(幕間) 雷鳴 〇二

なろう版ランクイン記念の幕間エピソードです。

元々プロットから落としてた話なのですが、読んでいただけますと幸いです。

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「……気がついたのね、良い子よユル。放置しようかと思ったけど不味そうなのね?」


「混沌……それに属する何かの匂い、この森自体エスタデルの近郊ですし、ついでなので倒しておいても良いかもしれません」

 シャルロッタの言葉に軽く頷いてからユルは一旦立ち止まる……すでに先程の狩りでかなりの時間を浪費しているのだが、それでも見逃せない匂いを感じてしまったのだから、言わなくてはいけないだろうと思ったのだ。

 契約者である少女はそんな幻獣ガルムと目が合うと、ニコリと微笑む……わかっていた、とでも言いたげな目だ、時折この年若い少女は練達の戦士のような目を見せるが、それもまた彼女の奥深さを感じられるのだと、自分に言い聞かせる。

「わかった、どうせ扉は開かない様に細工しているし寄り道しても問題ございませんわ、向かってちょうだいな」


「承知、掴まってください」

 再び走り出すユル……まるで風のように森の中を疾走していく、全力で疾走することは気持ちが良い、幻獣界においても走ることは素晴らしい体験だった。

 この世界においても走ることは幻獣ガルムの欲求をうまく満たしてくれそうだ……ユルは口元を歪めて走っていくが、その背中に乗るシャルロッタも同じく口の端を少し歪めて微笑む。

 恐怖は感じていないようだ……彼女との契約により感情の一部はお互いに共有されるようになっており、彼女が怒ればユルも怒りを感じ、嬉しければ幸福感を共有できる。

「本当に素晴らしいですわ……」


「喜んでいただけるのは従僕として喜びを感じますな」

 ユルの言葉にシャルロッタは優しく微笑むが、その感情がガルムへと伝わりこそばゆい気持ちになってしまい、ほんの少しだけ速度が落ちる。

 この先に待つ混沌の眷属、この匂いには記憶がある……混沌がなんであるのか、と言うのは幻獣界へと戻った古老の記憶から共有されたことがある。

 世界の癌、染み出す汚れ、汚物のような存在……古老はそう表現していたが、ユル自身は混沌の眷属と遭遇したのは、先日の悪魔デーモンが初めてだ。

 あの時恐怖を感じて怯んでしまったが……この主人と一緒であれば……。

「……ユル、跳んで」


 シャルロッタの言葉に反応して一気に跳躍する……空中に身を踊らせたユルとシャルロッタを追いかけるように、地面が割れて巨大な影が彼らを追いかけるかのように飛び出してくる。

 身の丈は五メートルほどあるだろうか、体は筋肉質な人間型であり肌は朱色が混じったまだら模様であり、明らかに異形の生物であることがわかる……そしてその頭部はまるでタコを模したかのような形状をしており、複数の触手がうねるように蠢いている。

「キシャアアアアアッ!」


「これは……」


「ウォクタパス……混沌の眷属ね」

 ユルの背に乗るシャルロッタがポツリと呟いたことで、彼もその存在を思い出す……ウォクタパス、その大きさはまちまちで、今目の前にいる個体は相当に巨大だ……ここまで成長する個体がいるとは、という気分にさせられる。

 この怪物は混沌神が生み出した生物の中でも最も凶暴且つ粗暴であり、人間に似た姿をしているが本能的に生命を貪り食うことしか考えていない狂戦士バーサーカーのような存在でもある。

 個体により能力の差が激しく……毒の息吹ポイズンブレスを吐き出す個体などもいるため一般人が出会ったら死を待つしかないという危険な生物なのだ。

「これは……凄まじい大きさですな……」


「……だからって、放置は致しかねますわね」

 シャルロッタがおもむろに小剣ショートソードを抜き放ちユルの背中から跳ぶと、巨大な怪物目掛けて切り掛かる。主人が従僕を置いていくなどと……と焦りを感じるが、ユルは慌てて空中で姿勢を変化させると、木の幹を蹴って地面へと降り立つ。

 ウォクタパスは少女が小剣ショートソードを片手に落下してくるのを捕食のチャンスと捉えたのだろう……シャルロッタを鷲掴みに出来そうな大きさの右手を彼女へと向けて広げる。

「シャル!」


「安心なさいまし……動きは恐ろしく緩慢ですわ」

 シャルロッタの口元に笑みが浮かぶと、彼女は虚空を蹴るかのように急加速し、凄まじい速度で小剣ショートソードを振るう……巨大なウォクタパスの右手が一瞬の剣閃の後、手首から切り落とされて紫色の血液が吹き出す。

 呆然とした顔をした怪物が自身の右手が地面に落ちるのを見て、声にならない悲鳴をあげる……その横で何事もなく地面へと着地したシャルロッタが自らよりも巨大な怪物に向かって小剣ショートソードの切先を向けた。

「ウォクタパスなら再生能力がありましたわよね? 退屈させないでくださいまし」


 怒りに震えながらウォクタパスは笑顔で立っているシャルロッタに向き直るが、切り落とされた右手首からズルズルと音を立てながら新しい手が生えていく。

 先ほどシャルロッタによって切り裂かれ地面に落ちた右手は黒い煙を上げながら消滅していくが、その巨体だけでなく再生能力も恐ろしいレベルにまで達しているのか、とユルは背筋を冷たくする。

 だが、シャルロッタはそんなユルに気がついたのか彼に軽くウインクすると、微笑を浮かべる……そして彼女が放った言葉にユルはこれまでにない高揚感を感じたのだ。

「ユル、私の従僕であれば堂々としていなさい……あなたはこのシャルロッタ・インテリペリに認められ契約をした、唯一のガルムなのですわ」


「ウォオオオオン!」

 ユルの全身に魔力の炎が灯ると、尻尾の先が発火し炎となって辺りに火花を散らしていく……幻獣ガルムの能力の一つである地獄の炎を纏った彼はウォクタパスへと突進する。

 矢のような速度で迫るユルをウォクタパスが薙ぎ払おうとするが、その緩慢な動作では凄まじい速度で走るユルを捉えられない、逆に突き出した左手を炎を纏った鋭い爪で切り裂くと、血飛沫と共に怪物の左手が地面へと落ちる。

 強くなる……我はシャルと共にあることでより強く、高位の存在へと進化ができるかもしれない……だが、切り裂いたはずの怪物の左手が再び生えていく。


「……厄介な……いくらなんでも再生速度が早すぎますな」

 いくら再生能力が高いとはいえこの個体の再生能力が異常すぎる……過去にガルムたちが持ち帰った知識の中でもウォクタパスは個体ごとに能力に差異がありすぎるため、一概にどう対処するのかが難しいとされている。

 だが、それでも生物というくびきからは逃れることはできていない、過去には勇者がウォクタパスを細切れにして倒した、という記録もあるため最悪肉体を引きちぎり、バラバラに砕いてしまえば殺せるのだろう。

「……安心してくださいまし、生物というのは首を断ち切れば死にますわ」


「シャル……」


「援護を、一撃で首を断ち切ればどれだけ強力な怪物でも倒せますわ、わたくしを信じなさい……ユル」

 まあ、首を切っても死なない不死者アンデッドなどは多少ながら存在しているが、それでも首を切り落とされた生物が生きていた、という伝説などはほとんど存在していない。

 シャルロッタは腰だめに小剣ショートソードを構え、ほんの少し腰を落とした前傾姿勢をとる、口元には微笑が浮かんでいるが、それは闘いの高揚感からだろうか? それとも。

 ユルは敬愛する主人の言葉を信じてウォクタパスの注意を引くべく、一気に突進する……ガルムの鋭い爪や牙、そして全身に纏った炎が怪物を焦がす。


「キィイイイヤアアアァツ!」

 奇声を上げて、触手をうねらせながら動きの速いユルを必死に捉えようと暴れ回るウォクタパス……十分に引き付けただろうか?

 ユルが相手への攻撃を繰り出しながら自らの主人へと視線を動かすと、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべているのが見えた。

 彼女の全身に漲る魔力が、まるで放電しているかのように時折音を立て彼女の表面を走っているのが見える……ユルは咄嗟に彼女の繰り出す攻撃に巻き込まれないように、ウォクタパスの体を蹴り飛ばして一気に距離をとった。

「シャルッ!」


「上出来よ、ユル……あとで撫でてあげるわ……我が白刃、切り裂けぬものなし」

 危険を察知したのかウォクタパスがシャルロッタへと向き直り両手をクロスさせるような防御態勢を取る。

 しかし次の瞬間、解き放たれた稲妻の如くシャルロッタの姿が消え失せる……そして雷鳴の如き轟音と、その体に纏った雷と共に彼女はウォクタパスの後背へと出現する。


剣戦闘術ブレードアーツ一の秘剣……雷鳴乃太刀サンダーストラック

 ウォクタパスの防御姿勢をとった両腕と、その蛸のような形状をした頭が地面へとゴロリ、と落ちると少しの間をおいて紫色の血液が吹き出し、巨体がふらつくように何度が揺れ動くと地面へとドオッ! と倒れ伏し紫色の煙を上げて肉体が溶けていく。

 ぴくりとも動かない怪物を見て、ユルはほっと息を吐く……そして彼の主人は軽く小剣ショートソードを振ると鞘に納め、ユルに向かってこの世のものとは思えないくらいの美しさで微笑んだ。

「お疲れ様……帰りましょうか私たちの家へ」




 ——インテリペリ辺境伯領、領都エスタデルの守衛所に不思議な記録がある。

 ある日、雲ひとつない晴れ渡った空に突然雷鳴が木霊した……魔法使いによる魔法使用の形跡もなく、付近の住民たちも雷が落ちたような形跡はなかったと証言している。

 またそれ以降、一角兎ホーンラビットの捕獲数が上昇に転じ、いつも通りの日常が戻ってきた、と記録に残されているが、その記述に気を留めるものは存在していない。

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