♯6 幽明界の上に立ち⑤  なんかロリが増えたんですけど……(後編)



「させるかっ」


 黒服たちが再び拳銃を構えるのを見て、勇魚は『♈』の紋様からバチバチと青白い放電を迸らせる右の拳のシグネットリングに、左の掌を叩きつける。

 そして、


「はぁっ!」




「全球凍結」スノーボール・アースインヴォーグ――寒波飛刃コールドウェーブ




 頭の中で〈神の財産目録管理人ホワイトデイジー・ベル〉リッカの思念こえが響くと同時、左の掌を振り抜いた。

 まるで手刀のように。

 すると三日月状の巨大な白い凍気がブーメランのように手刀から飛び出し、黒服たちの両腕を刈り取るように横薙ぎにして、


「「「「「なっ、なんじゃこりゃああああああっ⁉」」」」」


 黒服たちの二の腕から先は、手にした拳銃もろともたちまち凍結する。


「う、動かねえ! 腕がピクリとも動かねえよぉ! 完全に凍っちまった!」

「こ、今度は何しやがったんだコイツ⁉」

「どうすんだよぉ! これじゃ拳銃が使えねーじゃねーか!」

「う、腕がぁ! 俺の腕がぁ! このままじゃ壊死えししちまうぅ!」

「落ち着けおまえら! こうなったらガキどもを人質に――」

「だから、させるかっての」


 勇魚は続けて、今度は『♍』の紋様から青白い放電を迸らせるシグネットリングに左の掌を叩きつけると、




『「宇宙播種パンスペルミア」インヴォーグ――隕石召喚メテオストライク




 頭の中で〈種を播くものシードマスター〉クーの思念こえが響くと同時、近くの海上を左手でビシッと指さす。

 次の瞬間、指さした先、凍った海面に、弓道の的にも似たあかい光芒が浮かんだ。

 同時に、周囲の大気がビリビリと震撼。

 遥か彼方上空から、低く重々しい轟音がこちらへと近付いてくる。


「「「「「え……?」」」」」


 恐る恐るといったふうにそちらを見上げた黒服たちは、そこに赫々かくかくと燃える流れ星を発見し、


「「「「「えぇぇぇぇぇっ⁉」」」」」


 目を剥き絶叫した。

 たちまち飛来した流れ星――大人の握り拳ほどの大きさの隕石は、プレジャーボートの真横、赫い光芒が浮かんだ海面に衝突し、凄まじい衝撃波と熱風、そして氷片を撒き散らすと、プレジャーボートの船体を大きく傾ける。


「「「「「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」


 衝撃波によって船外まで吹き飛ばされ、隕石が衝突したのとは反対側の海面に容赦なく叩きつけられる黒服たち。

 いっぽう、攫われた女の子たちのほうは、




『「稀少地球レアアース」インヴォーグ――未来線選択ルート・セレクト。守護対象がノーダメージで済む未来線を選択』




 勇魚がシグネットリングに刻まれた『Ω』の紋様が放つ蒼白い放電に触れたのち天へとかざした左掌、その中心から迸った光のさざなみ――〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスマナのチカラの恩恵により、『奇蹟的に』吹き飛ばされずに済む。

 無論、勇魚自身や、その傍らにいた双子も同様だ。

 とはいえ。


「うわぁ……リッカの奴、ちゃんとチカラを制御してくれたんだろうな……? ボク的には、銃口を氷で塞ぐことが出来ればそれで充分だったんだケド……。クーが召喚してくれた隕石の大きさも、ボクの想定を遥かに超えるモノだったし……。これ、今回は子供たちが無傷で済む未来線がちゃんと存在したからいいものの、そうじゃなかったらヤバかったんじゃ……」


 血の気が引いた顔で唸った勇魚は、しかし、


「……ま、いっか」


 すぐに気を取り直す。


「要は使わなきゃいいんだよ。こんなデタラメなチカラに頼らなきゃいけないような窮地になんて、そうそう陥るもんでもないだろうし」


 何より、今は悩むよりも先にやらなければならないことがある。

 勇魚は舷側げんそくから身を乗り出し、凍った海の上でピクピク痙攣している黒服たちの生存を一応確認すると(どうやら全員気を失っているだけのようだ)、甲板デッキに転がされたままの女の子たちのほうへと向き直る。

 そして一番近くにいた女の子へと歩み寄り、


「えーと。ボク、怪しい者じゃないから。キミたちを助けにきたんだ。……わかった?」

「………………!」


 念のため断り、女の子がコクコク頷くのを確認してから、荒縄と猿轡を解いてやった。

 すると自由を取り戻した女の子は、甲板デッキを蹴って跳躍し、


「てーいっ!」


 と、着物の袴を翻し、こちらの顔面に鋭い蹴りを見舞ってくる!


「なんでっ⁉」


 避けることが出来ず、鼻血を噴いて(もちろん袴の下の白いパンツが見えたからではない)その場に引っ繰り返る勇魚。


「おにーさん⁉」

「おにーちゃん⁉」


 残る二人の女の子のいましめを解いてくれていた双子が慌てて駆け寄ってくる……が、勇魚はそれよりも早く起き上がると、


「こらっ、何するんだ! せっかく助けてあげたのに!」


 片脚で立ち、腕を翼のように広げたポーズで「ほあーっ!」と身構えている女の子を睨んだ。


「黙れ、オバケ! 助けてくれたことには礼を言うが、怖いものは怖いのだっ! 貴様のせいでちょっとチビってしまったんだからな!」


 正直な子だった。


「こ、このガキンチョ~。誰がオバケだっ」

「がるるるるっ。それ以上近付くな! 噛みつくぞ!」

「獣じゃないんだから。……ん?」


 威嚇してくる女の子の顔をマジマジと見た勇魚は、引っ掛かるモノを覚える。


「はて? この顔、どこかで見たような……?」


 強い意志を宿す切れ長の瞳。すっと通った鼻梁びりょう。薄い桜色の唇。市松人形を彷彿とさせる、ボブに切り揃えられた墨を流したような黒髪。おそらくは学校の制服であろう桃色の着物と紺の袴がよく似合っていて、威嚇する鳥みたいな変なポーズを取っているにもかかわらず溢れ出る気品を隠せずにいる。案外いいトコのお嬢様なのかもしれない。

 年のころはやはり十歳前後……小学校三~五年生くらいか。月並みな表現だがアイドル顔負けの美少女と言えた(もちろん双子とは違い、その美貌はあくまで常識の範疇内ではあるが)。

 その顔立ちにはどことなく見覚えがあって……。


「さっきから何ジロジロ見ている、このロリコン! ロリコンのオバケなんて最悪だぞ! ロリコンの誘拐犯といい勝負だ!」

「アレといい勝負なのか……。ねえ、キミとボクって、以前にもどこかで会ったことがある? 気のせいかなぁ?」

「生憎、オバケに知り合いはいない! というか、オバケがナンパするんじゃない!」

「ナンパじゃないから! 何が悲しくてガキンチョなんぞ口説かにゃならんのだ!」

「ナンパの常套句を使っておいて何をほざくかっ!」


 ……言われてみれば確かに「以前にもどこかで会ったことがある?」というセリフはナンパのときのそれみたいだった。


「マジか……。ボク、ガキンチョ相手に人生初のナンパをしちゃったのか……。いや、してないケドも……。てか、常套句なんて難しい言葉、ガキンチョのくせによく知ってるなぁ……」

「子供だからって甘く見るなよ! 言っておくがな、貴様の助力など無くても自力で脱出できたんだからな! あんな連中、いつでもわたしの薙刀なぎなたでケチョンチョンにしてやれたんだ!」

「いや、それは嘘だろ……。キミ、さっきまで涙目だったし。そもそも、薙刀なんて持ってないじゃない」

「間違えた! 薙刀じゃない! 合気道だ! わたしはこれでも合気道百段なんだぞ!」

「だから何故わかりやすい嘘をつく……」

「ほあたぁーっ!」

「それ、合気道じゃなく功夫カンフー……」


 勇魚は奇声、もとい気勢を上げて飛び掛かってきた女の子の、触れれば折れそうな細い脚をひょいっとすくい上げて軽くいなすと、バランスを崩した彼女を背後から羽交い絞めにする。


「ああっ⁉ しまった! 捕まってしまったのだー!」

「考えなしに飛び掛かるから……。こーゆートコはやっぱガキンチョだな」

「くうぅ……なんとかせねば! このままではこのオバケに尻子玉しりこだまを抜かれてしまう!」

「尻子玉を抜くのはオバケじゃなくて河童カッパだろ」

「尻子玉が狙いではないのか? じゃあ何が目的で……、そうか! わたしのみさおか!」

「人聞きの悪いこと言わないでくれる⁉」

幼気いたいけな女子児童を背後から羽交い絞めにしておいて何を白々しい……」


 ……幼気な女子児童は相手の顔面に跳び蹴りなどかまさないと思うのだが。 


「これはキミが暴れるから仕方なく押さえつけてるんだろ! 確かに人様にはお見せらできない光景だケドも!」


 何せ事情を承知しているはずの双子すら、ジト目になっているくらいだ。


「おにーさん……」

「おにーちゃん……」

「……やめろ。痴漢して捕まった旦那に面会しにきた奥さんみたいな目でボクを見るな」


 気まずい。疚しいことは何も無いはずなのに。


「ぬぬぬぬぬ……振りほどけないのだー!」

「こーらっ、暴れるな! かえって変なトコに当たっちゃうから!」

「ひゃんっ」

「だから言ったのに! ……てゆーか、急に可愛らしい悲鳴をなるの、やめよ? 犯罪めいた空気が出てきちゃうじゃない」

「くっ……殺せ」

「敗北した女騎士みたいになるのもやめろ」

「さっきから注文が多いな、貴様は! じゃあどんなわたしをお望みなのだ⁉ ほら、言ってみろ! 貴様好みのわたしになれるよう努力する! 頑張るから!」

「キミはボクの彼女か何かか⁉ キミ、実は結構余裕があるだろ⁉」

「誰が貴様の彼女だ! 図々しい! 言っておくがな、わたしの身も心も、まだ見ぬ旦那様のものなのだ! 貴様に弄ばれるくらいなら、いっそ舌を噛み切って死ぬ! よく見ているがいい、わたしの散り様を!」

「わーっ、早まるなーっ!」

「もがっ、もがもがもがっ、もがもがもがぁ(こらっ、ひとの口に手を突っ込むな! 舌を噛み切れないではないかっ!)」

「痛だだだだだっ! ボクの手を噛むなぁ! うへぇ、手がよだれまみれだぁ」


 と、そこに、


「ゆ、結芽ゆめっち! 大丈夫⁉ てゆーか、いろいろと思い切りが良すぎじゃない⁉」

「……もう素直にゴメンナサイしたほうがいいと思う。謝れば赦してくれるよ……たぶん」


 双子の手によって縛めを解かれた二人の女の子が、足早に駆け寄ってきた。

 片や、上品な栗毛色の髪をショートカットにした、開いた口から覗く八重歯が愛らしい活動的な印象の女の子。

 片や、日本人離れした銀の髪プラチナブロンドをロングにした、雪のように白い肌をした大人しそうな印象の女の子。

 着ているのは、勇魚が羽交い絞めにしている女の子――どうやら結芽という名前らしい――と同じ桃色の着物と紺の袴で、年のころも彼女と同年代くらいだった。

 おそらくは小学校の同級生か何かなのだろう。


「も~。相変わらず無茶するんだからな~結芽っちは!」

「……猪突猛進。いつか痛い目を見る。というか、今まさに見てる」


 そのズケズケした物言いを見るに、気の置ける友人でもあるようだ。


穂垂ほたる銀花ぎんか。どうやらわたしはここまでのようだ……。後世に伝えてほしい。葉加瀬はかせ結芽はオバケを相手に最後まで立派に戦い抜いたと」

「くっ殺してたじゃん……最初から最後までオバケさんに羽交い絞めされてただけじゃん」


 こっちの小学生は『くっ殺』をご存じらしい。世も末だ。


「……ねえ結芽ちゃん、穂垂ちゃん。オバケさんをオバケさんって呼ぶの、そろそろやめてあげて? オバケさん、二人がオバケって言うたびに傷付いた顔してるよ? ……あ。そう言うあたしもオバケさんのことオバケさんって呼んじゃった。ごめんね、オバケさん。もうオバケさんのこと、オバケさんって呼ばないように気を付けるね」

「うん、キミが一番オバケって呼んでるからね」


 どうやらこの二人の名前は、栗毛色の髪のほうが穂垂、銀の髪プラチナブロンドのほうが銀花というようだ。

 結芽という名前も含め、いずれも初めて耳にする名前だった。

 ならば結芽とどこかで会ったことがあるような気がしたのは、自分の勘違いということか。

 ……だが、この穂垂や銀花の顔にも見覚えがあるような気がしてならないのだが……。


「ねーねー、オバケさん! 誘拐犯たちをやっつけてくれてありがとね!」

「……そろそろ結芽ちゃんを放してあげて? そのコも頭が冷えたみたいだし」

「む……」


 穂垂と銀花にペコリと頭を下げられて、勇魚は羽交い絞めにしていた結芽を解放する。


「なんだ。オバケのくせに意外と物分かりがいいではないか」

「も~、ダメだよ結芽っち! なんでわざわざオバケさんを挑発するようなこと言うかなー」

「……そうだよ、結芽ちゃん。オバケさんだからって、悪いヒトだとは限らないんだよ?」


 ……なんでもいいが、ヒトをオバケ呼ばわりするのは本当やめてもらえないだろうか。

 宇宙人呼ばわりのほうがまだいい(広義では地球人も宇宙人の一種と言えるし)。

 ので、


「ボクの名前はくぐい勇魚。オバケというより、宇宙人だ」


 三人の女の子を順繰りに見遣り、敢えてそう自己紹介する。


「「「宇宙人っ⁉」」」


 案の定、女の子たちは食いついてきた。

 ……想像以上の食いつきだった。


「あ。失敗マズったかも」



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