僕と君と週末と

ryuzu

長めのプロローグ

第1話 仕事帰りにキャンプへ

「ドライバーを持ってきてくれ」

「2番と3番でいいですか?」

「ああ、頼む」

「了解しました」


 先輩が作業をしているのを、横から見つつ必要に応じてサポートをしていく。僕の足元には大きな工具箱と、その周囲に散らばったスパナやドライバーたち。

 その中から、目的のドライバーを手にもって先輩に手渡す。


「持ってきました。先に、3番のドライバーからでいいですか」

「おう~、助かる」

「どうぞっ」


 先輩が機械の中に潜って、カバーを取り外しその中に隠されている配線の確認をしている。その間に、僕は制御盤の中身を確認してリレーの動作やPLCから情報を抜き出し、次の作業に備えていた。



「修理ありがとうございましたー」

「いえ、これが仕事ですから。また何かあれば、言ってくださいね」


 作業開始から30分ほどで、機械の修理を終えて僕たちは事務所へと足を進める。工具箱が重たいことと、作業服が常に真っ黒なこと、学びが少ないこと、力仕事が多く体力勝負であることを除けば、僕はこの仕事をそこまで嫌ってはいなかった。


 まぁ、向き不向きでいえば確実に僕には不向きな仕事なんだけどね。不器用だし。


「最近、仕事の全容が見えるようになったんじゃないか?」

「どうでしょうか?僕は万が一に備えたりしていますが、先輩方の経験則と勘にはまだ勝てないですからね。頭より、経験がものを言う世界ですから」

「そりゃそうだな」


 そういって先輩は豪快に笑った。

 先輩は僕よりも三年長くこの仕事をしている。僕はまだ入社一年、配属半年が経過したばかりのペーペーだ。意見を求められれば発言するし、自分で考えて自発的に行動もする。だがしかし、基本的には自分で作業はさせて貰えないし、研修期間のような微妙な扱いを受けている。


「そういや、お前週末はどうするんだ?」

「どうしたんですか?急に」

「今日は金曜日だからな。週末は待ち遠しかったろ?」


 僕たちは作業服の汚れを廃ウエスで拭き、靴の汚れを落としながらそんな下らない事を話していた。ちなみに先輩は「俺はキャバクラに行かないといけないからな」と自慢げに語っていた。


「僕はお金がないですからね。特に何もしないですよ?」

「お前はいつもそうだよなぁ。何か楽しみを見つけとけよ」


 適当な受け答えに感じるかもしれないが、僕としてはこれが本音だ。キャバクラに行ったり、DIYしたりすることはなく、僕の週末はありふれたもの。特別なことなんて何もない。



 そう、ただ仕事帰りにキャンプに行くだけなのだ。何も特別なことなんてない。



「お疲れさまでしたー」


 定時を告げるチャイムを聞きながら、僕は事務所を後にする。この職場の問題といえば、残業ができないこともある。残業は悪であるという、間違った固定観念があり僕としては正直困っている。残業で経験値の差を早く埋めて、自分で仕事できるようにならないと話にならないが、僕は配属からこの方残業がOKされたことはない。


「はぁ、今日も汚れたなぁ」


 そんな悪態をつきながらロッカールームで服を着替えていく。脱ぎ捨てた作業服は真っ黒で、場所によっては油がしみ込んでいるのが目視で確認ができるほどだ。おかげで、作業服の下には安物のTシャツとかしか着れないので本当に困る。


 パパっと、手短に服を着替えると洗濯場に持って行き投下。少し料金がかかるものの、家で洗濯する訳にもいかないので仕方ない。洗濯機を油まみれにして詰まらせたほうが、整備料がかかって仕方ないのだ。会社が全額負担してくれると最高なんだけど、そこまで贅沢は言っていられない。

 それに、今はそんなマイナスなことに気を取られている時間はないのだ。


「5分後のバスに乗って、30分で到着するといいんだけど.....」


 この時間はバスを利用しようものなら、一本逃すと地獄が始まる。所望帰宅ラッシュに遭遇して、人生終了のお知らせが舞い降りてくるのだ。


「急ごう」


 一人でブツブツと予定を確認しつつ、時間を確認しながら移動していく。ここからバス停まで微妙に距離があって、3分ほどかかるので、時間はギリギリになりそうだ。




「ご苦労様でしたー」

「お疲れ様です......ってヤバイ!!」


 正門のところにいる警備員さんに挨拶を返しながら、僕は走り出した。

 ちょっと、来るのまだ早くないですかね??


 バス停までの距離はおよそ250m。僕の足をもってすれば、ギリギリ間に合うはずだ。チラッとバスのほうを確認すると、信号に引っかかることなく真っすぐにバス停を目指して走ってきている.........というか、追い抜かれた。


「クッソ!!」


 僕は悪態をつきながら、さらに加速するのだった。






ジャリ、ジャリッ......

ジャリ、ジャリッ



 工場の機械的な加工音から解放され、街中の騒音からも逃げ去り。今僕の耳に入る音は、自分の息遣い、歩く足音、夜風が木々を揺らす音、虫たちの合唱。今までは人間が作り出す音に支配されていたが、ひとたび山の中に入れば、自分と自然が発する音だけになる。

 僕はこの瞬間が大好きだった。本当に、独りになれたような気がするこの瞬間は、何度味わってもいい。


 バスを降り、ゆっくりと舗装路を歩き出した僕は今、未舗装の道を一人歩いていた。昼間は登山客が歩いていたであろう道を、ヘッドライトの明かりを頼りに歩いていく。バスを降りてから歩くこと、30分ほど。本日の目的地に到着した。


「ふぅ~、意外と時間がかかったな」


 すでにキャンプ場近辺の売店などは閉まっているが、そこを素通りして中に入っていく。予約はしてあり、料金は前払いしてるので問題はない。仕事帰りに行く場合、チェックインの仕方さえ十分に確認しておけば問題ないのだ。


「さて、パパッと設営しますかね」


 適当な空きスペース、とはいえ僕以外現状は誰もいないので実質独り占めだ。大きなクヌギの木を見つけて、僕はその下にテントを張ることにした。手慣れた手つきで、テキパキと設営していけば、10分ほどで自分のテントスペースを作り出すことができた。


「さて、晩御飯にする前にちょっと遊びますかね」


 そういって僕は、貴重品だけを身に着けて再度歩き出す。このキャンプサイトの近くには川が流れており、運が良ければ蛍が見れるのだとか。今の時期は無理だが、いつかは見たいなと思う。


 キャンプ場に来たら僕は必ず散策をするように心がけている。全く同じキャンプ場に来ても、毎回キャンプ場が見せてくれる顔は違うのだ。季節、時間帯、人の多さ、周期、そうした事が少し変われば一気に雰囲気を変えてくる。


「おっ、今日の川は冷たいし、心なしか流れが速いな」


 こうした些細な発見が大切なんじゃないかと、僕は何となく思っている。そしてそんな時間を大切にしていきたいとも、思っている。


「う~ん、まだ蚊が増えるには早い時期だと思ってたけど、結構いるなぁ。虫よけを忘れたのが、最悪だな」


 蚊とか、コバエ、蛾って、本当に苦手。無理。できれば半径4m以内に入らないでほしいと願っている。


 キャンプに忘れ物は必ずある。その不足を楽しむのも大事なんじゃないかなぁと、僕は思うのです。うん、無理だね。


「さすがに、寝袋を忘れたときは焦ったなぁ」


 テントを忘れたこともあるが、テントは何とか出来た。でも、寝袋はどうにもできずに、段ボールを大量に仕入れてビニール袋にくるまった覚えがある。


「いやー、懐かしいというか、もう二度としたくないなあれは」


 そんな懐かしい記憶を辿りながら、適当にキャンプ場を散策すること15分。自由気ままに歩き回った僕は、一周して自分のテントまで帰ってきていた。


「さて、晩御飯にしますかね」


 今回は、焚き火用の薪なんか持っていないため、ガスバーナーを利用して調理だ。キャンプ=焚火なんてイメージが定着しているが、僕は面倒な時は直火OKでも焚火はしない。だって、面倒だもん。

 今回はそもそも、仕事帰りであり焚火をする気すらわかなかった。


「さてさて、今日はうどんでも楽しみますかね」


 家から冷凍した状態で持ってきた、うどんと食材たち。それを適当に調理していく。


Step1;クッカーに水を入れて沸騰させる。

Step2;隣で、食材を解凍しつつ広げる

Step3;具材とうどんを投入して、2分ほど見守り、うどんがあったまるのが目安。

Step4;最後に、めんつゆで味を調えてだしを作れば終了。



「できた」


 家で調理するときは、もっと工夫したりするがここでは適当で済ませる。めんつゆだけでも、十分味が整うので問題はない。


ズルルルッ!!

ズルッ!!ズルズルッ!!


「..............あふい、舌やけどした」

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