第68話 決戦は土曜日

 「ねえ、どうして昨日部活来なかったの?」

朝、迎えに来た霧嶋くんが訊いてきた。


「瀬戸くんがね、ウチの園芸店でバイトしてくれることになったから、わたしもお店の手伝いしてるの」

先輩がバイト? ちょっと意外…


「えっ!じゃあ、真古都さんと一緒に働いてるの?」

二人仲良く働く図なんて想像もしたくない!


「まさか! 瀬戸くんは急に辞めちゃったバイトの代わりに、クリスマスまで配達の手伝いをしてもらってるんだよ」

僕は少し安心した。

一緒の持ち場でもないし、クリスマス迄だからずっとな訳じゃない。


「力仕事だから、大学生だって大変な作業なのに頑張ってくれてるんだ」

真古都さんは感心したように話す。


さすがに僕には力仕事は無理だしな…

だけどこのまま、みすみす先輩が真古都さんの彼氏だって、お店の人たちに認知されるのは何だか癪に障る! 


「真古都さんはどんな事をしてるの?」

僕は彼女がお店でどんな仕事をしてるのか訊いた。

「わたしは買ってもらったお花を花束やアレンジにしてるかな…接客は無理だから」

照れて笑う真古都さんも可愛い…


「ねえ、今度真古都さんが働いてるとこ見に行って良い?」

僕は彼女に近寄って耳元で訊いた。


「い…いいけど…お店の人たちの前で変な事しちゃダメだからね…」

向きになっちゃって…ホント可愛いなぁ


「はい、はい、今度の土曜日休憩時間の少し前に行くね」

僕は笑って彼女に言った。


「ホントに、ホントだからね!」

尚も向きになってるので、とびきりの笑顔で応えた。


『ごめんね真古都さん。先輩が絡んでるなら僕だって引けないよ』




仕事は大変だったが大分慣れた。

何よりも、終わる時間が遅くなっても、必ず真古都が待っていてくれるのが嬉しい。


「いやぁ、今日は随分遅くなったな。学生なのにすまん」

先輩の城之内さんが申し訳なさそうだ。


「途中、可成り渋滞してましたから、気にしないで下さい」

そうは言ったものの、さすがにもうこの時間では今日は真古都の顔を見れないな…

俺はそんな日もあると、諦めた…

それなのに…


「瀬戸くん! お帰りなさい!」

真古都が配達事務所から心配した顔で出てきた。


『真古都…こんな時間まで』

俺は嬉しさで胸が熱くなった…


「何やってんだっ! 真古都!」

気持ちとは裏腹に、彼女に向かってつい叫んでしまった。

「こんな時間まで女の子が事務所に一人でいたら危ないだろーが!」

「だ…だって」

真古都はおろおろしながら涙眼で俺を見ている。

「だっても糞もないっ!何か有ってからじゃ遅いんだぞ…お前に何か有ったら俺はどうしたらいいんだ…あんまり俺を心配させるなよ…」

俺は額に手を当てて大きな溜息をついた。 


「まあ、まあ、翔吾。 そう怒るな。

お前を想っての事だ。真古もこれからは20時過ぎたら帰れ。俺もそんな時間にならないうちに戻って来る様にするから。」

「ハルさん、すいません」

俺は城之内晴貴じょうのうちはるたかさんを、最近ではみんなと同じようにハルさんと呼んでいた。


「瀬戸くん…ごめんなさい」

真古都が傍に来て謝った。

俺は思わず彼女を抱き締める。

「俺こそ怒鳴って悪かった…」


「んっ! んっ!」

咳払いが聞こえる。


「お取り込み中悪いが、それは誰もいないところでしろな…一応俺は真古ちゃんの保護者的立場だからよ」


「す…すいません!」

俺は慌てて彼女の躰に回していた手を離した。

ハルさんの言葉に俺も真古都も真っ赤だ。



何だかお店の方が騒がしい…

「どうしたのかな?」


店内を覗くと女の子が何人も固まっている。


「えっ? 霧嶋くん?」

わたしの声に気がついたのか、わたしの方を向いたかと思ったらそのままこっちに来る。


仕立ての良い上品なスーツにリボンタイがメチャクチャよく似合ってる…

唯でさえ目立つのに…その格好…

正に王子様でしょ…女の子たちが騒ぐはずだ…


「僕もね、先輩と一緒にクリスマスまでアルバイトしようと思って…先輩みたいな力仕事は無理だけど、店頭で女の子に花を選ぶ手伝いは出来るでしょ?」


霧嶋くんはニコニコ笑ってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る