30

――その日の夜。


リットたちはシャーリンと顔を合わせた。


その場にはネイルと彼女たち六人だけで、フリー、ガーベラ、ファクトはシャーリンのふところに深さに頭が下がる思いだった。


みついてきた犬を我が家に入れるかのような行為。


シャーリンからすれば自分たちは犬ではなく、ドブネズミくらいに思っているからこその余裕だとも取れたが、実際に話をする場をもうけてくれた。


この盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの女幹部が、メロウを使って何をしようとしているかはわからないが。


今はすべてを忘れて話を聞こう――三人はそう考えた。


なぞが多い人物ではあるが、この女がメロウを救ったのはたしかだ。


利用しようとしている限り、とりあえず姉さんの身の安全は保障されている。


今はそれでいい。


「なんでよ!? なんであたしだけ手枷てかせ足枷あしかせを付けられんの!?」


フリー、ガーベラ、ファクト三人は普通にシャーリンと会えたが、一緒に連れてこられたリットだけは拘束されていた。


彼女は納得がいかずわめいたが、ネイルが暴れられては困るということでの処置だった。


ちなみにネイルの処置に関しては、三人も受け入れている。


だが、顔を合わせたとき。


シャーリンは喚いているリットを見て笑うと、ネイルに自由にしてやるように言った。


「いいのかよ。こいつは人の話を聞けねぇぞ。まだあんたとメロウ·リフレイロードの関係を理解しているのかも怪しいもんだ」


「構わないよ。その子が暴れたらあんたなんとかしてくれるだろう? 頼りにしてるよ、相棒」


ネイルは微笑むシャーリンに舌打ちをすると、リットによく言い聞かせてから彼女の拘束を解いた。


枷を外されたリットは手足をブンブン振ると、シャーリンの前に立つ。


ネイルや三人がそれ見たことかと顔をゆがめたが、リットは飛びかかったりはせずに、ただ口を開いた。


「あたしやガーベラに勝ったからってメロウ姉さんに勝ったと思うなよ」


「私がメロウに勝つ? そりゃまた話が飛びすぎてよくわからないねぇ」


いきなり何を言い出すんだ?


言われたシャーリンをふくめ、その場にいた全員が同じことを思った。


どうやらなぐりかかる気はなさそうだが。


突然わけのわからないことを言い出したリットに皆が戸惑っている中、彼女は言葉を続ける。


「お前、いやあんたがメロウ姉さんのお姉さんになったのは聞いたよ。ガーベラが言ってたあんたが大姉さんってのも、ヤダけど認める」


「そうかい。わかってるのならいいよ。つまりはまあ、あんたらも盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの幹部である私の下につくってことになる」


「難しい話はよくわかんないけど、姉さんにちょっとでも不利なことがあったら、あたしがあんたを殺すから。それだけは知っておい――イタッ!?」


リットがシャーリンに向かって気を吐いている途中で、ガーベラが彼女の頭にげんこつをらわせた。


それからガーベラは、痛がるリットの両足を掴んで持ち上げる。


その姿は、タロットカードのNo.12 吊るされた男ザ·ハングドマン)のようだ。


「いきなりなにすんのガーベラ!? 痛いじゃないか!」


「お前が空気を読まずに勝手をするからだろうが! 殺されないだけでもありがたいと思え、このバカ!」


「ガーベラだって大姉さんに喧嘩けんか売ってたじゃないか! それよりは今のはちゃんとした話し合いだし、あんたに比べたらぜんぜん知的でしょ!」


「一方的に言いたいことを言うことのどこが話し合いだ! だいたいお前には知性の欠片かけらも感じんぞ!」


逆さの状態で喚くリットと、彼女の両足を掴んで吊るしながら言い返すガーベラ。


彼女たちの舌戦ぜっせんはさらに生産性のない子供じみたものへと変わっていき、これには目の前にいたシャーリンも、ただ見ているしかできなくなっていた。


「なあ、こいつらっていつもこうなのか?」


ネイルが呆れた様子でファクトに声をかけると、彼はコクコクとうなづく。


「リットはメロウ姉さんとでも誰とでも言い合うし、ガーベラのほうはそこのフリーともよく口喧嘩してるよ……」


「苦労してんだな……。なんかテメェが他人に思えなくなってきた……」


「あんたも大変だよなぁ……。大姉さんはうちの連中に負けず劣らずすごそうだ……」


互いに妙な共感を覚え、ネイルとファクトは大きくため息をついた。


フリーはニ人が何か内緒話をしていると勘違いし、彼らに声をかける。


「なに話してんだよ? 男ニ人でさ」


「うん? これから気苦労が増えそうだって話してたんだよ。俺もファクトこいつもな」


「ああ。でもまあ、にぎやかなのはいいんじゃないの。メロウ姉さんだって家族が増えれば喜ぶじゃん」


のほほんと言ったフリーは、この場がいつもの空気なって安心していた。


リットのガーベラの喧嘩は日常茶飯事だ。


これで先ほどのリットの行動も帳消しになり、シャーリンとも上手くやっていけそうだと、フリーは真剣に思っているようだった。


そんな彼を見たネイルとファクトは、再び深いため息をつく。


彼ら彼女らが集まっていた室内では、リットとガーベラの喚き声と、男ニ人のため息で埋め尽くされていた。


「やれやれ……。大物になるか、それともただのバカどもか……。楽しみだねぇ、こいつは」


そんな光景を眺めたシャーリンは、顔を引きつらせながらそうつぶやいた。

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