疑問点

 ティロが災禍孤児を自称していたと聞いて、シャスタはティロに関して様々な疑問が出てきたようだった。


「あいつが災禍孤児だとして、まずわからないのは例の指輪だな。確かにあいつは後生大事に首から下げていた。取り上げようとした奴もいたけど、触ろうとしただけでめちゃくちゃ怒ってたから結局誰も話題にもしなくなった。予備隊なんて可哀想な奴の集まりだから、そういう何かに執着するなんていうのは珍しくないことだしな」


 シャスタはティロの首から下げていた指輪について言及した。


「それなら僕も見ましたけど、何か変なことありますか?」

「さっきの話が本当だとすれば、その指輪はおそらくあいつのお姉さんが持っていた奴ってことでいいんだよな? 確かにあれは女物の指輪だった」

「そう言えばそんな話も聞いていたが、何か問題があるのか?」


 シェールはライラから姉の形見があるというような話を聞いていたのを思い出した。


「そう考えるとおかしいんだよ。話によると、あいつとお姉さんは一緒に埋められたんだろう? いつお姉さんの指輪を回収する余裕があるっていうんだ?」

「あ……!」


 シャスタの指摘にフォルスは素直に驚いた。それは指輪の話がでっち上げかも知れないという可能性を含んだものだった。


「あいつはこの話を誰にもしていないって言っていたみたいだから、つまりお姉さんはまだ埋まったままってことだ。まさか自分で指輪だけのために左腕を怪我しているのに掘り返しているとも思えない……待てよ、確かに左腕を折られたって言ってたんだよな?」

「又聞きだが、そう聞いている」


 シャスタも利き手問題に気がついたようだった。


「ちなみに上級騎士では左手で持っていたらしいんですけど、僕と一緒にいたときは右だったんですよ……そもそもなんで怪我している方の腕で剣を持つんですかね?」


 利き手問題の他にも、シャスタの疑問はまだ尽きなかった。


「それに、あいつは犬を飼っていたって言ったんだよな?」

「間違いなくそう言っていました、可愛かったらしいですよ。それが何か?」


 シャスタはフォルスの偽名の由来でもある「犬を飼っていた」という話にも違和感を抱いていた。


「これは俺の今までの経験から思う違和感で絶対おかしいってことでもない話なんだが……キアン姓っていうのは、自分の名前を言えないかようやく言えるくらいの捨て子って相場が決まってる。なんで犬の名前は覚えていて、自分の姓はわからないんだ?」


 当のキアン姓であったシャスタの感覚による疑問はフォルスには思いも寄らないものだった。


「それは……どこか施設みたいなところで飼われていたとか?」

「それならその施設に記録が残るはずだ。そこから逃げ出して来たっていうなら、あいつはどこから逃げ出してきたんだ? そのくらいの調べは一応するからな。その記録が一切ないってことは、施設にはあいつの記録がないって考える方が自然だ。それにまた俺の経験で申し訳ないが、施設だろうが過激派だろうが、そういうところでは動物なんか飼わない。特に革命思想では動物は人間より劣るからと絶対名前なんかつけて可愛がることはしない」


 シャスタの指摘は暗にティロが革命孤児であることを否定していた。


「更に災禍の年に姉とそんなことになっていて、どうしてキアン姓である必要があるんだ? 少なくとも姉がいたなら自分の姓だってわかるだろうし、8歳ならまず自分の名前がわからないってことはないだろうし……」


 ティロのキアン姓について考え込むシャスタにシェールが申し訳なさそうに尋ねた。


「ちなみに答えたくなければ答えなくていいのだが、どうやってお前はキアン姓になったのか参考までに聞いていいか?」


 深夜の代表者会議の席でシャスタが育ちについてリクと揉めていたことをシェールは思い出していた。シャスタは事もなげに答える。


「俺か? 別に何も難しい話じゃない。気がついたら変な組織に飼われてたんだよ。そこで変な名前で呼ばれて……捨てられたか売られたのか、それともさらわれたのか。よく覚えていないんだが、4歳くらいだったと思う。ギリギリ自分の名前だけ覚えているって感じだったな。キアン姓っていうのはそういうものだ。ただ、災禍孤児のキアン姓はかなり手厚く保護されていたから予備隊にもそれほど多いってわけではなかったぞ」


 平穏を装っているが、シャスタの目が落ち着かなくあちこちを見始めたのをシェールは見逃さなかった。


「ちなみにあいつは自分の名前以外全部よくわからない、覚えていないの一点張りだった。それで仕方なくキアン姓になったんだったな……」


 シャスタはティロがキアン姓になった経緯を思い出し、これまでの話で様々な疑問や矛盾が生じたことについて思いを馳せた。


「つまりこれだけ不自然な点がいくつも出てくると、あいつがどこかで何かの嘘をついている可能性もあるってことだ」

「やっぱり、そう思いますか……?」


 フォルスも同じことを考えているようだった。シャスタはリオに目配せをして、フォルスに向き直った。


「そう言えば、今奴の名前はなんて言った?」

「レキ・ラブルです」

「レキね。それで、あいつとはぐれたのはどこだ?」

「あの、そんなこと聞いてどうするんですか?」

「決まってるじゃないか、俺たちでもう一度探すんだよ」


 元特務からの申し出にフォルスは驚いた。


「出来るんですか、そんなこと」


 驚くフォルスにリオが諭すように話しかける。


「名前と、あとそんな薬の売人行為をやってるってわかれば、多分特定はそれほど難しくないと思います。前回は国内でもごたごたしていましたし、貴方がいたので皆の心情的に無理矢理見つけるよりもどこか遠くの国で生きててもらえれば、くらいは考えていたと思うので大々的な捜査はしなかったんですけど……今回は話が別です」


 シャスタもリオに続く。


「多分船も何も使ってないだろうし、歩いて移動できる距離なんてたかが知れてる。もし死んでるならその証拠を探してきてやるよ」

「本気で探してくれるんですか?」

「当たり前じゃないか。4年前あいつを取り逃したの、結構悔しくて今でも夢に見るくらいなんだ……今度こそシッポ掴んでぶん回してやる」


 思いがけずティロと再会できそうになり、フォルスの目に涙が浮かんだ。


「本当にすみません、僕のために」

「なに、これは半分以上俺たちのためにやってることだから気にするな」

「私たちは元々こういう仕事していたので、その辺は心配しないで任せて頂戴」

「……はい」


 元特務は本気でティロを探そうとしていた。シャスタが一晩経ってから再びクルサ家を訪れたのも、リオとティロの捜索をする打ち合わせをしていたためだった。


「ところで、リオさんはあの人を見つけたらどうしたいんですか?」

「そうですね、出来れば筆頭殺しの話を聞きたいのもあるのでとりあえずもう一度懲罰房に閉じ込めますかね」

「……そのさっきから言ってる懲罰房ってどんなものなんですか?」


 おそるおそるフォルスが尋ねると、シャスタが答えた。


「穴だ。地面に人が一人入れるくらいの穴が掘ってあって、その上に分厚い蓋がしてあるだけの代物だ。下手すればその中に三日くらい入れられる」


 フォルスはティロの閉所恐怖症を知っていて、再度懲罰房を用いようとするリオが空恐ろしくなった。


「死んじゃいますよ、そんなことしたら」

「まあな。普通の感覚でもかなりキツいからな、アレは」

「試しに入ってみますか? 普通でも半日持ちませんからね、アレは」


 改めてフォルスはリィアの抱えていた特務の闇を垣間見た気がした。

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