三話

「とにかく親父とお袋は普通の人よりも心配症で、どこか不安になりやすいところがある、と俺は思ってる。今思い返せば、俺が小さい頃からそうだったんだ。一生懸命働いて、俺をここまで育ててくれたことに感謝はしてるけどね。

 とまあ、俺の両親の話はここまでにすることにして、肝心なのは、俺は生まれた時からずっと親の影響を受けているということなんだ。どんな人でも、育った環境の影響を受ける。特に、両親の影響をね。それはまず間違いないと思う。遺伝する、と言っても良いかも知れない」


あまり断定的な物の言い方をしないのも、彼の特徴だった。


「実は、俺自身も不安を抱くことが多かったんだ。両親の影響を少なからず受け続けて、ね。何を、どこで、不安と思うかは人と少しずれたところもあったけど」


あ、でもごめん。彼は言う。


「だからと言って、俺は親父とお袋のことを責める気持ちはない。それは誤解しないで続きを聞いてくれる?」

「うん、大丈夫」

 私はそれだけ言った。川の水面が太陽の光に反射して、キラキラと光っている。私の幼い頃、昔は江戸川で泳げたんだよ。おじいちゃんがそう話していたのを思い出した。


「俺が、不安を自覚したのは、つい一年半くらい前のことだ」

「それは、あたし達が付き合うよりも前の話ね」

「そうだね」


 彼が、前を向いたまま頷く。


「本当の原因は何だったのか、それは今でもよく分からない。ただ、引き金となったのは、塾の生徒について考えている時だった。あの塾でバイト始めたばかりだったのに、いきなり大学受験生二人を受け持つことになってさ・・・」


「ハヤト君とサトコちゃん」

私が思い出したように呟く。

「そう、あの二人。俺、大学一年の時は他の塾でバイトしてたから、塾講師経験者だったし。仕方なかったと言えば仕方なかったよね」


 結果的に、その二人の生徒は希望の大学に進学することができたのだった。



「あれは夏期講習が始まる前の日だったな。そう、確か日曜日の夜だ。正直言って、二人とも目標としている大学の偏差値の基準に遠く及ばなかった。かと言って特に危機感を抱くわけでもなく、あまり勉強にも身が入っていなかった。

 正直、俺は一人悩んでたんだ。このままじゃ、あの二人は絶対に合格できない、って。どうすれば良いのかなあ?あの二人・・・。そんな具合にね。加えて自分の指導力の足りなさ、にもね」



 彼が、沈黙した。無言の時間が流れる。どうしたの?その言葉が喉まで出かかった時、

「突然、震え出したんだ」

と、静かに口を開く。発言の内容とは裏腹、とても穏やかな話し方だった。

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