第二六〇話 シャルロッタ 一六歳 弑逆 一〇

 ——銀色の戦乙女と向かい合う赤髪の美女……そして美女の後ろで震える一人の男のみがその場には立っていた。


「……シャルロッタ・インテリペリ! 我が軍の兵士をことも無げに退けるとはさすがだ」

 リーヒ・コルドラク……赤髪に金色の瞳を持つ絶世の美女は目の前にいるわたくし相手にも一歩も引き下がることなく胸を張り、そしてビシッ! とわたくしへと指を指して笑う。

 そして彼女の背後でこちらを見て、視線が合うたびに震えながらうひいっ! って叫ぶ男性……ティーチ・ホロバイネン、マカパイン王国の英雄「竜殺し」だ。

 うーん、人間形態のリヒコドラクは数回しか見たことないけど、随分盛ってんなーと思うくらい立派な胸部装甲を持っているわけだが、それが揺れるたびに上下に思わず視線が釣られてしまうのはわたくしも前世が男の子だから仕方ない習性というか、その……まあいいや。

 以前契約を結んだ時などとは比べ物にならないほどの高密度の魔力を彼女の体から感じるが、これは元々リヒコドラク自身が太古より生き続けているレッドドラゴンであることの証左かもしれない。

「……やる気あるんですの? 単に兵士を散開させても意味ないでしょ」


「な!! 伏兵にしていたはずなのに……!」


「……ああ、そういうことね……でも随分数が少なかったわよ?」

 そうだ、森の中を抜けている間に眠りの雲スリープクラウドで眠らせた兵士は二〇〇かそこらだったと思うから、実質的にこの二人が扱える軍隊はその程度の数だということか。

 ティーチ本来の指揮能力であれば万の軍勢を扱っても如才なく動かせるだろうに……何らかのアクシデントか意図があってこのような形になってしまっているのかもしれない。

 王国の英雄という割には扱っている数がショボいな……とはいえ、先のゼレタ村を襲った連中とは匂いが違ったので、多分あそこを襲った連中はまだ別に存在しているということか。

 わたくしは軽く首を捻ってパキパキと音を鳴らすと、リヒコドラ……いいや今の姿はリーヒ・コルドラクだからちゃんとそちらで呼ばなきゃ失礼に当たるか……に向かって話しかける。

「どうして契約をやぶって侵攻したの?」


「その前に一つだけ伝えねばならないことがある、マカパイン王国にも混沌の眷属の手が伸びている」


「へえ……やっぱりそっちもなの?」

 まあイングウェイ王国だけに混沌の眷属が巣食っているとは思ってなかったけど、マカパイン王国もか……ここ最近の彼らの動向から察するに、現在第一王子派との戦闘で手一杯のわたくし達をマカパイン王国を使って陽動さらには機会があれば戦力を削るための駒として使うのであれば軍指揮官としての才能を持つティーチが抜擢されているのはまあ理解できる。

 ただ理解できないのはその指揮官たる才能を持つ彼がたった二〇〇名程度の部隊しか与えられていないことだ……はっきり言って宝の持ち腐れ、豚に真珠、箪笥の肥やし……いかんいかんこの世界にはこんな諺ないからな。

 そんなことを考えていると、リーヒの背後から顔を半分だけ出したティーチがわたくしに向かって話しかける。

「そ、そうなんだ! シャルロッタごしゅじん様、早くなんとかしないと大陸全土の国が危ない!」


「こら! お前がでしゃばるな! ……んんっ! で、我は考えたぞシャルロッタ」

 リーヒが軽くティーチの頭を叩いて彼を引っ込めるが……その叩き方には絶妙な優しさがあり、マカパイン王国に行ってから長い時間この二人には友情のようなものが芽生えているのかもしれないとわたくしは思った。

 レッドドラゴンのパワーで叩いたらティーチの頭が粉砕されちゃうからな……そう言った意味ではちゃんと繊細な力のコントロールができているのだろう。

 しかし……リーヒが契約とはいえ人間であるわたくしの下につくことをよしとしていないことはわかってたけど、このタイミングとは……わたくしは妙に自信ありげなリーヒの表情を眺めながら彼女に尋ねた。

「何かしら? 褒めて欲しいのならそれ相応の態度を取るべきじゃない?」


「ウハハハッ! ああ、お前はそういうやつだシャルロッタ・インテリペリ……我がこの数年どれだけ恥辱に塗れていたのか理解できまい」


「……で? どうしたいの?」

 わたくしが呆れたような表情で彼女へと問いかけると、その表情を見て怒りを覚えたのだろう……ギラリと尖った牙を剥き出しにして唸り声を上げた。

 そういや竜族の一部は無茶苦茶プライドが高いんだっけ……魔獣の王とまで呼称される彼らは、その長い寿命も相まってある意味最強の座に君臨している。

 竜族にもたくさん種類がいて、先日狩ってたワイバーンのように力の弱い竜族なんてのもいるけど……その大きさに比例してその力は強大かつ恐ろしいものへと変化していく。

 だが……以前わたくしがシメたときと全く違いリーヒの魔力はかなりのレベルに達している……訓練でもしたんだろうか?

「我はずっとお前を撃ち倒すことを考えていた……負けてよくわかったよ、以前の我は竜たる存在にかまけて訓練を怠っていたと」


「それで訓練して頑張ったってわけね、前とは随分違う……」


「ああ、そうだ……そしてこの姿によって我は一つの結論へと達した」

 メキメキメキッ! と音を立てて彼女の両腕がレッドドラゴンを思わせる腕へと変化していく……いやこの場合は前足と言うべきだろうか?

 鱗がびっしりと浮き出し、その指には鋭く尖ったかぎ爪が生えていく……おそらくあの爪にかかれば鋼鉄の鎧ですら紙切れのように引き裂かれてしまうに違いない。

 彼女の瞳はまるで爬虫類のように黄金の輝きを持った人ではないそれへと変化していく……だが、彼女本来のレッドドラゴンの姿に完全に変化するわけではなく、人間と竜を掛け合わせたような不気味な姿のまま彼女は軽く吐息を吐くと、その口から軽く炎が噴き出される。

「人間がなぜ強いのか……我ら竜族が常に強者でありつつも、時代ごとに現れる英雄の前に我らは辛酸を舐めてきた……」


「……へぇ……」

 思わず感心してしまう……わたくしの見立てでは今のリーヒは第二階位の悪魔デーモンに匹敵するレベルになっているかもしれない。

 竜人とでもいえばいいのだろうか? いつの間にか彼女の背中付近から伸びた真紅の鱗に覆われた尻尾を軽く地面へと叩きつけるとリーヒはニヤリと笑った。

 その意気やよし……あの時の意趣返しをしなければ彼女は納得できないのだろう……たったワンパンでわたくしにのされたあの時の屈辱を忘れずに生き続けてきたに違いないからだ。

 そしてそういう相手に対してわたくしがやるべきことは一つしかない……こういう時は拳で語り合うだけなのだ。

「ま、どっちが強いのか知りたいってのはわかったわよ……だからわたくしがわ」


「……我はお前のことが大嫌いだシャルロッタ、だからな我の全力でお前を屈服させてやる」


「やれるもんならやってみろよ、できるもんならな」

 わたくしの顔に浮かんだ凶暴な笑みを見て、ティーチがウヒイっ! と声にならない悲鳴をあげて慌ててリーヒの影から走り出すと、彼らの背後にある天幕の中へと隠れていった。

 リーヒのそばにいる方が安全なんだけどな……わたくしは軽く舌打ちをすると、魔力を集中させて天幕を覆うように魔力による結界を展開する。

 ユルがいればこんなこと任せてしまうのだけど、今彼にはクリスを守ってもらうためにここにはきていないからな。

 それにティーチにはまだやってもらわねばならないことがある……現在進行形でインテリペリ辺境伯領を侵攻しているマカパイン王国軍をまとめて連れて帰ってもらわないといけないからだ。

「……ティーチを庇うか、飼い犬には優しいのだな」


「役割がある人間には優しいわよ、それが貴族の嗜みってやつですもの」


「ウハハハハッ! 貴族を語るかこの化け物が……お前の本質は貴族などではない、それは我にだってわかるぞシャルロッタ!」

 そのドラゴンの腕でわたくしを指し示して笑うリーヒ……よくわかってんじゃん。

 あの時しもべにしてあげたのは気まぐれではあったが、やはりこの駒は手元に置いておきたい強者の一人だと思う。

 わたくしはパキパキと指を鳴らすとほんの少しだけ腰を落とした戦闘体勢を取ってから、黙って手招きしてやる……初手くらいくれてやる、どのくらい強いのかわたくしに見せてほしいのだ。

 そのポーズが余裕、いや自分自身を舐めてかかっていると判断したのか、リーヒの顔に怒りの色が浮かび上がる……口元から激しく炎を吐き出しながら彼女は同じように腰を下ろした姿勢となり、その場には一瞬だけ静寂が訪れる。

「……カアアッ!」


「……なっ!」

 ほぼノーモーション、何かを叫ぶかのように大きく口を開けたリーヒから恐ろしい速度の炎が打ち出される……その攻撃はわたくしの防御結界へと衝突すると同時に炸裂し、眼前の空間を真っ赤に染める。

 威力はまあ十分、初見殺しに近い攻撃で普通の人間であればこの一撃で消し炭になったであろうが……炎が晴れていくに従って、その攻撃でも無傷のわたくしが現れたことを見て軽く舌打ちをしたリーヒは一瞬体を沈み込ませるような動作を見せた後、一瞬でその場から姿を消した。

 次の瞬間、バキイイッ! という凄まじい音と共にわたくしから見て右の空間に彼女の鋭い爪が叩きつけられた。

「ウハハハッ!」


「……嬉しそうね?」


「当たり前だッ! お前も顔が緩んでいるぞ?」

 この程度の攻撃であれば防御結界を貫通することはないけど……それでも凄まじい一撃だ。

 満面の笑みを浮かべるリーヒの指摘でわたくしは片手で顔を軽く触るが……確かにね、わたくしの口元は意識なく少しだけ緩んでいる気がする。

 いいね、久々に骨のある相手と戦える……しかもこいつはレッドドラゴンそのものであり、わたくしの攻撃を受けても死ななかったくらいの生命力の持ち主なのだ。

 多少は本気で相手を殴っても大丈夫だという感覚が、わたくしの心を駆り立てている気がする。

 わたくしは笑みを浮かべたままリーヒへと語りかけた。


「こりゃ失礼……ではまあ全力でかかってきなさいリヒコドラク、わたくしはお前の全力をぶつけてようやく届くか届かないかってレベルの強者なのだから」

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