第104話 Side - 15 - 48 - あべるさん に -

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「んんっ・・・ふゎぁ・・・」


ビジネスホテルの一室でニュース番組を見ながら・・・内容は頭に入ってこないが・・・アナウンサーの声をBGMにしてビールの最後の一口を飲み干した、ちょっと温くなって残念・・・目の前の骨付鳥は綺麗に骨だけになった、このタレに白米入れて食ったら美味いだろうな・・・いや待て夜中にそれはいくらなんでも太るだろ!、そんな悪魔の囁きと戦いながら・・・。


「昔のことを思い出していたら眠くなってきたな、明日は「雪藤ちゃん」として田中課長の部署に出社・・・あそこに居る人間は私が3日前に初めて顔を合わせた人達、もちろん「雪藤ちゃん」の席はあの事務所には無いし私に与えられた仕事も無い、でもあそこに居る人達には私が何年も前から一緒に働いている同僚の「雪藤亜芽里(ゆきとうあめり)」に見えている・・・私が幻術でそう思い込ませてる」


そう、幻術、私は腐っても・・・腐ってないが・・・偉大な陰陽師と呼ばれた安倍晴明、これくらいの幻術は朝飯前だ、だから私が男の姿で高知の会社に出勤しても誰も違和感を感じない、1000年以上そうして皆を騙してきた、歳を取らないから見た目を幻術で少しずつ老けさせるテクニックも身に付けた。


何度これを繰り返しただろう、背の高い人、低い人、イケメン、ブサイク、デブ、みんなやった、途中でこりゃダメだってなった時は死んだ事にして別人になってやり直した事もある、最初はバレないかハラハラしたな。


今はDNA鑑定されたらアウトだから健康診断は病院に行って、実際には受けてないのに診断を受けたように医者を操って偽装させてる、戸籍も保険も何もかも全部幻術で操って役所に作らせた偽物。


念のために自殺の名所に赴き、これから死のうとする人間と交渉して戸籍や免許証を譲ってもらったりもした、今の私は会社員、会社取締役、個人経営飲食店店主、3つの人間の顔と戸籍を持っている、会社員以外は名前だけでしばらく目立つ活動をしていないが・・・そうやって今まで長い年月を生きてきた不老不死の化け物、それがこの日本での私の姿だ。


魔力量がバカみたいに多いから病気はほとんど受け付けない、痛いところに魔力を流せば治る、ただ・・・3人目の子供を妊娠した時に子宮がダメになった、幼い頃男達に汚され尽くした私の子宮、2人の子供が産めただけ幸運だったのかもしれない、腫瘍ができたのだ。


子供が腹の中に居るからその部分に魔力が流せなくて手に負えないほど悪化した、江戸時代に麻酔が普及したから本間玄調っていうおっさんに頼んで摘出手術をした、だから私はもうこれ以上子供は産めない、私の可愛い子供は全部で2人、立派に育ったし子孫も大勢残した、・・・だがここで大きな誤算があった。


私は私の生まれた世界、ローゼリアの人間だ、それが異世界である日本に転移してそこで愛する人と出会い子を成した、その子供達は普通の日本人に見えるように私が操作した、私は男のふりをしていたから日本人の旦那には理由を話して女に・・・他からは私の妻に見えるよう偽装してもらった。


何世代か後になり血が薄まると見た目はほとんど日本人だ、今はもうDNA鑑定をしても私のような目に見える違いは無いだろう、見つかったとしても突然変異か何かで済まされるだろうし、いよいよやばくなったら私が検査結果を操作するために介入する。


だが魂は身体やDNAとは違った、私の子孫は30歳より下の年齢で死ぬと確率は低いが前世の記憶を持ったままローゼリアに転生する、何故なのか理由は分からないが30歳を超えるとその確率は一気に減る、全く無いと言ってもいい程に・・・予想だが未熟な魂が何かの力でローゼリアに引っ張られているのではないかと思っている。


だから私は今でも・・・残り少なくなったが・・・子孫の動向に注意している、全員は不可能だけど家系図を追って分かる範囲で名前だけでも把握するようにしてる、幼くして、或いは30歳になる前に病気や不慮の事故で亡くなっていないか・・・。


私が最初に転生を疑ったのは300年程前だった、ローゼリアで味噌と醤油が作られた、それに漬物も・・・それまで発酵食品の概念など無かったローゼリアに突然現れたのだ、不思議に思わない方がおかしい、作ったのは下級貴族の子息でまだ10歳だった。


そこで私は素性を隠してその子息に会った、会話の中でさりげなく日本にしか無いものを混ぜて反応を伺ったのだ、富士山、鳥居、神社、武士、江戸・・・


「あなたも前世の記憶を持っておられるのですか!」


その子息は私にそう言った、よく聞くと私の子供・・・2人兄弟の弟の方の子孫だった、日本では醤油職人をしており仕事を任され始めた25歳で急死たと言う、そして醤油や味噌が恋しくなりこの世界で頑張って作ったと・・・、余談だが食わせてくれた漬物や味噌は美味かった。


これによりローゼリアの食事は一気に進化した、味噌、醤油、出汁、漬物によって・・・、それと日本のような米が無いと嘆いていたから日本の米を少し持ち込んで渡してやった、大喜びで抱きついてきたが・・・。


そして続くように2人目が現れた、浴衣や振袖・・・和服が突然登場して王都で流行した、まさか・・・という期待と不安で制作者を尋ねた、そしてそれを作った商人の娘も私の子孫の転生者だった。


浴衣を縫っていた事があるらしいし、浮世絵を趣味で集めていたようだった、・・・その娘によってローゼリアの服飾文化や絵画技巧も少しばかり発展したのだ。


これは私が気付く前にも転生者が居たのではないか?、そう思って調べたが和風のものは確かにポツリポツリと時代のあちこちに出てきていたようだが本人が亡くなっていたりして調べようが無かった・・・。


転生者が幸せにローゼリアで暮らしていればいいが、私の子孫が前世の記憶のせいで変人扱いされたり迫害されて不幸な人生を送るのだけは許せない・・・これは元を辿ると私の責任なのだから・・・。


こうして転生者を見つけて私の素性を明かさず援助したり、誤った方向に進んでいれば修正したり・・・私の子孫に対する「介入」「お節介」が始まったのだ、私には時間が無限にあるし、日本での仕事は形代を作って任せられるから基本的に暇なのだ。


その暇な筈の日常が暇でなくなった事件が起きた、リーゼロッテ・シェルダンだ。


日本中を騒がせた空港のテロ事件、被害者の田中理世が私の子孫である事はニュースで名前が出た時に気付いたし、転生する可能性を考えて注意していた。


その後ローゼリアで名前が知られるようになったリーゼロッテ・シェルダン、母親と共に女性向けの衣料品を扱う「リーゼ」を創立し成功、非常に危険である為すぐに国家機密に指定され秘匿された魔力増量法の発見、呪いの刃から王女殿下を救い、その症状を詳細に記した論文の発表、そして何より私に転生を確信させたのが「魔導ラディーオ」の発表だった。


「これラジオじゃね?」そう思ったのはここローゼリアでは私だけだったが日本ではよく知られたものだ、ネットに押されて規模は縮小しつつあるが今も世界中で放送されている電波による音声放送、・・・これはラジオだ!。


私はなんとかしてリーゼロッテに接触しようと考えたが相手は大貴族のシェルダン家だ、ガードが固く信頼できる出入り業者以外近付けない、私なら幻術で比較的簡単に近付けただろうがそこまで手間をかけて彼女に接触するのも面倒だと思った。


何故なら当主は顔が恐ろしいが穏やかな性格で人望もあり評判もいい、両親や弟との関係も良好だと聞いている、たとえ前世の記憶を持っていたとしても虐待されたり不幸になる事はないだろう、つまり私の中では「幸せそうだから放っておいても問題ないでしょ」と言う結論になった


それからしばらくしてその認識が誤りであると言う事が分かった、それは私の命の恩人であるドック・フューチャと共同研究して発表された空間転移魔法陣と時空転移魔法陣だ、当初はドック・フューチャ単独での開発かと思っていたがリーゼロッテも共同で開発したとなると話は変わってくる。


この空間転移魔法陣は私が幼い頃、ドック・フューチャによって助けられた時に使われたものだ、魔法陣は私の頭に正確に入っている、そしてもう一つ私を救う事になった時空転移魔法陣、これが無かったらあの日あの時間に私の前にドック・フューチャは現れず、私は農場で男の欲望の捌け口にされ続けたか、過酷な労働で死んでいただろう。


私には思うところがあってドック・フューチャには素性を明かしていない、何度か会話をした事はあったが、宰相の部下としての事務的な話だけだった、しかも直接会うと魔力量の多い事が相手にも分かるから形代を使って人形に喋らせた。


素性を話すとしても私のような男が「実は私は建国の大魔導士で大昔あなたに救われた女の子です」とでも言うのか?、頭がおかしいと思われるだろう、それに建国の大魔導士は大昔に死亡した事になっている、ドック・フューチャには返しきれないほどの大恩があるし感謝しているが・・・。


自分が昔たまたま出会った女の子を救ったせいで歴史が激変した、そんな事を知ったら本人はどう思うだろうか、彼は根っからの研究者で金には執着しているが権力への欲望や野心は全く無い、自分の行動で歴史を変えてしまった事を後悔するかもしれないな、私は彼の反応を見るのが怖い、だからこの事は私の胸の中に永遠に留めておきたいと考えている。


話が逸れたな、2つの転移魔法陣の話だ、これを使ってリーゼロッテ・シェルダンが日本に転移するかもしれない、そして田中理世が死なないように空港の彼女に忠告する・・・、彼女は死ななくなるしリーゼロッテも生まれないか別の人格になるだろう。


それによって2つの転移魔法陣は「無かったこと」になるかもしれない・・・推測だらけだが確実に言えるのは今までの比じゃないほど歴史が改竄されてしまうと言う事だ、これは危険すぎる!。


私は2つの魔法陣が発表された時かなり焦った、下手をすると私という存在が消えてしまうかもしれない、飽きるほど長生きしてきた私だが死ぬのは怖いしこのまま消えてしまうのも嫌だ、まだやりたいことも沢山ある、それに、私が消えると田中理世も存在しない事になる。


・・・だがその心配は無くなったようだ、ドック・フューチャが歴史が大きく変わってしまうと言って彼女を止めたらしい、流石だ、私の恩人で初恋の・・・いや!、なんでもない今のは忘れて欲しい・・・。


私はリーゼロッテの監視を強化した、同時に時空転移魔法陣の入手に取り掛かった、国から公表されたのは魔法陣の全てではなく一部だ、それは当然の話で、消費魔力量が膨大だから今はドック・フューチャとリーゼロッテの2人にしか起動できないが、魔導士を大勢用意すれば起動できる可能性がある、・・・魔力操作の繊細さや難易度の高い同調を求められるから相当難しいだろうが・・・。


ドック・フューチャの研究室の目立たないところに遠見の機能を持たせた形代を貼り付け、彼が魔法陣を起動させるタイミングを待った、・・・べ・・・別に彼のプライベートを覗き見する為のものではないぞ!、と・・・とにかく彼は頻繁に転移してどこかへ行っているから私が時空転移魔法陣を「見る」のにそう時間はかからなかった。


それにしても・・・何度目の転移の時に私をあの地獄から救い出してくれたのだろう・・・、そう思って見ていたら、彼が汚れたハンカチをポケットから出し、それを眺めて独り言・・・「やっちまったか、歴史が変わらないといいが・・・だが放って置けなかった、幸せに暮らせるといいな・・・」、それを聞いた時私の胸が「トクン・・・」ってなったのは秘密だ、かっこいいなおい!。


ホテルのテレビは美しい外国の景色を映した旅番組の再放送が流れてる、もう夜中をかなり回ったな、昔は・・・この時間だと放送終了のお知らせが流れて砂嵐しか映らなくなってたものだ・・・って言うか私は白黒テレビの時代も知ってるが。


・・・リーゼロッテ、君はまだ知らないだろうが、空間転移魔法陣の「行った事がある場所にしか転移できない」・・・この制限は破る事ができるのだよ、実は映像や写真で見た場所にも行けるのだ、いつ気付くのかな・・・。


私はシャワーを浴びる為に椅子から立ち上がった。

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