第18話 知識完成後の要約競争

  1、知識選択


 私が知識の街に生まれて、十五年がたった。生きている間に新しい子供たちが生まれてくる。世代間闘争は実在する。支配的な年齢は、新しく生まれてくる子供たちを支配しようとする。旧世代の大人たちは、新しい若者を支配しようとする。その世代間闘争に勝利しなければ、どの若者も人生を成功させることはできない。

「30万7000個」

 少女がいった。

「何それ」

 私は質問する。

「この世界にある知識の数」

 少女が答える。

「誰が数えたの?」

「昔の大人」

 ふうん。そうなのか。知識はそんなにちょっとしか存在しないのか。私は驚いた。

 なら、その知識をどうしよう。どの知識を使えば、現代の大人に勝てるだろうか。

「いくつの知識が欲しい」

 少女が聞く。

「五個」

 私は答える。

 少女は笑う。それは、私の解答が正解に近かったからだ。欲しがるべき知識の数は七個なのだ。人の知能は七個の知識を使いこなすように適応しているのだ。

「すべての知識を理解するのは無理。どんなにがんばっても、一生かかっても理解できないくらい難しい。あなたが必要な五個の知識を選んでみてほしい」

 少女がいう。

 私はよく考えて、五個の知識を選んだ。

「無苦。愛。最強。演出効果。助言」

 少女は空間を開けて、それぞれの知識を表現する五個の飾りを取り出して、私に手渡した。

「あなたは賢かった」

 ここは人類が宇宙の真理に到達した後の世界。人類が存在の謎を解明した後の世界。すべての謎は解明されており、人類はその中で要約競争をして生きていた。

 私は街で古い友人に会う。

「なあ、自分の知識を選んだか」

「ああ、選んだぞ」

 友人が答える。

「何を選んだんだ」

 私は警戒心を持って友人に聞く。この友人も、要約競争の相手であるのはまちがいないのだ。しかし、この友人のすることは奇妙な味があり、私は興味を持っていた。

 この友人はどんな知識を選んだだろうか。私の知識より優れているだろうか。

「歴史、文学、数学、テレビゲーム、大英帝国」

 友人が答える。

「五個か」

「そうだ」

 私と数が同じだ。

 また、ずいぶんと難しそうな知識を選んだものだ。

 要約競争は、存在が解明されても終わらない。どの知識を目立たせるか。宣伝効果の調整が重要な課題になっている。知識をまちがえて注目させると、たくさんの人の人生の効率が落ちる。

 私が選んだ五個の知識を友人に教えた。対等な交換だ。

 私たちはこれから自分の選んだ知識を調べて、それを使って生きるのだ。


  2、私の冒険


 それから、私は幾たびの旅と出会いを経て、数々の女をものにした。「愛」の知識を持っている私は女を手に入れるのに苦労しなかった。競争相手の男たちとの戦いには「最強」の知識を持っている私が負けることはなかった。「無苦」の知識を持っている私はどんな苦境にも耐え、「助言」によって必ず脱出できた。それらをすべて最良の「演出効果」で体験し、見せびらかしていたのだ。

 私は知識の街から来た王者といわれた。


  3、友人の冒険


 一方、友人は、「歴史」の分析をがんばり、優劣付け難い歴史解釈に挑戦していた。「文学」文化を堪能して、「数学」で頭を悩まし、「テレビゲーム」廃人になり、「大英帝国」の女たちと遊び暮らした。


  4、知識の実行時間


 ムダな知識が量産されていく。それが真理解明後の世界の社会問題だった。ムダな知識に押し流されて、重要な知識が発見しにくくなってしまう。

 私は絶望する探求者の嘆きを聞いた。

「真理を解き明かしても、まだ人類は救われない。まして、全宇宙の究極的救済が実現する見通しはまったくない。探求者の時代は終わった」

 ああああ、と探求者は嘆いていた。

「救済の知識を持つ者は何をしているんだ」

「いる。実行している。しかし、実現に数万年以上かかるだろう」

 私の質問に探求者が答える。

 異種族のタナトス(死の欲動)を解消するのはたいへんだろうなあと私は考えた。

 我々人類はどこに向かっているのか。私は女を巡り歩く旅をしているだけである。友人も同じことをちがう方向性で行っているようだ。

 探求者や救済者は何を目指しているのか。

 知識をくれた少女は文明維持者なのだろう。

 人類を統治している者たちは誰なのだろうか。彼らはどんな知識の要約で統べているのだろうか。

 全知識の氾濫の中で、人類はもがきあがき、遊び歩いた。


  5、就職


 私は「愛」の知識から、この宇宙を究極的に救済する方法があることを理解して、救済者の事業を手伝うことにした。

 友人は「テレビゲーム」の中の文明化ゲームで、異種族を幸せにしていく作業がお気に入りの技になり、そこから就職して救済者の事業を手伝うことにした。

 我々はまだ何万年も、何億年もつづくであろう旅をしている。その何万年間、何億年間はずっと我々は知識の探求をするのではなく、要約競争をするのだ。すでにすべての謎が解明されているために。

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