第2話 絶望への初撃

 あれは忘れもしない、高校2年の10月末頃。



=====


「アルくん......ほんとにママ活なんてしてたんだね......。ほんとに信じらんない......。汚いよっ!」


「いや、ほんとに違うんだって! 俺はそんなことしてない! 俺もなんでそんな事になってるかほんとにわからないんだ!」


「............こんなに証拠あるし、実際にアルくんがママ活してるとこ見たって子もいるんだよ!」


「それだってなにかの間違いなんだ! こう......頼むよ......俺のこと、信じてくれよ」


「それじゃあ一昨日の土曜日、誰とどこにいたの?」


「ど、土曜日? えっと、確か、家で土曜日は中間テストの勉強してたと思うけど......」


「この嘘つき。私、その日に街でアルくんが年上の女の人と腕くんで歩いてるところ見たんだから。......私は親戚の人かもって思おうとしてたのに、そんなふうに嘘つくってことはやましことがあるんだ」


「いや、俺はほんとに家にいたんだって! 他人の空似なんじゃないのか!?」


「私がアルくんを見間違えるわけないじゃん。アルくんじゃないんだからそこまで薄情じゃないよ、私」


「待って待って! 一旦落ち着いて話そう! 絶対なにかの誤解があるんだ!」


「........................素直に謝ってくれたら話くらい聞いてあげてもいいかなって思ってたけど、もう知らない。私が不貞とかだいっきらいなこと、何回も話したし知ってるよね?」


「知ってる! 俺だって浮気とか不貞とか嫌いなんだ! 倖だってその事知ってるだろ!?」


「知ってるよ。知ってるからこそ許せない。自分がされて嫌なことするなんて。結局アルくんもお父さんと一緒のクズだったんだ。マジありえないから。二度と近寄らないで。それじゃ、さよなら」


「待って......。待ってくれって!」



 呼び止める俺の声も聞かず、俺に背を向けて中庭から去っていこうとする彼女、矢櫃倖やびつこう


 俺の彼女であるこうから、放課後に人気の少ない中庭に呼び出されたかと思ったらコレ。

 意味がわからない。


 俺が、ママ活? 証拠? 土曜日にでかけてた?

 そんなわけない。俺には当然そんなことをした記憶はないし、土曜は確かに家で勉強してた。


 両親は家にいなかったし、証拠とかはないから証明するのは難しいけど......。


 よくわからないけど、倖という彼女がいるのに俺が浮気したと思われて振られたらしい。

 っていうか、俺の話を全く聞かずに言いたいことだけ言って別れようとするなんてひどくないか!?


 朝までは俺たちラブラブだったじゃないか!?

 いや、最近の倖はちょっとだけ余所余所しかったりしたかもしれないけど。


 それでも今放ってるほどの憎しみの気配は感じられなかった。


 絶対に何か誤解がある。それか、誰かの謀略に嵌められようとしているとしか思えない。


 なんにしても、ここで倖を帰してしまったら、誤解を解くのが難しくなってしまう気がしてならない。

 ちゃんと話を聞いてもらわないと。


「倖! 待ってくれってば!」



 俺が彼女の背中に駆け寄って手首をつかもうとした瞬間。


 どんっ!!! と強い衝撃が後ろの方から加わる。

 意味もわからないまま、衝撃のままに派手にコケる俺。


 冷たい目で俺を見下ろす倖の視線に混乱した俺の耳に、男の声が聞こえてくる。


女楽めら、そこまでだ。それ以上矢櫃やびつさんに近づくな」


「なっ!? 急になんだ!?」



 後ろを振り返ってみると、俺と同じように地面に転びつつも、俺とは違ってうまく受け身をとったらしい男。それを見てさっきの衝撃の意味がわかった。

 クラスメイトで仲の良い男友だちが、俺にタックルを仕掛けてきたってことらしい。


 他にも数人のクラスメイトの男女が背後に佇んで俺を見下ろしていた。


「女楽が矢櫃さんを悲しませようとするからだ!」


「そうよ! ほら、女楽くんは私たちが留めておくから、矢櫃さんは早く行って!」


「うん、ありがと。それじゃ、アルくん......いや、女楽くん、ほんと、二度と近づかないでよね」


「い、いやだ! 待ってくれ、こう!」


「いい加減にしろ!」


「お前、なんなんだよ! 放してくれ! 今、倖と話さないとダメなんだ! 誤解を解かないとだめなんだよ!」


「うるせぇ! 言い訳は俺たちが聞いてやるから今はおとなしくしとけ!」


「放せ。放せええエエェェぇぇぇぇ」







 結局、俺はクラスメイトたちに取り押さえられたまま、倖を見送ることになった。

 そして今、何故かクラスメイトたちに尋問されている。


 ............いや、これは尋問なんかじゃない。魔女裁判ってやつだ。


「ママ活とかしてたくせに倖ちゃんに馴れ馴れしくしないで!」


「今まで格好いいと思ってたけど裏切られた気分だよ!」


「矢櫃さんを裏切るとか、いくら女楽でも擁護できねぇよ」


「そうだそうだ。お前だから矢櫃さんと付き合ってもしょうがないかって諦めたのに。こんな仕打ち、ねぇよ」


「爽やか好青年って感じのツラで今まで俺らを騙してたんだな。頼むから死んでくれ」


「まじで死んでくれ。お前が良いやつだって思ってたから諦めたってのに、こんなクズ野郎だったとはな」


「もうあんたの悪行は学校中に周知したから。覚悟しとくんだね」



 俺の弁明を聞くことなく投げかけられる罵詈雑言。

 俺にこんなことをされる謂れはない。無根拠に俺を糾弾するとか、倖もこいつらも、一体何なんだ。


「俺はそんなことやってない! 冤罪でそこまで言われるのは勘弁ならないぞ!」


「うわっ、言い返してきた。真っ黒のくせに」


「見ろよコレ。こうやってどう見ても女楽がおばさんと腕を組んで歩いてるところを撮った写真が何枚もあるんだぜ! 今更言い逃れなんてできねぇよ!」


「な、なんだコレ......?」



 クラスメイトの1人が俺の前に差し出した写真たちには、確かに俺にしか見えない男が、誰とも知らないおばさんたちと楽しそうに腕を組んでいる姿が写っていた。



=====



 と、まぁそんな感じで俺の知らない俺の姿が写った写真たちが俺の言い分をことごとく棄却していった。


 こうして、中1で出会ってから高校2年の真ん中まで良好な関係を築いてこれたと思っていた矢櫃倖との関係はあっけなく終わりを告げた。


 そして、それまで過度な刺激はなくとも楽しく過ごしてきた俺の学生生活、いや、俺の人生は、一気に地獄に変わった。

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