第20話 荒吐覇忌をきっかけに戦争について
荒吐覇忌(あらはばき)とは、エミシの英雄の名前である。攻め取ったすべての町のすべての女の服を引き裂いてさらしたことから、引き裂きの荒吐覇忌と呼ばれた。荒吐覇忌は、太陽帝国に逆らう悪魔の如き戦士であり、その強さから、太陽帝国の兵士に魔王だと信じられていた。
太陽帝国は、東方のエミシを征服しようと何度も征服戦争を仕掛けた。
太陽帝国は、ひとりの皇帝が始まりの土地に矛を立てただけの場所から始まり、それまで島の全土を覆っていたエミシの民をすべて永久的に征服することを目指した。太陽帝国は、自分たちを太陽の民と誇称し、エミシを野蛮な異賊だと糾弾した。
太陽帝国は、自分たちを日戸(ひと)だと称して、男を比古(日子:ひこ)、女を比売(日女:ひめ)と称した。エミシの人の呼称はアイヌだったが、セッタ(アイヌ語で犬の意味)をアイヌ人の民族名に近いイヌと呼び始め、アイヌの名誉を貶めた。荒吐覇忌は、アイヌを狼に例え、「鎖に繋がれても反抗し、鎖をちぎり捨て戦え」といった。
太陽帝国は、天地開闢の鶏卵に祝福された国であり、エミシ、アイヌ、荒吐覇忌は、鶏卵の敵対者である。しかし、太陽帝国の統治の奥義は、悪魔こそ真の支配者であるというものだったため、鶏卵の敵対者をどのように評価するのか意見が分かれた。
人類の理論は人の行動を整理できておらず、最も狡猾に生きている者はたいてい理論から逸脱している。つまり、最良の者は理論に違反しているのだ。
太陽帝国の貴族は特権階級だったので、庶民が守る刑法では罰せられなかった。しかし、貴族でも皇帝に逆らうことは処罰の対象であり、皇帝を守る義務が貴族の不自由だった。皇帝は日常的な行動から貴族に弱みを見せてしまい、十日に一度は反乱される。皇帝も貴族も、その地位を守るのは実力競争である。皇帝や貴族は、人生の中で数回は処罰されるべき失敗をしてしまうのであり、それでも地位を保つのは、宮廷での助け合いや駆け引きや誤魔化しである。
皇帝や貴族は、自分たちの利益を守るために、庶民に対して軍事力で征討している。軍事力の征討が内政における成功の最終決定権なのである。だから、庶民にとって、味方である皇帝や貴族の軍事力と、敵国の軍事力のどちらが大きな搾取であるかは、その政治を計量して判断しなければならない。そして、太陽帝国の皇帝や貴族は、自分たちの方が敵国であるエミシよりも多く庶民から搾取していることを計量して知っていた。
エミシから多く搾取する者は、敵国である太陽帝国よりも荒吐覇忌だった。それを荒吐覇忌も計量して知っていた。だから、エミシをよくやっつけた者は、常に太陽帝国の兵士よりも荒吐覇忌だった。
太陽帝国の徴税役人は、毎年、大きな荷車で庶民の富を奪って持っていく。エミシの国でもそれは同じだ。
太陽帝国の兵士は、エミシに侵略して、たくさん強奪して帰ってくる。エミシの兵士も、太陽帝国に侵略して、たくさん強奪して帰っていく。これが現実の政治である。この現実の積み重ねで権力というものが機能する。政治を知るには、戦争を知るには、この計量を確認しなければならない。味方の貴族と敵国の兵士のどちらが多く庶民から搾取しているのかを数えなければ政治を知ることはできないのだ。
敵国が攻めて来て、庶民が喜ぶ時は、敵国の搾取より味方の搾取の方がおそらく大きかったのだ。これは戦争ではよく起こることである。搾取の小さな軍隊は、庶民に歓迎され、庶民が協力してくれる。それが戦争の現実なのだ。
荒吐覇忌の軍隊は搾取の小さな軍隊であったため、太陽帝国に攻め込んだ時に、庶民に歓迎されたのだ。荒吐覇忌の軍隊が庶民の女の服をすべて引き裂き、さらしたのにも関わらずにだ。太陽帝国の搾取はもっとひどかったのだ。
そして、太陽帝国は、庶民に、搾取の小さな君主が良い君主であり、搾取の小さな君主に従えと教え広めていた。その教えは遥か古代のもので、現代の太陽帝国の貴族たちはその教えを形骸化したお伽話だと考えて、深くその意味を考えたりしなかった。その教えを現実的に意味のあるものだとは考えていなかった。その教えを相手にしていなかった。
だが、庶民にとっては、搾取の小さな荒吐覇忌の軍隊が来たことで暮しの質が向上したので、古代の教えはちゃんと良い君主を教えてくれていたとわかったのだ。それを現代において体験できたのだ。そして、太陽帝国の庶民は、エミシの荒吐覇忌に従ったのだ。
こうして、荒吐覇忌の軍隊は、鶏卵の神の敵対者だと神学的には解釈されるのに、庶民の暮らしが向上したという事実によって庶民に歓迎され、戦争に勝利をおさめた。
戦争とはこういうものである。搾取の激しい国は、このように戦争に弱い。
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