(幕間) 神性介入 〇二

『ぬぐ……う……シャルロッタ・インテリペリッ! お、覚えてらっしゃい!』


 学園で初めて出会ったシャルロッタ・インテリペリ……辺境の翡翠姫アルキオネの姿は想像以上に美しかった。

 人生で初めて自分より数段美しい女性というのを初めて見た気がする……いやいや私だってちゃんと令嬢としては水準以上の容姿であるはずだ。

 それなのに、彼女は美を司る女神がそこにおわすかのように神々しさすら感じさせる容姿を持っていた……ほんの少しだけ殿下が彼女に求婚したのもわかってしまうような、そんな気もしていた。

 しかもこちらの言葉に対してちゃんとやり返してくるだけの度胸、美しいだけで芯のない令嬢が多い中、彼女はよほど気が強いのだろう、嫌味すら返してきたのだ。

 それがまた気に食わない……見た目なりにおとなしく言われるがままの存在であれば、ここまで対抗心を掻き立てられるることはなかった。


『く、悔しい……殿下の婚約者があれほどとは……でも諦められない……』


 幼い頃より女神への祈りをかかさなかった私はこの頃になると、女神の啓示が聞けるようになっていた……神は神々しく美しい声で私に語りかけてきた。

 私欲を捨てろ、と……手に入らないものを追うよりも祈りと慈愛を持つものになりなさい、と女神様はずっと私に教えてくれていた。

 だけど……一度ついてしまった炎はよほどのことがないと消えることはない、私の心の中に焼きついたあの時の殿下の微笑みがずっと私の心を焦がしていたのだから。

 だから、私はプリムローズを焚き付けることにした……ホワイトスネイク侯爵令嬢にして、殿下の婚約者候補だった女性。

 私と同じように幼い頃から殿下と友人関係にあり、また彼女も殿下への想いを断ち切れなかった一人だ。


『正々堂々ねえ……貴女の口からそんな言葉が出るなんて、思っても見なかったわよ』


 私の言葉にプリムローズもまた辛辣な嫌味を返してきたが……本質的には彼女はライバルではあるが、プリムローズとの共闘であの泥棒猫を追い落とせるのであればと頼ることにした。

 魔法使いの家系にしてホワイトスネイク侯爵家随一の天才と称される彼女であれば、何らかの形で辺境の翡翠姫アルキオネを追い落とせるかもと思ったのだ。

 この際彼女の手腕を借りてでも、自分がまた再び殿下の心を射止めれば良いのだと……自分がプリムローズに負けることなどあり得ないという気持ちもあったかもしれない。

 これでうまくいくと私は思っていた……だが、プリムローズはなぜか悪魔デーモンに魅入られ、挙げ句の果てに学園を襲撃するという事件を起こした。


『……私は領地に戻る、貴女も手に入らないものを追いかけるよりも自分の幸せを探すのね』


 領地に戻る前プリムローズに会いにいくと彼女は憔悴しきった顔でそう答えた……美しかった彼女のそんな表情は見たくないと思っていた。

 ライバルの中でも最もお互いを認め合った仲だったのだ……邪魔な辺境の翡翠姫アルキオネを排除して正々堂々どちらが選ばれるのか、競い合うはずだった。

 だがプリムローズは何かを間違え、そして夢を諦め領地へと引きこもることになった……ライバルが一人減ったことはまあ良いのだけど。

 どうすればあの邪魔な辺境の翡翠姫アルキオネを排除するにはどうすればいいのか……その答えが見つからないまま私は日々を過ごしていた。


『……初めまして美しき姫よ、私の名前は闇征く者ダークストーカー、神の使徒である』


 お父様が連れてきた鳥を模した仮面の男、闇征く者ダークストーカーと名乗るその男は初めから胡散臭かった。

 そもそも人間らしさをかなぐり捨てたかのような不気味な魔力を有し、それを隠そうともしていない……なぜお父様たちはこんな怪しい男を紹介してきたのか、最初は理解できなかった。

 だが……闇征く者ダークストーカーは明らかに格上、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出しているのがわかった。

 だが……こちらが警戒するのを知っているのか知らないのか、彼は思っていたよりも丁寧に話しかけてきた。


『仲間を見つけるといい、君の周りには友人が多いだろう?』


 私はその言葉に従おうと決めた……私一人ではあの辺境の翡翠姫アルキオネを排除することは難しいのだから。

 私の実家は第一王子アンダース殿下の派閥に属しており、彼が王位に就けば改めて神聖騎士団の権威も保たれるだろう。

 資金の提供だけでなく彼が起こしてきた数々の問題を派閥は隠蔽、処理をしてきている……その派閥に属する家の令嬢がちょうど私と同い年であることもあって仲間を見つけるにはちょうど良かったからだ。

 闇征く者ダークストーカーの助言に従い私は友人を見繕うことにして、しばらくはお茶会などで頼もしい友人たりえる令嬢を見繕うことにした。


『……私がですか? まあ……ソフィーヤ様と友人になれるのであれば……』


 スティールハート侯爵家の令嬢ナディア・スティールハートは栗色の髪が特徴的な女性で、気の強さから男性に平気な顔で食ってかかるのだと、同級生が苦笑いを浮かべて話していた方だ。

 実際に話してみると屈託なのない笑顔に、侯爵家令嬢らしくとても礼儀正しい令嬢であり、確かに端々に気の強そうな仕草や表情が窺えるものの、基本的には優しい女性なのだとわかった。

 スティールハート侯爵家は評判があまり良くない……というのも、侯爵家の成り立ちからして少し特殊で表立ってではないが裏稼業により財を成していると噂されている。

 だがその資金力は凄まじく、名目上神に使える身である我が家と比べても第一王子派の資金の大半を彼らが賄っていることもあり、友人になっておくべきだと考えた。


『わ、私は……ご友人になっても良いのでしょうか? 噂はご存知かと思いますが……』


 マリーマンソン伯爵家の令嬢ラヴィーナ・マリー・マンソンはナディアと比べて対象的なくらい、気弱そうで引っ込み思案な女性だった。

 不名誉な噂が彼女には付き纏っている……死霊令嬢、死体とダンスをする死霊使い、夜な夜な死体を求めて墓場を彷徨く食屍鬼。

 だが実際に会ってみると、私を見て恥ずかしそうに照れたり、こちらの顔色を窺って心配そうな表情を浮かべたりと、不思議と小動物を見ているかのような気分にさせられる不思議な少女だった。


『ラヴって呼ぶわよ? 私あなたとお友達になろうと思うの』


 ラヴィーナはその一言で泣きそうな顔になりながらも満面の笑みを浮かべて笑った……不名誉な噂が彼女の周りから人を遠ざけているのは知っていた。

 お茶会で何度も話してみると思ったが、彼女は自分の生まれ持った能力……死霊魔法をちゃんと使いこなしたいだけなのだとわかった。

 根っからの研究者と言っても良い……そして彼女の凄まじいところはその能力をもって一つの軍に匹敵するだけの戦力を用意できることだった。

 私はこれが使、と思ったのだ……死者を冒涜しているなどと口さがないものはいうだろうが、彼女は有益だった。

 だから私にとって大事な友人たりえる、そんな能力を有しているものを私の庇護下に置いた。


『私たちは終生お友達でいましょう? お互いを大事にして、お互いを尊重するような、ね』


 その言葉にナディアもラヴィーナも嬉しそうに微笑むと頷いた。

 聞けば辺境の翡翠姫アルキオネは貴族との交流があまりないらしく、限られた人物とクリストフェル様以外にはあまり接していないのだという。

 貴族令嬢たるものそれではいけないと考えた私はこの二人の他にもたくさんの友達を作って行った……その中で私にとって転機ともいうべき事象が舞い込んできた。

 幼少の頃から私はずっと女神様の声を聞いていた、それは神託というよりは導きとも言えるような声だったのだが、そのことはあまり人には言っていなかったのだが。

 聖教の大司祭様……彼が夢を見たのだと話し始めた、それは聖女に関する予言とも言えるものだった。


『……この国に大きな禍が訪れようとしている、勇者を支える聖女を決めねばならない』


 そこでどういう話し合いが持たれたのか私にはわからない、だがなぜか私には確信があった。

 幼少期より神の声を聞いている私がその聖女となるべきなのだと、これは使命だ……クリストフェル様が勇者の器であるならば、それを満たす聖女は私なのだとそこで確信していた。

 だからお父様にそっと告げたのだ……私は聖女足り得る人物でいたいのだと、そのために努力をしていきたいと。

 お父様は少し驚いてたようだが、少し考えると一度頷いてこう答えた。


『わかっているよソフィーヤ……私もお前が聖女であると信じている、だから少し待ちなさい』

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