第九話  スペシャルクエスト

 気づけよ宇部! こんだけ一日中一緒にいて気づかへんっておかしいやろ。わざわざ『俺』の頭の上に乗ってんねんで? どっから見たって猫シュミやし、フツーの猫がこんなことするわけないやろが。

「ここが美術室な」

「はい、びじゅつしつですね」

「お前分かってる?」

「とりあえず覚えようと思います」

 おい宇部、俺を見ろ! ほら! 猫シュミのスペシャルクエストで、美術室の石膏像と肩を組むってのがあったやん。そんでクエストをコンプリートするとハチワレが頭の上に乗ったやろ! 先週教えたやん!

「それにしてもこの猫、本当に猫シュミ知ってるみたいな動きするよな」

 バカ、知ってるんだよ! お前よりずっとな!

「お前んちの猫なの?」

「いえ、わたくしが病院から家に戻りましたところ、この猫がなついて来たのでございます」

「ふうん。まあいいや、次は校庭な」

 猫シュミⅠは舞台が学校やった。学校の中でいろんなことをして遊べるのが売りやった。だから、学校内には猫シュミのクエストがたくさんある。それをそのままそっくりやって見せれば宇部だって気づくはずや。

 ただ、猫シュミのキャラは二足歩行する猫やから、全く同じ動きができるかどうかわかれへん。基本的に人間と同じ動きはできるはずやが……。

「いやはや驚きました。こちらの手習い所に——」

「手習い所じゃなくて学校な」

 直されとる。まあ手習い所とは言わんな。

「あ、はい。学校に通われる人たちは、皆さんお大名か、お旗本か、お役人様か、その辺りのお家柄の御子息や御息女ばかりなのですね」

「はぁ? お前も時代劇とか好きだっけ?」

 見ぃひんがな、そんなん。そんなん好きなのお前だけやがな。

「じだいげきというのがよくわかりませんが、宇部さまも由緒正しきお家柄なのでしょう? わたくしのような町人と一緒にいて、お父上殿に何ぞ言われたりなさいませんでしょうか」

「うちサラリーマンなんだけど」

「さらりいまん?」

 そういや、英語多すぎやんな。和製英語も多いけど。

「親父はIT系、母さんは近所のスーパーでレジ打ちパートやってる」

「あいてぃーけー? すーぱあ? れじうちぱあと?」

「由緒正しい家じゃないってこと」

「ですが、宇部のおいえのお世継ぎなのでは?」

「オヨツギ? サラリーマンなんてのは継ぐもんじゃねえだろ」

 え、なんで? なんで気づかない? もう明らかおかしいやろコイツ。宇部鈍いにもほどがあんで!

「では宇部家は御家断絶おいえだんぜつなのですか」

「だから断絶するほどの家じゃねえって。お前んちもそうだろ?」

「うちは商人ですから。屋号はございましても名字はございませんし」

「南雲が名字じゃん」

「いえ、うちは南雲屋が屋号でございます」

「だーかーらー」

 宇部は大きなため息をついた。

 そこで『俺』は首を捻った。『俺』っちゅーのも紛らわしいよって太一郎でええか。でも体は俺なんやな、ホンマにめんどいわ。とにかく首を捻ったんは太一郎の方や。

「そういえば太一殿には名字が許されておりますね」

「そうじゃなくてみんな名字があるんだって。どんな家だろうが」

「えっ、そんな」

「ほれ、着いた。ここがグラウンド」

 歩きながら外に出とった。せやけどグラウンドってのは英語やろ。しかし日本語にもならんわな。

「はぁ。ぐらうんどですか」

「ここで走ったりハードルやったりサッカーやったりする」

「はーどる。さっかあ」

蹴鞠けまりだよ、蹴鞠。まあいいや、どうせ後でやることになるんだからそん時でいいよ」

 ここでのクエストは「グラウンドを時計回りに一周して立ったり座ったりを三回繰り返す」んやったな。

 俺は太一郎から飛び降りて、いきなりグラウンドをダッシュした。うしろで太一郎が「あっ、これ! どこへ行くんです」とか言って追って来よるが、そんなもん俺の知ったこっちゃない。とにかく時計回りに一周や。普通のトラックは反時計回りに走る。せやけどこのゲームでは時計回りに走って、煽り(立ったり座ったり)ポーズをするとなぜかクエストコンプリートになってご褒美が貰える。

 最初はみんなグレーの猫で始まるゲームやが、ご褒美で毛色(白、黒、茶)や柄(三毛、トラ、ブチ)が貰えたりする。難易度の高いクエストやとピンクやブルーの毛色が貰えたり、服や装飾品が貰える。基本的に二足歩行の猫やし、靴やカバンだって貰える。

 その他にスペシャルクエストちゅーのんがあって、それをコンプリートすると頭の上に小さな猫が乗る。いくつもコンプリートすればそれだけの数の猫が乗るよって、頭に乗った猫の数だけスペシャルクエストをコンプリートしたことになる。これをユーザは『積猫つみねこ』と呼んどる。

 だから俺は太一郎の頭の上に乗ってたんや。それを見たら宇部がわかるやろ思って。せやけど、全然気づいてくれへん。この際、スペシャルクエストもやるか。

 戻ってきた俺は、宇部の前に立って、思いっきり煽りポーズをとってみた。さすがに宇部も「えっ?」て顔しよった。ええで、その調子や。

 それから俺はダッシュで体育用具倉庫に向かった。背後で宇部が「嘘だろ」と呟くのが聞こえた。嘘やないで、宇部。お前の考えている通りのもん、リアルで見せたるわ。

 俺はダッシュの勢いそのままにライン引き用の消石灰の粉の中にダイブした。真っ白になったところでダッシュで戻り、宇部めがけて体当たりした。

 まあ子猫やしな、本気で跳んでも奴の太腿の辺りに粉がついた程度やねんけどな。せやけどこれで白猫が頭の上に乗るクエストコンプリートしたんやで? いくらなんでもわかるやろ。

「この猫……猫シュミ知ってる」

 そうや、知っとるんやで。お前のこともな。

 宇部が太一郎を見た。

「なあ、お前さ」

「はい、なんでございましょう」

「お前、南雲じゃねえよな」

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