてくれた。
その時、廊下の曲がり角からカミルが現れた。
きょろきょろと私を探していたらしいカミルは、私がリズと一緒にいるのを見つけて、あからさまに「ゲッ」という顔をしたのが遠目にも分かった。それに気付いて、リズも「ゲッ」とこちらは口に出して言った。
言うまでもなく、ここの二人の仲は悪い。小走りにやって来たカミルは、面倒そうにシッシッと手を振って「アルバに用があるから、あんたはどっか行って」とリズを追い払う。リズは眉をぴくりとさせたが、言われた通りに背を向ける。
しかし、何を思ったか、彼女は去り際に急に振り返ると、
「カミル・アジャール、知ってる? アルバ君好きな人できたってー」
「はあ?!?!?!」
廊下に響き渡る大声に、私の方がびっくりして耳を押さえる。
リズはケラケラと意地悪く笑って、やたら機嫌よく教室へ帰って行った。
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