第15話 あなただったら
空や風の心地はすっかり秋だと感じる……いや、もうすぐ冬かとも感じられる十一月。
お兄ちゃん達は
「すっかり寒くなったね」
と口癖のように言っている。そんなことないのではと思うが、確かにお風呂に入るために全裸になると、ああ、寒いなと思う。
お兄ちゃんはいつものようにケーキを作る。
今日はお兄ちゃんの働いているお店の秋限定の洋梨タルトを作っていた。キラキラと輝いているように見える洋梨タルトはバターの香ばしい匂い、絶妙な焼き加減のタルト生地がとても美味しく感じる。お兄ちゃんの案が少しだけ採用されたらしい。お兄ちゃんを風李さんと私で褒めると、照れ臭そうに
「二人は優しいな」
そう言って洋梨タルトを食べた。
冬服をクローゼットの奥から出して着れるか確認している時、友達に触れる手が少し冷たいなと感じた時、もうすぐ冬だなと実感する。後、一ヶ月もすれば子供やカップルが喜ぶクリスマスが近い。そしてその後は……いや考えたくもない。佐名家にはある人が帰って来て空気が重くなる。
定期テストが終わって早帰りの日に向月先生と廊下ですれ違った。挨拶だけして、その場を離れて行こうとした私に先生らしく
「怖い顔してどうしたんだ?テストの山が外れたのか??」
そう聞いてきた。それはそれで、ある人のことで今は悩んでいるのだ。
「先生には関係ありませんよー」
そっぽを向いて歩き出そうとした時に
「佐名さん、お話に来ないからなぁ」
近づいて来る気配がしたので、早足で逃げようとした時には
「関係なくはないよ」
先生は私の腕を掴んでいた。廊下には人がいないため、女子生徒の妬みも、先生達の勘違いにも巻き込まれない。
「風李さんの恋人の妹だからですか?だから心配してるんですか?私そうやって、私を見てくれないのは嫌だ」
私は先生の手を離す。一度先生の顔を見ると私を見て
「最後まで人の話を聞きなさい」
先生の口調だった。
「今は先生なんでしょ?向月先生。メガネも装着してて」
先生の嫌な話をしてみた。もう放置してほしかった。
「僕のことは今はどうでもいい。ただ、佐名さんは子供らしく何が怖いのか、恐れているのか、悩んでいるのか、相談してほしい」
「先生にですか?風李さんがいるので大丈夫ですよ」
「僕にはしないの?」
「先生という職業柄で悩みに返答してきそうだから嫌」
そう言うと先生は私に触れようとしてきたので、私は故意的に避けた。
「さようなら。先生」
先生は後を着いてきたりはしなかった。マフラーを巻き直し、学校を出た。
二学期最後の定期テストが終わり、街はクリスマス一色になる。イルミネーションだったり、スマホのニュースではプレゼントの話題だったりクリスマスケーキの話題だったりが記事で流れてくる。
お兄ちゃんから私へのプレゼントはいつもショートケーキで、私からお兄ちゃんにあげるプレゼントは肩たたき券。毎年決まっていること。風李さんもプレゼントをくれる。
だが、佐名家には私の終業式が近づくに連れ、ますます嫌な空気が流れる。どんよりと重い空気。終業式が終わって学校を出るとメッセージが届く。メッセージを送った相手は
『お父さん』
嫌な空気の原因。お兄ちゃんがお父さんのことをとことん嫌っているため、お兄ちゃんの機嫌は最近マックスで悪い。しかめっ面で風李さんに
「茉裕ちゃんが怖がるよ?」
と言われても
「別に」
そう言って不機嫌。風李さんは少し参ったような顔をして私と目を合わせて申し訳なさそうな顔をする。風李さんはあまり関係あるかと言われたらそんなことはない。家族ではないのに……。まあ、風李さんも家族みたいなものだが、それとこれは違う。
クリスマスは風李さんも来てくれた。
「はい、茉裕ちゃん。プレゼント」
「毎年すいません」
「いいんだよ、お世話になってるから」
中身は櫛と
「カメラ?」
「嗚呼、俺が昔買ったんだけど、新しいのあるし、弟は使わないっていうから。いらなかったら誰かにあげるなり好きにしていいよ」
「いえ!欲しいです」
「そっか」
風李はにこりと嬉しそうに笑ってくれた。
「さぁ、望が作ったケーキ食べよ」
「今年は何ケーキだと思う?」
「え、ショートケーキじゃないの?」
「今年は違うんだよ風李」
お兄ちゃんがケーキを持ってくるなり
「お、ストロベリーのクリームのロールケーキ!今年は違うんだー」
「茉裕のリクエスト」
「どうしてこのケーキにしたのー?」
「いちご、好きだから」
「お、女の子らしい」
風李さんはお皿を取るため立ち上がった。
クリスマスは少し贅沢をする。お兄ちゃんが作ったケーキにファーストフード店のチキンとポテトにサラダを食べる。そこには風李さんも毎年来るようになった。
向月先生はお母さんとクリスマスケーキをべているのだろうか?お友達の人とかと遊んでたり?好きな人とかと一緒に過ごしているのだろうか?
「「いただきます」」
リビングには私が小さい頃に買ったというクリスマスツリーが飾ってある。
この日の夜はお兄ちゃんと風李さんは出掛けると言って外出してしまうので、私が片付けを引き受ける。片付けが終わってスマホを見ると誰かからのメッセージが
『明日の夕方にはそちらに着くから』
お父さんからだった。私はなんとも言えない顔になる。
私は不意に写真のフォルダをあさった。数少ない友達との写真の中には一枚だけお父さんと撮った写真があった。スマホを買ってもらったのは中学校三年の卒業前、ガラケーで撮った写真。なんとも言えない顔になる。
世の中の目、家族の在り方、男性同士の恋愛をしているお兄ちゃんと風李さん。もうめちゃくちゃで泣き出してしまいそう。
頼りたい。私だって、まだ高校生。守ってもらうべきだと向月先生が言ってくれたあの日、素直に嬉しかった。でも、それと同時に風李さんだったらという感情が込み上げてきた。
外は強い風が吹いている。
時計の針の音を聞きながらソファーで寝落ちしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます