仮面専門店

(こんにちは)


 真船は眼鏡の交信感度を最大に上げて定型文を送りながら店の門をくぐった。


 かなり年季の入った店で埃で曇った窓硝子からは中の様子が窺えなかった。扉にはopenという背景に取り込まれそうな色の自信なさげな看板が申し訳程度にかかっていた。本当にやってるんだろうか。


 店の中は薄暗かったが、暖かかった。もうストーブを出している。


「いらっしゃいませ」


 声がして店主が眼鏡をしていないことに気づいた。


 声からしてまだ幼い少年だ。真船の眼鏡には眼鏡型デバイスをつけていない人はただの白い点として彼は表示された。


「仮面を新しく作ってほしいんですが」


 久しぶりに喉から出した声は酷く乾いていて、いい終えてから咳払いで誤魔化した。


「仮面、ですか。新規作製でよろしいですか?」


 真船は頷く。


「できるだけ早く。特急料金があればそれで構いません」


 少年はカウンターの下をごそごそ漁って注文表を出した。


「あの、まずここにサインしてもらえますか?細かい話はまた後日うかがいたいと思うんですけど...」


「後日?できるだけ早く必要なんです。どうにかなりませんか」


 期待していた対応との違いに少し落胆しながら真船は尋ねる。少年は書類を少し引っ込めかけたがまたカウンター上に差し出す。


「あ、じゃあ、今日は僕と仮面のイメージとか固めて、注文表をまとめるのはどうですか?あの、ここにサインいただけたら今後の色々、便利だと思うんです」


 彼は執拗にサインを要求した。


「あの、君は仮面の職人じゃないですよね。店主は今日いらっしゃらないということですか」


 少年は下を向いた。


「...お名前だけでも教えてくれませんか?」


 小さく少年は言う。話にならない。


 いらいらしながらも真船は合点した。彼は店主が不在の間の店番で、その間に来た客をしっかり捕まえて置くことが仕事なのだろう。


 サインを書かせておいてあとからメンテナンスなども入ったプランを買わせる、ひょっとしたら会員登録させて乗り換えを狙っているのかもしれない。新規顧客の他社からの乗り換えは零細企業にとって最優先事項だ。


「店主さんはいつ頃お見えになりますか?明日ならまた明日来ますが」


 こんな店でも大手の忙しい店よりは早く済むだろう。今日のところは早めに引き上げるとしよう。


 真船が尋ねると少年は顔を上げ、声の調子が数トーン上がった。


「明日も来てくれますか?」


「店主がいるならですが」


「予約には名前が知りたいんですが、あなたの名前はなんですか?」


「...津野です」


 真船は何故かそう口走った。


「ツノさんですか。あした、お待ちしています」


 真船は逃げるように店を出た。店の外は秋風がとても寒かった。顔を上げず、真船はマンションへと早足で戻った。


 予約をしたものの、所詮は口約束だ。店主がいないのなら、明日は何処か別の店を探す他ない。明日は南の方の街まで出かけることにしよう。


 冷蔵庫を開けたがレトルトを切らしていて、でも買いに行く気力は残っていなかった。


 チューハイを一本開けて、テレビを見ながら胃に流し込み、無理に眠りについた。

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