14

近くにあった家から薬や包帯を取ってきたガーベラたちが戻ってきた。


三人は、そこにあったマスタードの死体と、血塗れになっていたリットを見て彼女に駆け寄る。


「おい! ケガはないかリット!?」


「どこもやられてねぇよな!?」


ガーベラに続いてフリーも声を荒げた。


リットはうつろな表情こそしていたが、無傷だと返事をする。


一方でファクトは、マスタードの死体を見ていた。


そして、肩口と頭を斬られた死体を調べ始める。


軍服に階級章。


ファクトは、この男が治安維持組織アナザー·シーズニングのリーダーであることがわかった。


たしか、工場へ無我夢中で向かっていたときに止めてきた男だったなと、複雑な表情を浮かべる。


「お前がやったのか、リット?」


「うん。姉さんを殺すとか言ったからってやったよ。なんかマズかった?」


「いや、メロウさんが狙いだったんならしょうがねぇ。むしろよくやったよ」


ファクトは、できればマスタードを人質にして、魔導機兵と交渉をしたかった。


メロウの治療には、どう見ても医者か回復魔法が使える人間の力がいる。


薬や包帯がいくらあろうが治せないほどの重傷なのだ。


魔導機兵といたこの男とならば、メロウをしっかりとした施設に送って治療を持ちかけることができたはずだ。


しかし、終わったことを考えてもしょうがない。


これからどうすればいいと、ファクトは思考を巡らせていた。


「この男は治安維持組織の頭だろう? お前の実力でよく勝てたな」


「ホントだよ。姉さんからいろいろ習ってるときも、リットは剣も魔法も中途半端だったのにさ」


ガーベラとフリーは、今さらながらよくリットが勝てたと、ホッと胸を撫で下ろしていた。


マスタードは国を守る組織のリーダーだ。


その肩書だけでなく、これまでいくつもの修羅場を乗り越えた雰囲気を持つ生粋きっすいの軍人に見えた。


それを、仲間内で一番能力が低いと思われたリットが倒すとは。


リットはガーベラとの練習試合では一本も取れず、魔力や魔法の技術ではフリーにはかなわない。


さらにファクトのような素早い身のこなしも、鍵開けのスキルも、かしこさもない。


そんな彼女がマスタードに勝てたのは運がよかったと、ニ人が思っていると、ファクトが言う。


「たしかにそうだな。だけど、こいつを見てみろよ」


ファクトは、マスタードが使っていた剣を皆に見せた。


鋼鉄の剣がわずかだが欠けている。


いくら刃が厚いとはいえ、包丁は食材を切るものだ。


しかも国お抱えの組織の剣よりも、耐久性に優れているはずもない。


何か特別な力を使ったからこそ、リットはマスタードに勝てたのだと、ファクトは皆に話した。


「あぁぁぁ! もういいよそんな話は! それよりも早く姉さんに薬を!」


リットは声を荒げて仲間たちを急かす。


取ってきた薬と包帯で気休めでもメロウを楽にさせてあげたいと、ガーベラが背負っていた袋を奪った。


そして、慌てた様子でメロウのもとへ駆け寄っていく。


三人は、その通りだと思いながら、メロウの治療を急いだ。


家にあった水で傷口を洗って薬を塗り、その上から包帯を巻いていく。


気を失っていたメロウが痛みで目を覚ましたが、彼女は表情こそ歪めながらも声一つあげなかった。


「医者じゃないから詳しいことはわからないけど、これでとりあえずは大丈夫だよね……」


リットはそう言うと、皆に話を始めた。


マスタードがメロウを殺そうとしているのなら、今この島に来ている帆船はんせんには治安維持組織の連中が乗っている。


死の間際にマスタードは、命令を無視していたと言っていた。


おそらく部下たちを船において、自分だけでメロウを始末しようとしたのだろうと、慣れていない様子で説明をした。


ガーベラはそのぎこちない話し方に首をかしげると、彼女に訊ねる。


「つまり何が言いたいんだ、お前は?」


「簡単に言うと、姉さんを島から連れ出すんだよ!」


リットは再び説明を始めた。


治安維持組織の連中がマスタードの死を知ったら、いや、メロウのことを見つけたら殺そうとする。


彼女を守るには、医者にせる以前に、この流刑島――パノプティコンから出ることが必須ひっすだ。


メロウも自分たちも囚人なので、当然、脱獄は重罪だが、それでも皆で力を合わせて姉さんをこの島から出そう。


リットは、途中で何度も話を脱線しながらも、皆に自分の考えを伝えた。


「失敗して捕まったら……私たちは永久に島に閉じ込められるな」


ガーベラの言葉で、皆の顔が強張った。


それは、いつか罪をつぐなって島から出られる可能性を、自ら失ってしまうからだった。


そもそも流罪は重たい罪だが、魔導機兵が受刑態度が良好だと判断した囚人には、国へ報告されて恩赦おんしゃが与えられることになっている。


島に来た当時こそそんなことを気にしていなかったガーベラたちだったが、今は違う。


メロウとの出会いから、再び自分の夢と向き合う覚悟ができていた。


もし脱獄に失敗すれば夢が遠のいてしまう。


それだけならばまだいい。


最悪の場合、処刑される可能性だってある。


メロウは国から命令を受けてやってきた、治安維持組織に狙われているのだ。


そんな人物を島から逃がせば、その罪は、かなりの重いものにされてしまうことは明白。


いくらしたっているからと言っても、躊躇ちゅうちょしてしまってもしょうがない。


「それで、どうやって島を出るつもりなんだ?」


「そ、それは……」


「やっぱ考えてねぇんだな。お前らしいよ」


ファクトは、申し訳なさそうにするリットを見て笑うと、仲間たちに言う。


「オレに考えがある。だけど、こいつはメロウさん……いやメロウ姉さんを島から逃がすためのもんで、お前らのことは考えてねぇ。それでもいいなら――ッ!?」


ファクトが言葉を言い切る前に、リット、ガーベラ、フリーの三人は、同時に「やる」と返事をした。

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