第25話 父の遺書

 まさか、茉裕ちゃんを抱くことはないと思っていなかった。


 父親が難しい病気を持っていたから家族で旅行に行くことが小さな時から多かった。国内の遊園地、水族館、外食も沢山したし恵まれていたと思う。

 はじめて海外に旅行に行ったのは小学校に入ってからの初めての夏休みで、どこだったかは覚えていないがヨーロッパの方だったと思う。日本より寒かったしお姫様とかが出てきそうな童話に載っていそうなお城を見に行った記憶がある。

 まだ六歳だったけれど、海外に興味を示し始めたのはそれがきっかけだった。

 僕は元々外で鬼ごっこもドッヂボールも誘われたらやっていたが、図書室で毎週国旗の本だったり海外の人の伝記の本をよく借りていた。

 中でも、英語の本は好きで家にある辞書を使って毎日母と英語を勉強したりもしていた。父も元気な時は、よく一緒に勉強した。今思えば親の影響が大きかったんだなと思う。

 日に日に弱っていく父親とは違って、僕は日に日に元気になっていった。好きな本や勉強を出来るのは勿論だった。だから心が大きくなっているような気がした。

 父親の体調が悪化してから母親の負担を減らすために家事をしたり料理を覚えたりした。母親が仕事の時は代わりにご飯を作ったり掃除洗濯も自分でするようになった。そんなことを繰り返す内に自分のできることが増えていってそれを母親は喜んでくれたのを覚えている。

 

 兄さんとはよく遊んでいた。母親が父親に付きっきりになっていた時には、一緒に図書館に行ったり、駄菓子屋に行ったりした。

 旅行にはよく行っていたが、お小遣いは少なかった。だから二人で遊びに行くときはお金をあまり使わないようにした。

 その時にはメガネをかけていなかった。


 父親は元々あまり身体が強くない人だったけれど、それでも僕の前では明るく振る舞っていた。

 僕が小学三年生になったのを見届けて父は天国へと旅立った。

 母と兄さんの遺書は日本語だったが、僕の遺書は英文だった。

「自分で読み解くのよ。訳し方は色々あると思うけどね」

 葬式の準備で忙しいはずなのに、いつも通り明るい声で母は言った。兄さんは泣きながら自分宛ての手紙を読んでいたのを今でも鮮明に思い出せる。僕は父が居なくなったのだ。もう父と一緒に旅行したり、離したりすることが出来ないんだと分かっていたので、ただひたすらに泣いただけだった。


 父の遺書は優しくて的確で勇気をもらえる内容だった。


 Dear Masatsugu.

 Life is full of things that can go wrong. I had no idea that your father's life plan would include getting sick so soon.

 I won't tell you not to cry. But don't lose.

 I will surely remember the smiles and serious faces of Masatsugu, who loves English, wherever he is.

Do what you want with the people you love, and live a life that is you.

Your father is watching over you.

 From your father


(将次へ

 人生にはうまくいかないことがたくさんあります。お父様の人生設計に、こんなに早く病気になることが含まれているとは思ってなかった。

 泣くなとは言いません。でも、負けるな。

 英語が大好きな将次の笑顔と真剣な表情は、どこにいても必ず覚えているはず。

 大好きな人たちと好きなことをして、自分らしく生きてください。

 お父さんが見守っていますよ。

 お父さんより)


 父が買ってくれたという英単語帳を小学校の卒業祝いで貰った。

 その日、その単語帳で自分で調べた。ネットは頼らず、自分の手で単語帳に触れて調べた。

「遺書の英文はどう?難しかった?」

遺品整理をしながら母から言われた。正直小学を卒業したての僕からしたら難解だった。何を伝えたいのかも分からなくて悔しくて涙が出そうになった。けれど、この文章を書けるのは父しかいないと思った。だから何度も読んだ。

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