(幕間) ある記録 〇二
「……ふーん……それでアタシのところへ来たってわけね……」
目の前で不敵な笑みを浮かべる少し背の高い中年女性……この国最強の騎士団に所属する
彼女は勇者の片腕として前線で戦い続けた女騎士であり、この国の防衛の要とも言われる騎士団の団長として長年軍勢の指揮を行ってきた存在だ。
女性の地位向上に大きく寄与したとも言われており、この国では彼女に憧れて騎士を目指す女性の数も非常に多い。
「そりゃアタシだって勇者のことは好きだったよ、でも他の連中と違ってアタシの場合は戦友としての好き……いや友情に近いものもあったさ」
彼女は机の上に置かれた小箱から金の縁取りで装飾されたパイプを取り出すと、軽く火をつけて紫色の煙を燻らせると、ふうっ……と吐き出したのち少し遠くを見つめるような表情を浮かべる。
彼女の顔や太い腕には深い傷跡が刻まれており、当時の戦いがいかに激しかったかを物語るような気がして私はその古傷を見つめつつ、再び彼女へと問いかけた。
どうして他の人と違うというのか? 他の二人は勇者のことを想っていた、もしくは今でも想い続けていると応えたがどうして違うのか? と。
「……そりゃあ過去の思い出だからさ、アタシにとってアイツは良き友でありライバルだった……背中を預けて戦える仲間なんてそう多くはないからね、好きかどうかって言われたら好きだったけどさ……」
少し答えにくそうな表情を浮かべて話す
そのまま沈黙の時間が流れ……だが何度か彼女は立ち上る煙を見つめながら、パイプを燻らせていたが何かを決断したかのように大きくため息をつくと、軽く左右に首を振った。
そして私の目をじっと見つめてから、もう一度大きくため息をつくとぽつりぽつりと話し始める。
「しゃーねえな……こういうこと言うと旦那が本気で嫉妬するから言わないようにしてたんだけどさ、確かにアタシもアイツのことは心の底から好きだった……ずっと一緒になりたいって想ってたよ」
少し気恥ずかしそうな顔で頭をガリガリと掻いてから
男性よりも気の強い女性として知られる彼女がここまで恥ずかしそうな表情を浮かべて答えてくれたことに内心喜びを感じながらも、私は彼女がそのまま語り出すのを待つことにした。
ずいぶん長い時間再び沈黙した時間が流れ、彼女の手にあったパイプの火が消えそうになった時、
戦士として彼に絶対に勝てないと思い知らされた時、彼と共に包囲された敵地を突破した戦い……当時の辛く激しい戦闘の様子が目に浮かぶような体験を彼女は話してくれた。
「……でもさあ、アイツ超奥手でよ……腹立ったから一度素っ裸になってアタシには魅力はないのかって迫ったことがあったんだよ、アイツ顔真っ赤にして『服を着てくれ!』って慌てやがってさ……ほんとバカだよね」
勇者が仲間に対して紳士かつ、丁寧に接していたことは記録にも残っている……男性である勇者と、女性で構成されていた旅の仲間、下世話な想像をするものも多く存在するのは致し方ない。
しかし旅の仲間達は一度たりともそんなことはなかった、誘惑しても乗らない鋼鉄の意志を彼は持っていたとだけ答えている。
遠い昔にほんの少しだけ旅をした仲間……しかも彼女達を庇って魔王とともに死んでしまった勇者の遺体は魔法攻撃により消滅し、彼の墓の中には何一つ彼に由来するものは入っていないという。
「……すげー懐かしいな……今更ながらあの時代アタシはアイツを追いかけて、そして最後まで追いつけなかった気がするよ……もしアイツが生きていたらどうなったかな……まあ、仲間内で取り合って修羅場だったか」
それを見ていると『泣いてるんじゃねえ、目にゴミが入ったんだ』と私に告げ、再び天井を見上げてパイプを燻らす
しばらくそうやってぽつりぽつりと昔の思い出を話していく
「……色々話しすぎちまったな、本を書くのであれば役立ててくれ……それとさ、あんた
彼女の言葉に私はその
まだ会っていない、と告げると
落とさないように慌ててそれを掴んだ後、手の中にあるその美しい小枝に目をやるが……その枝自体が世界樹の枝の一つであることに気がつくまでそれほど時間はかからなかった。
「……エルフの森への通行証さ、それがないと入れねーからな……
「……そうですか勇者様の……」
大陸最大の巨大な森林地帯……針葉樹を中心に構成されたエルフ達の集落の中にある木をくり抜いて作られた小さな家、そこにエルフの精霊使いである
勇者と魔王の戦いの後、大陸や世界を復興させるために働き続けていたかつての仲間と違い、エルフ族の彼女だけはこの森の中へと引きこもったまま長い年月を過ごしていた。
勇者のゴシップが囁かれた時も彼女だけは何一つ答えず、ただ遠くを見つめて『勇者様を悪様に話す方がいるのですね……』とだけ答えたと言われている。
「……他の皆さんと会ったのでしょう? みんな彼のことが好きでしたよ……もちろん私もですけど」
にっこりと微笑む
出された薬湯は少し苦味を感じるものだったが、一口ごとに体がポカポカと温まる気がして少し気分が落ち着くような気がする。
そんな私の様子を見ながら、
「この弓はあの人を守った証、私は精霊と共にありますが心はずっとあの人の元にあります、それを思い出させてくれるのはこれだけなのです」
エルフ特有の少し尖った大きな耳が何度か上下に動くと、彼女は『……もうそんなに経過しているのですね、昨日のような出来事だったのに』と呟いた。
そこから彼女はぽつりぽつりと昔あった出来事を話し始める……だがその内容は他の仲間と大きく変わらず、勇者との旅の思い出などが中心だった。
だが他の仲間と少し違うのは、彼女は懐かしそうな表情を浮かべるのではなくまるでそこに彼がいるかのように話をしているという点だった。
私はそれが不思議に感じ、
「……勇者様はあの時私たちを守って命を落とした……世間ではそう言われていますね?」
私は
魔王との戦いの果て、勇者は最後に放たれた魔法攻撃から仲間を守るために旅の仲間へと防御結界を張り巡らせると一人でその攻撃を受け止め、魔王と共に消滅したと言われている。
実際にこれまで会ってきた旅の仲間達はそう話していたし、それがなければ死んでいたとも私へと伝えている。
その言葉が何を意味しているのかわからず問うと、
「勇者様はその身を滅ぼされても魂は女神の元へと召されました……それは本質的な意味での死ではありません」
言葉の意味がわからずきょとんとしていると
そこからしばらく沈黙の時間が続き……
他愛もない勇者との話……日常の思い出や、戦いの記憶など……他愛のない話が続いた後、
これ以上は話を聞くことはできないだろう……そういった空気を感じて私は一度お礼を言うと椅子から立ち上がり、その場を離れるために彼女に背を向けたがそこでポツリと
「……勇者様は今でもその魂が生き続けています……私にはわかります、もう一つの世界……私たちが知らないそこで彼はずっと戦い続けているのです」
——勇者の物語……それはどの世界にもあるちょっとした英雄の話だ。
だが旅の仲間へと尋ねた話は日常に存在しているごく普通の青年の姿……シャイな性格でとてもではないが、仲間を弄ぶことのない高潔な姿。
ゴシップが世に出た時に、それを否定し続けた仲間達がいまだに彼のことを想っていることが私には驚きだった。
だがその彼はもうこの世界にはいない……その時世界は尊い命を失ってしまった……だがその彼が別の世界で生きていて、今も戦い続けているのであれば、私は彼に伝えたい。
今もなお貴方のことを想い続けている仲間がいるのだと言うことを……そして彼女達は今でも貴方のことを慕っているのだと言うことを、心の底から彼に伝えたいと想ったのだった。
レーヴェンティオラに住まう平凡な書記の記録より。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます