3話
俺が朝食を終えると後片付けをリアナ達は手早く済ませた。
しばらくしてリアナ一人が戻ってくる。それと同時に時刻を知らせる鐘がカランカランと鳴った。8の刻くらいにはなっているようだ。
「殿下。家庭教師の先生がお越しになりました」
「早いな。いつもはもうちょっとゆっくりなのに」
「いえ。わたしが殿下の体調面を考えて早めに切り上げてもらえるようにお願いしました」
俺は驚いた。まさかリアナがそこまで考えていたとは。
「……そうか。先生にはお礼を言わないとな」
「ええ。そうなさいませ」
リアナも勧めてきたのでお礼を言うことにする。
いつも教えてもらう応接間に移動した。リアナは寝室にてシーツの取り換えなどがあるため、居残る。
俺は応接間に入ると待っていた先生に声をかけた。
「……今日は時間を繰り上げてきたとリアナからききました。すみません。ウェルズ先生」
先生ことウェルズ氏は薄い茶色の真っ直ぐな髪を短く切り揃え、翡翠色といえる瞳の美丈夫な方だ。眼鏡を掛けているので穏やかな雰囲気の男性でもある。
「いえいえ。殿下が謝る必要はありませんよ。ご体調が優れぬと伺いました。ですから授業も早めに終わらせますので」
ウェルズ先生はそう言って椅子に座るように勧めた。俺は手に持っていたノートと教科書を机に置いた。筆記用具も忘れない。
「……では。授業を始めましょう」
「はい」
俺が頷くとウェルズ先生は授業の時によく見せる厳しい表情で一昨日の授業の内容をおさらいする。
「まず、一昨日の授業でフォルド語の書き取りを宿題に出していましたね。できていますか?」
「できています」
「ならば。見せてください」
俺はノートを開いて書き取りをやったページを繰って見せた。ウェルズ先生はそれを手に取りチェックする。
ウェルズ先生は少し経ってノートを返してきた。
「いいでしょう。ちゃんとできていましたよ」
「……ああ。良かった。できていないと言われたらどうしようかと思いました」
「……殿下。王太子ともあろう方が何をおっしゃいますか。わたしだけならまだしも。他の者の前では言わないようにお願いしますよ」
ウェルズ先生に注意される。俺は肩を竦めて頷いた。3歳児であってもウェルズ先生は厳しい。まあ、王太子の家庭教師ともなると責任重大だ。
そこのところはわからなくもない。俺がこんな役目を任されたら逃げ出す事請け合いだが。
「殿下。良からぬ事を考えているでしょう。今は授業中。真面目にしてください」
「わかりました」
背筋を伸ばして答えた。ウェルズ先生は仕方ないなという風に笑う。
「殿下。授業が終わったらリアナ殿に絵本を読んでもらいますか?」
「……まあそうしてもらいたいのは山々だが。俺は一人でも本は読めるぞ」
「……殿下。やっぱりお倒れになった時に熱でも出したんですか。一昨日は絵本を読んでもらおうと言ったら喜んでおられたのに」
あ、しまった。自分が3歳だという事を忘れていた。まずいな。
「あの。俺は絵本を読んでもらうのは卒業しようと思っていてな。リアナや母上達には悪いが。ウェルズ先生のお話の方が面白いんだ。なので休憩の時には何か話をしていただきたい、です」
俺はどもりながらも慌てて付け加えるように言った。が、ウェルズ先生は疑ったりせずにそうですかと和やかに笑う。その表情は微笑ましいと言いたげだ。
「成る程。でしたら殿下にわかりやすいようにお話しますよ。そうですね。何をお話しましょうか」
「そうだな。この国にある昔話とかで構わない。他に異国の事を教えていただけるといいかなと思います」
「わかりました。フォルド王国の昔話に異国の事ですね。覚えておきましょう。では書き取りと計算をやりましょうかね」
ウェルズ先生は眼鏡を上に押しやる。それが合図となって授業は始まったのだった。
授業は終わりリアナに紅茶を淹れるように言う。ウェルズ先生は俺の向かいに座っている。
「では。殿下、こちらはオレンジの果実水です。紅茶はまだ早いですから」
リアナが俺用にオレンジの果実水ー要はジュースを出した。ウェルズ先生は紅茶にクッキーを出されていた。
「……殿下。今日はフォルド王国の昔話をしましょう」
「うん。どんなお話か聞いてもいいか?」
「ええ。これはフォルド王国の初代国王と王妃になれなかったある娘の悲恋の物語です」
俺は一応男だ。なのに女の子が好みそうな話をするとはな。リアナへの気遣いか?
「昔々、ある所にルエナという一人の美しい娘がいました。ルエナはフォルド王国が出来上がる前のとある村に住んでいました。彼女は貧しい家の育ちでしたが……」
そうやってウェルズ先生の昔語りが始まった。ルエナの話が後の自分に影響を与えるとはこの時は夢にも思わなかったのだったーー。
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