第12話 恋人関係って

 辺りはすっかり暗くなっていた。先生の私服は少しぶかぶかの長袖の薄めのTシャツ、ゆったりとした黒い長ズボンに、百均で売ってそうなサンダル姿。お母さんに頼まれて屋台に行った帰りなのか、たこ焼きの袋をブランコの近くのベンチに置いている。やがて買い終わると、ベンチまでたこ焼きを取りに行って私のところへ戻って隣のブランコに座る。

「何買ったんです?」

「ぶどうジュース。今日はお茶が売り切れだったから」

なんか……普通に可愛いところもあるんだなと思って、口がにやけてしまう。関わってみると面白い人なのかもしれないが、やっぱり風李さんにしか見えなくなってくる。機嫌が悪そうな……もしくは眠い時の風李さんみたいで……。なんか、可愛い。それで年下女子生徒を恋に落としていってるのかと思うと、無自覚でずるい人なのかもしれない。

「水とか麦茶は家にあるしね」

そう言って、ぶどうジュースを一口飲む。私はもらったお茶を開ける。

「追い出された感じだろ?二人がいちゃつくから」

私はなんと言えばいいか分からなかった。先生なのに、性的な話をするのも……どうかと思った。

「あ―、別にセクハラとかじゃないんだよ。訴えないで。そういうつもりはない」

「それは分かりますけど」

別に先生をすぐに訴えようとする漫画の陽キャラじゃないのだから、訴えたりはしない。ただ気まずくならないか心配だった。

「まぁ、なんだ。別に僕は引き離そうなんて思っていない。ただ、こっちもその方がいい。僕にとっても安心する」

安心……?彼女的な人がいて……と、言うことだろうか……。

「二人は今頃ラブラブでしょうね」

「羨ましいのか?」

少しぶっきらぼうにも聞こえたが、よくよく聞き取ると優しくも感じる。心配してくれている。

「んー、そう言うラブラブしてるのがじゃないんですよねー」

「そしたらなんだ?」

単純に子供みたいに聞いてくる。

「生きているだけで、誰かを幸せに出来る存在……って言ったら大袈裟でしょうか?私はそういう存在にはなれたことがないので。お兄ちゃんとは兄妹だからっていう感じだし……そういえば先生彼女います?」

「いないけど」

即答で答えられた。先生くらいの年齢はエンジョイしたいと思っているのだろうと勝手に思ってたし、陰でしてそうだと仲良しの子が話してたし意外だなと思った。

「そうですかー」

「なんでそうなるんだよ」

口をほんの少し尖らせてる。

「えー、だって恋人関係って私すごいと思うんです。まぁ別に恋人じゃなくてもいいんですけど、愛情があって、その人のことを守りたいって思って……血が繋がっているわけでもないのにですよ。その人がいるだけで幸せに満たされて、その人がいるから頑張ろうって思えて」

先生は目を伏せて。

「それがあの二人にあると……?」

「私の考えですけどね」

「そうかー。まぁ……そうなのかもなー」

先生は遠くを見て話を続ける。ブランコをゆらゆらと揺らしながら。

「恋愛っていうのはな、薬にも毒にもなるんだよ。僕はその経験が浅いので知ったように言える立場ではないけどな」

「彼女いたことあるんですね……」

「悪いか」

少しムスクれている。

「いいえ」

私は少し微笑んだ。

「ほとんどが片思いだよ」

私はお茶を飲む。先生の声はなんだか切なげで吹っ切れたような言い方だった。

「あの二人が佐名さんの思う幸せに満たしてくれる存在かと言われれば……正しいかもしれない。まぁ僕は実際見てないから分からないけど」

私は先生が喋っている間、先生の目を見ていた。風李さんと同じ瞳の色。綺麗で見惚れてしまいそうなぐらい澄んでいるが、その奥には何が見えているのかよく分からない。

「でも、生きているだけで幸せを与えてくれているか……と、言われれば違うかもしれない。多分だけどね」

先生は少し上を見た。

「こんな話、生徒にしていいのか……本当はダメなんだけどさ。今の佐名さんだから言うよ。会って早々にこんなこと言うのはどうかと思うけどさ。訴えるなよ」

「なんでも言って下さい。私、どうしたらいいのかよく分かっていないので」

私は先生から目線を逸らすが、横目で見られている感覚が伝わる。

「愛情表現の中に体を重ねる行為があるだろう?」

「……そうですね」

「多分その様子と兄さんの反応だと、してると思うから。男同士の方が兄さんはいいみたいだね。なんか色々あんだろうな。でも難しいんだよ。だから、それだけで終わっていないことは本当にすごいけど、その瞬間だけでも幸せって感じるんじゃないか?多分。それだけの関係の人はこの世の中に存在するんだよ」

「分かってます……承知の上です。一様……。多分私は、それだけでも構わないのかも……お母さんに悪いところが似たんですね」

「と言うと?」

私は先生の方を見る。先生は平然としているように見えるが、目が動揺していた。何も知らないんだ。風李さんは何も喋っていなかった。守ろうとしていたのだろうか。

「今が幸せ過ぎて、壊してしまった方がいいんじゃないか……と。お母さんはどうだったかは分かりませんけど」

先生は目線を逸らしている。きっと迷っているのだろう。深入りしてもいいのか否か。

「私は……色々あったんです……うまく言葉で表せない」

「そうだな」

「私は守られてばかり……」

「今の佐名さんはまだ守ってもらうべきだよ。じゃ、僕帰るね。なんかあったら講師室おいで。みんなに僕の私生活とそう言う話は言わないでね」

やっぱり眠たげな声は私の胸にストンと落ち、その表情一つ一つに胸が締め付けられる。

「話せて良かったよ。佐名さん、なんか何を考えて生活してるか……いまいち掴めなかったから」

今、先生はメガネをしていないので尚更込み上げてくるものがある。

私は手を振った。軽く。手にはうまく力が入らない。先生は来たバスに乗って行った。

 私は、公園のブランコに揺られる。先生が言っていることがずしりと自分に乗っかっているような感覚だった。

 メッセージに『今、駅前の公園にいる』と入れてブランコを立ち乗りしてみた。それから飛び降りて荷物を持って家に帰った。

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