第33話



 四号室の見張りにジュールを残し、自室へ帰る。室内にはクルウとミレインがいて、お茶の用意がととのっていた。もちろん、クルウが準備したのだ。ティーセットはワレスが買ったものだが、今ではほとんどのカップのふちが欠けてしまっている。一つ二つは無傷だが、それも近いうちに同じ運命をたどるだろう。エミールが乱暴にあつかうからだ。


「小隊長。何があったのですか?」

 カップにお茶をそそぎつつ、クルウがたずねてくる。


「ラグナが胸を刺されて死んでいた。さっき、死体を運ぶ手配をすませてきた」


 言いながら、それとなくミレインをうかがう。が、ミレインのおもてに変化はなかった。答えたのはクルウだ。


「ラグナは殺されたのですか?」

「ああ。あいつ、誰かに恨まれていたか?」

「ラグナはいつもバルバスのかげに隠れていましたから、恨みを買うことはなかったと思います」

「だろうな」

「小隊長。おつかれでしょう? どうぞ、ここへ来て一杯いかがです? 中隊長への報告でしたら、私が参りますから」

「いや。中隊長のところへは、おれが行く。だが、その前にもらおうか」


 他人に五感を貸して、疲れたのはたしかだ。魔法にはけっこう体力を使う。

 ワレスが円卓にすわると、さきにいたミレインがほとんどカップに口をつけていない。茶菓子にはアブセスがくれた特製クッキー。甘味がくどくないのがワレス好みだ。


「私はアブセスほどお茶をいれるのが上手ではありませんが。どうぞ」

「アブセスはお茶屋の息子だからな」


 クルウが渡してくる貴重な無傷のカップを受けとる。


「これ以上、エミールがカップを無惨な姿にしないでくれればいいのだがな」

「そのために、セザールを入れたのでしょう?」

「ああ……」


 一口ふくんで、ワレスはカップを置いた。ほんとに、あまりうまくない。妙に渋いような苦味が口のなかに残る。


「何茶だ?」

「コーニン茶ですよ。これが一番、いれるのがかんたんなのです」


 コーニン茶は十二公国から輸入する外来の茶葉だ。あわい金色の澄んだ色あいと、ほのかな甘さが親しまれている。ユイラ産の苦味の強いお茶にくらべれば、飲み口のやさしい味だ。そのはずなのだが。


「……おまえ、ほんとにヘタだな。おれがいれたほうが、まだマシだぞ」

「さようですか?」


 冷静沈着なクルウだが、その表情から彼が気分を害したのだとわかった。きっと、クルウは謙遜していたものの、ほんとはお茶のいれかたに自信があるのだ。もと騎士のクルウは、ワレスとは別のところで妙にプライドが高かったりする。

 クルウは自分のふちの欠けたカップから一口飲んで、首をかしげる。


「こんなものだと思うのですが」


 そんなはずはない。ミレインが見向きもしていないのは、思えば、苦すぎたからだ。


「まあ、味は好き好きだからな」


 そこへハシェドが帰ってきた。ワレスを見てうなずいているので、ラグナはぶじ近衛隊にあずけられたのだろう。


「コーニン茶か。いいね。おれにもくれよ。クルウ」

「ええ。どうぞ」


 クルウが新しいカップにそそいだお茶を受けとると、ハシェドは迷わず口に運ぶ。ワレスは哀れみの気持ちでハシェドをながめた。次の瞬間、ハシェドがどんな顔をするかと。だが、よほど喉がかわいていたのか、ハシェドはいっきに飲みほした。ギョッとしたのは、ワレスのほうだ。


「……なんともないのか?」

「何がですか? クルウ、もう一杯、もらえるかな?」

「もちろん、よろしいですよ」


 クルウは得意げな視線をなげてくる。ワレスは苦笑した。


「わかったよ。皇都では味の好みが違うらしい」


 テーブルに置かれたままのカップを見て、やっとハシェドは何事かを察した。


「あれ? 隊長。なぜ飲まないんですか?」

「おれがクルウを怒らせてしまったらしい」

「私は怒ってなどおりませんよ」

「にらんだじゃないか」

「それは言いがかりです」


 つい言いあいになると、ハシェドがあいだに入ってきた。


「まあまあまあ。じゃあ、おれがもらいますよ? 隊長」と言ったときにはもう手が出ていて、ワレスのカップに口をつける。その瞬間、ハシェドはむせた。


「うえーっ。なんだ、これ? 苦い」


 思わず、そこにいる全員の目がハシェドに集まる。ワレスがクルウを見ると、彼は首をふった。


「そんなはずありません。同じティーポットからいれたんですよ? 分隊長。いいですか? そのカップを渡してください」


 クルウはハシェドから受けとったカップからお茶をふくんで、顔をしかめた。


「……これは、苦いですね。飲めたものじゃない」


 逆に、ハシェドの使っていた最初のカップをとって、ティーポットから新しいお茶をそそぎ、ワレスはそれを舌の上にころがしてみた。ちゃんと甘い。


「カップによって味が違う」


 つまり、茶葉や湯のせいではない。カップが原因なのだ。


(毒……か)


 この部屋の人間で茶を飲むとき、当然、欠けていないカップを隊長のワレスに渡す。あらかじめカップに毒をぬっておけばいい。これがユイラのリンナ茶だったなら、もともとある苦味で気づかずに飲んでいただろう。ワレスを狙ってほどこされた仕掛けだ。


 ワレスはハシェドに命じた。

「ジュールを呼んできてくれ。カップの中身を調べさせる」


 やってきたジュールはカップを鼻先に近づけただけで異変を感じた。フードをはずして、あらためて匂いをかぐ。ひたい、両頬、首すじに黒い幾何学模様の刺青があるが、かなりハンサムだ。


「誰か飲んだか?」

「おれと、ハシェド、クルウが一口ずつ」

「では三人に中和剤をやろう」

「やはり、毒か」

「トリカブト科の亜種だが、一口ていどなら死にはしない。が、ほっとけば、あとで手足にしびれが出るだろう。体内で分解されずに残るやつだ。毎日少量ずつ飲ませ、致死量に達すると心臓麻痺を起こして急死する。暗殺によく使われる毒だ」

「暗殺……ね」


 用途としてはまちがってない。

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