序章4

 体側から無数に生える足を見るだけで、嫌悪感を覚える人も多いだろう。更にレレの身の丈の十数倍もありそうなその大きさが、モンスターの気持ち悪さをより引き立たせている。

「こいつは特殊な毒を持っているから気を付けて。牙の近くの毒腺から出ているものが一番強力だけど、体液にも微弱ながら含まれているから、返り血が目に入ったりすると危ないよ」

 ジャイアント・ケイヴワームの個体数はあまり多くないが、レレは何度か討伐した経験がある。特に、幼い頃に母に同行して戦った記憶が多い。

「毒性のジャイアント・ワーム……という事は」

「うん、目的のやつで間違いないね」

 シモンとベルは観光目的ではなく、研究に必要な材料を採取しにコギの町に来たわけだが、その中のメインターゲットが洞窟性のジャイアント・ワームの特殊な毒腺だった。

「二週間もかけて来たんだ……確実に仕留める!」

「あっ! ちょっと待って!」

「あ、焦らずゆっくりでいいよー! とりあえず……『授けよ、守護の参番』!」

 ベルに対してレレが止まるように叫んだが、お構いなしに敵へと迫って行く。

 シモンは万が一のために、杖を構えて素早く加護の術を唱えた。

 このモンスターは見かけの印象よりは俊敏に動く事が可能だが、側面からの攻撃をその場で避けられる程の機動性はない。

 そのためベルの一撃は、確実にジャイアント・ケイヴワームの横っ腹を切り裂くはずだった。

 しかし現実はそうはならずに、金属同士がぶつかるような音と共に、ベルの剣は外皮に弾かれてしまった。

 一般的な砂地に生息するワーム型モンスターと異なり、硬い岩を掘り進む必要がある洞窟性のワームは、その外皮が鋼鉄のように硬くなる事が多い。

「くそっ……!」

「柔らかいお腹を狙えって言おうとしたのにー!」

「……腹部と言うが、具体的にはどうすれば良い」

 巨体のわりに足は短く、無数に生えているため、下に潜り込んで攻撃するのは難しい。

「一番早いのは剣じゃなくて魔法で戦う事かな」

「……他は」

「鈍器や爆発物で外皮を破壊するか、体をひっくり返しちゃえば簡単に倒せるかな」

「ひっくり返すって言ってもな……」

 ケイヴワームの顔がぐるりと二人の方を向く。

 クロウバット同様、洞窟深部に生息するモンスターのため、目は退化しており聴覚や嗅覚を頼りに周囲の様子を把握している。

 そのため真っ先に狙うのは、無防備そうに杖を握るシモンではなく、武器を構えつつも手前であれこれ話している二人組になる。

 ケイヴワームの突進を横に跳んで回避したベルの視界に、深さと幅が身の丈より少しある程度の亀裂が地面に広がっていた。

「あれだ……!」

「ちょっと、また勝手に……!」

 わざとらしく大きく音を立てながら走るベルに向かって、毒液で濡れた牙を、口内でぎらりと光らせたワームの突進が始まる。

 ベルは追いつかれる寸前のところで、亀裂の中に飛び込み毒牙から逃れ、頭上を通過する柔らかい腹部へ向かて剣を振り抜く。柔らかいとは言っても、この巨体の内臓を支えるだけの厚みと強度はあり、彼が剣術をしっかりと身に着けてい無ければ、浅い傷を作るのに留まっただろう。

 傷口からは大量の体液が溢れ出し、痛みで体をうねらせているため、あちこちへと有毒の飛沫が飛び散る。

 本来であれば追撃したかったところだが、巻き込まれる危険が高いため、ベルは地面の亀裂から脱出して、暴れまわるケイヴワームから距離を取った。

 ワームはとぐろを巻いたと思えば、そのまま地面に穴を掘って潜ってしまった。

「顎が強靭とは言っても、あんな速度で岩の地面を掘れるものか……!?」

 まるで砂地に生息する種類と同じように、スムーズに地面に消える姿にベルが驚愕していると、レレが伏して地面に耳を当てながらその疑問に答えた。

「あれは毒腺から溶解液を分泌しているんだよ。自身の外皮は溶かさない特殊なやつをね」

「ふむふむ、非常に特殊な毒腺が状況に応じた毒を生成する……溶解液はその毒の一種類に過ぎないんだよね」

 後方で岩陰に隠れているシモンがそう付け足した。

 彼はまさにその性質に興味を持って、この地を訪れたのだ。

「はい、だからあいつの毒に対する特効薬というものは無いんです。本当に厄介なのは外皮でも牙でも無く、変幻自在の毒……なので注意してくださいね」

 まだ地面の音を探っていたレレの体がピタリと止まった。

「どうした」

 ベルは剣をしっかりと構えて、周囲を警戒しながらレレに問いかける。

「……地面の中を這い回っていた音が消えた」

「逃げたのか」

「ううん。まだいる……恐らくこっちの動きを探っている」

「音を立てて誘い出すか?」

「そうだね。でもそれは私がやる」

 レレは地面に伏したまま、石で地面を叩いて音を出しながら少しずつ移動を始めた。

 しばらくその行動を続けていると、地面の中で再び音が聞こえた。

「釣れた……!」

 彼女は飛び起きて走り始めた。それに呼応するように地鳴りが大きくなり、すぐに他の二人にも聞こえる程になった。音と揺れは、明らかにレレへと一直線に向かっている。

「おい、来るぞ!」

「大丈夫、任せて」

 レレは走りながら腕に刻まれた魔法印の入れ墨に意識を集中する。

『呼覚ませ! 獣の番外────「猟豹」!!』

 詠唱の叫び声と共に、足元の岩肌を突き破ってケイヴワームの大顎が現れた。

 「間に合わない」とベルが顔をしかめた次の瞬間、鼓膜を突き刺すような轟音と共に、レレが雷をその身に纏っていた。

 そしてベルが目にしたその姿は残像であり、彼女自身は既に毒牙を躱していた。

「なっ……!」

「なるほど……ウェアキャットの能力を最大限に引き出すためのオリジナルの増幅術みたいだね。脚力に特に脚力に特化しているのかな」

 相変わらず的確な考察をするシモンに驚きつつも、レレは間髪入れずに次の行動へと移る。

 ケイヴワームは地面から飛ぶように出てきたため、その腹部がしっかりと見えている。

「どりゃああああああああ!!」

 その蛇腹に対して、先程の回避に使った脚力を以って、閃光のように突撃した。雷の爪と逆手に持っていた短剣が腹部に刺さるが、勢いは止まらず、そのままワームの巨体を仰向けにして地面へと叩きつけた。

「今だよ!」

「分かっている!」

 レレはワームが暴れた反動で地面に放り出されてしまったが、それと入れ替わるようにベルが飛び掛かる。

 今までの二撃とは異なり、両手剣には明らかに魔力が込められており、刀身が揺らめき、刃先から火花が散っている。

『纏え! 炎の弐番……!!』

 振り下ろした剣が腹部にぐずりとめり込み、その瞬間に刀身から炎がごうと溢れ出した。

 胴体の半分程の深さまで切り裂き、そのまま振り抜いたが、刀身に纏う炎が傷口を焼くため、厄介な体液があまり吹き出さない。

 これで仕留めたかと流石に油断をしたところで、ケイヴワームが再びその場で暴れだし、新たに地面を掘るだけの余力はないのか、初めに現れた時の穴の方向へと走り始めた。

「逃がすか……!」

「待って!」

 追いかけようとするベルを、レレは強めの声で止める。

「何を言っているんだ! ここで逃げられたら面倒だぞ!」

「大丈夫だってば! もう仕込んだから!」

 レレが急に外套を脱ぎ捨てたため、ベルは一瞬ぎょっとした。

 上半身は比較的軽装だが、別に外套の下が裸という事は無く、皮鎧などをしっかりと着込んでいる。

 しかし、今まで厚着の姿だけを見てきた反動なのか、露出した二の腕や首筋に目が行ってしまったため、ベルは軽く自己嫌悪した。

 ちなみにレレの仕込みとは、先程突撃した際に刺したままにしていた短剣のことだ。

「私はこういう魔法はセンスが無くて全然駄目だけど、魔術的な目印があれば何とかなる……!」

 大きな球体を持つように、両手を胸の前で向かい合わせに開き、そこに魔力を集中させる。指から指へと雷が走ったと思えば、その電気が渦巻いたような球体が手の間に出現した。

「うぐぐぐぐ……!」

 苦手と自ら言うだけあって、力の制御に苦戦しているようで、犬歯を剝き出しにして食いしばっており、髪も尻尾の毛も逆立っている。

 いざ詠唱という時に、ズキンと腕が痛んだ。

「いっ……!? 何こいつ……!」

 どこからか飛び出してきた小型のケイヴワームが、レレの腕に噛みついていた。

「チッ……!」

 ベルが直ぐに駆け寄り、ワームを斬り捨て、噛みついてた牙を無理やり腕から剥ぎ取る。

「いったあああああああい!!」

「術の安定に集中しろ!!」

 ベルはそのまま傷口に口をつけ、血を思い切り吸い出そうとする。

「わっ!? ちょっと!!」

 毒を吸い出そうという意図は分かるが、同世代の男性に腕に口をつけられたという事実に動揺してしまい、誤ってベルの頭に肘をぶつけてしまう。

「がっ……!? おい馬鹿! 飲んでしまっただろうが!!」

「ごっ、ごめん……! でもー……!!」

「い、今は謝罪は良いから、集中しろ! 本当に逃げられるぞ!!」

「う、うるさーい! 分かっているってばー! ぐぐぐぐぐっ……! ぐぎいいいいいいいいっ!!」

 憧れの女性には発して欲しくない類の声で、無理やり魔法を安定させる。

 すぐにまた不安定になってしまう恐れがあるため、このチャンスを逃すまいと急いで詠唱を完了させる。

『放て! 雷の参番!!』

 そう叫ぶと同時に、両手で抑え込んでいた魔力が一気に溢れ出し、ケイヴワームに刺さっている短剣を目掛けて、大きな雷となって放出された。

 短剣に「落ちた」雷は瞬く間にワームの全身を駆け巡り、その巨体を地面に沈めた。

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