第二話 シャルロッタ・インテリペリ 一〇歳 〇一

 ——そうして俺は再び転生した。


 世界を救い、そして女神に愛された俺は元のレーヴェンティオラと言う世界から、もう一つの世界であるマルヴァースへと再転生し、勇者としての能力を有したまま人生イージーモードの貴族へと生まれ変わり、再び人生をやり直すことになった……はずだった。


 ——はずだったんだよ。


 あの再転生からちょうど一〇年が経過し、俺はこの世界で一〇歳となった。

 転生してすぐ四歳の頃にはっきりとした自分の自我が甦り、俺はそこからこの転生したマルヴァースという世界のことを理解していくことになった。

 本当に助かったのは貴族の家に生まれ落ちたこと……平民でも良かったのだけど貴族スタートであれば知識を吸収するには好都合な環境が整っていると言っても良いかもしれないから。

 マルヴァースは確かに剣と魔法、そして魔法文明の世界だった……ほんの少しだけ説明が足りないとすれば、この世界にも危険な魔物はちゃんといるし決して安全な場所ではないということだ。


 俺が転生した貴族、インテリペリ伯爵家はこの世界でも有数の大国、大陸最強の国家であるイングウェイ王国の一地方を治める貴族で、いわゆる辺境伯に分類される名門貴族だった。

 地方を統治しつつ魔物との戦いや、時には他国との小競り合いをする……いわゆる武闘派ってやつで、上に三人兄がいるが全て騎士として活動している。

 インテリペリ辺境伯家の子供、というだけで王国の中では一目置かれる存在になる上に長年の魔物との闘争で潤沢な軍事力と、資金力を併せ持ったいわゆるチート貴族というやつだ。


 恵まれた家に生まれたのは確かに女神様の恩寵なのだろう、それには感謝している。

 でもさ、俺が考えていたものと全然違うことが一つだけあるんだ、貴族家に生まれて、勇者として所有していた全ての能力も持って、それでいて前世とは違う世界にきて、何不自由ない生活に甘んじているのだけど、全然望んでいなかったことが一つだけあるんだ。




 俺は鏡に映る自分の姿を見てハアッ、と大きくため息をつく……目の前の鏡は前世の勇者時代では王城などでしか見たことがないようないわゆる姿見と呼ばれる大きなもので、歪みもなく俺の姿を映している。

 目の前にある姿見に映るのは、まだ幼いが白銀に輝く長い髪と、切れ長で美しいエメラルドグリーンの瞳がチャーミングな少女が立っており、これまた恐ろしく高価そうな仕立ての良いドレスに身を包んで不満げな顔で俺自身を見つめているのだ。

 誰だろね、この美少女……顔立ちは年相応だけど男性として見た時に思わずドキッとしてしまうくらい整った顔立ちなのは間違いないね。


「今日もお美しいですわぁ、シャルロッタ様ぁ……王国随一の美女と呼ばれるのもそう遠くはないのですわ」

 俺の髪を櫛で解かしながら、その銀色の髪の毛をうっとりとした表情で眺める侍女頭を務めるマーサが俺に話しかける……そんな彼女にそっと微笑むと、その後ろに控えている別の侍女が騒ぎ始める。

 そう、俺……いやわたくしはシャルロッタ・インテリペリ辺境伯家令嬢として転生している。

 前々世は日本人の男子大学生の時にトラックに跳ねられて死に、前世はレーヴェンティオラに生まれ落ちた勇者であるラインとして死んだ。

 で、このマルヴァースに来たら、なんでこんなに超絶美少女に生まれ変わってんの?! この体じゃ勇者としての能力を発揮したら完全に英雄か化け物扱いだよ。

「お嬢様は本当にお美しいわ……腕がなりますわぁ」


「どんな素敵な殿方から見初められるのかしら……」


「王都にいらっしゃる王子様じゃないかしらねえ……」

 侍女たちが口々に騒ぎ始めるが……まだ一〇歳だというのにもう結婚の話かよ、貴族ってのも楽じゃないんだな。俺は多少げっそりした気分でその話を聞いている。

 見た目や肉体はシャルロッタそのものだけど、中身は男性なのだから……結婚なんかしたらどうなってしまうのか、今から考えるだけで恐ろしい。

 前世の世界もそうだったが、貴族というのは凄まじい美形揃いで、シャルロッタの父や母、三人いる兄たちも乙女ゲームの世界かよって位の美形揃いだった。

 王都には数回しか行ったことがないが、会う貴族全てが美形揃いだったのを覚えている……ってなんか貴族ってだけで容姿に恵まれてるというのはおかしくないか?


「……わたくしはまだ結婚など考えておりませんわ……それよりも早く支度してしまいましょう」

 俺……いや意識しないと素が出そうで相当に考えながら喋らないといけないのだが、わたくしがマーサに答えると彼女たちは目を輝かせてわたくしのドレスやアクセサリーをつけていく。

 一〇年間この世界、インテリペリ辺境伯家で暮らしていて貴族としての生活は正直息が詰まりそうで辛いなと思ったことは何度かある。

 ただこの王国では優秀な平民と、全ての貴族の子弟は王都にある学園で学ぶことになっているらしく、あと五年間頑張れば少しだけ息抜きができるかもしれないと多少期待している自分がいる。

「……お嬢様、最近は領内に魔物の出没が目立っているそうですわ、怖いですね」


「ウォルフガング様が討伐に向かわれたとか……お嬢様もご心配ですわね……」

 侍女の一人が心配そうな面持ちでわたくしに話しかけてくる、ウォルフガングは一番上の兄だ。銀色の髪にわたくしと同じライムグリーンの目をした超絶美形のお兄様で、今年二八歳だった。

 騎士としても、人間としても尊敬できる正義感の強い人物で、最近は領内において魔物の討伐を担当しており、魔物の被害が深刻にならないのはこの長兄が優秀だからだろうな。

「そうなんですの? でもお兄様たちがいるのですから、安心してくださいましね」


 わたくしが優しく微笑み、支度が出来上がったのを確認するため軽くクルリと回るようにその場でステップを刻む……ドレスは銀色の髪に合わせているのか少し暗めの色合いだが、ピンク色の花などをあしらったとても高価なもので、俺から見てもまごうことなき美少女貴族が鏡の中に映っている。

 うーん、一〇〇点満点……前世までだったら惚れちゃったかもしれないねえ、なんでこんなに可愛いんだろわたくし。

 銀色の髪が軽くたなびくとサラサラと魔導ランプの光に照らされて美しく輝くのがわかる……わたくしはマーサを含め他の侍女たちに軽く頭を下げて支度を手伝ってもらったお礼を告げる。

「今日もありがとう……ではお庭へ向かいましょうか」




「シャル……こっちですよ」


「お母さま、今日もご機嫌麗しゅう……」

 お茶の相手はお母様で、彼女はすでに屋敷から少し離れた場所にある高台に設置されている庭園で待っていてくれていた。

 インテリペリ辺境伯夫人ラーナ・ロブ・インテリペリ、元々は王都に居住しているハロウィン侯爵家のご令嬢だったと聞いているが、流石に根っからの貴族らしく気品に溢れた表情と印象を醸し出している。

 わたくしはお母様の前で一度スカートを軽く上げて頭を下げてお辞儀……いわゆるカーテシーを見せる……貴族としての礼儀作法、勉強、言葉遣いなど一〇年間でみっちり叩き込まれている。

 元々大人だったのだから、言葉遣いなどは気をつければそれっぽくなるし、勉強も元々日本で生活している時からそれほど苦ではなかったので、覚えりゃなんとかなるわ、とは思っていた。

 それでもめちゃくちゃ勉強や習い事はキツかった……いやそれは今でも続いているのだけどね。

「シャルは今日も可愛いわ、侍女たちには褒美をあげなくてはね……こちらへいらっしゃい」


「はい、失礼いたしますわ」

 お母様はわたくしよりもくすんだ銀色の髪を編み上げており、目の色はヘーゼルナッツのような色合いをした美女だ……体つきはグラマラスという言葉がそのまま当てはまるような体型で、正直目のやり場に困るレベルのスタイルを見せている。

 ドレスは少し胸元を強調したものになっていて、彼女の妖艶さをより引き立たせているが……もしかしてわたくしもこんななっちゃうのだろうか、というある意味期待と、恐れのようなものを感じる。

「シャルはあと五年もすれば王都に入学することになるわね……」


 お茶会が始まってから少し経って、お母様は急に悲しそうな顔で話しかけてくる……あと五年か、王立学園では貴族同士の交流だけでなく、成績優秀な平民との交流なども行われる。

 とは言ってもそれ自体は形式上のことで、実際には貴族同士で固まって行動することが多いらしい……インテリペリ伯爵家は名門貴族の一つでもあるし、軍事的要衝を治めていることもあって別格扱いらしく、お兄様たちは学園でも良い暮らしができていたと話していたっけ。

「はい、わたくしは同年代のお友達ができるのを楽しみにしておりますわ」


「……悪い虫がつかないようにしないといけませんね……シャルは自分が思っているよりもはるかに綺麗なのですから」

 心配そうなお母様の顔だが、安心してください、わたくし自分が超絶美少女だって自覚はちゃんとあるんで! とも返せず、よくわかんねーわという意味で困ったような表情を浮かべ首を傾げる。

 そんなわたくしの表情を見て、微笑を浮かべるお母様……多分わたくしが貴族の箱入り娘に育てたって自覚はあるんだろうな、実際にわたくしとの交流を許されている人物は恐ろしく少ないわけだし。

 とはいえここで入学の芽を潰されても困るわたくしは、お母様に笑顔でちょっとだけやる気のあるところを見せることにした。


「でもわたくし、ちゃんと学校でお勉強をしたいと思っておりますの……学園はちゃんと通いたいですわ!」

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