第12話 最後の通話

 美夜は酒を飲んだ時こそ暴れるわ、訳の分からないことで絡んでくるわで最悪な奴だが普段の、しかもこんな状況において冗談でそんなことをいう奴ではない。


 つまりこれは避けようもない事実。


 だがあり得ない。意識があるのなら治癒の力を使えるはずだ。


 美夜に与えられた治癒の力があれば、生きてさえいればどうにかなるほど強力な治癒力を誇るのだ。


 それなのに助からない状況があるとは思えない。


「すぐにそっちに向かうから居場所を教えろ!」

「場所はメールしておいたけどたぶん間に合わないわよ。残念ながら致命傷に加えて止めの呪いまで喰らっちゃったから残り時間はあと少しだけだもの」

「諦めるな! 傷も呪いもお前の力でどうとでもなるだろうが!」


 そんなことを力の持ち主である美夜が分からない訳がないと頭で理解しているのにそんな発言をしてしまう。


「そうね、私の力が使えたら何も問題なかったんだけど」

「お前の治癒の力は異世界の神から授けられた力、ユニークスキルのはずだ! スキル封印とかも効かないはず。なのにどうしてそれが使えないんだ!?」


 それとも俺の知らないユニークスキルを封じる方法でもあるのか。


 そう思ったが返って来た答えは予想とはまるで違っていた。


「違う。話は単純で魔力切れで使えないのよ」

「魔力切れだって。いや、時間が経てば魔力は回復するだろう。魔力が1でもあればお前の力で延命は十分に可能なはず」

「そうね、私もこうなるまではそう思い込んでいた」

「……まさか、違うのか?」


 そこで俺は気付いた。


 自分の習得したスキルしかり細かいところで仕様が変更されている点があったことを。


 だとしたら魔力(MP)が異世界と同じで時間で回復するという思い込みが正しいとどうして言い切れるだろうか。


「時間が経っても中々魔力が回復しないから少し前から変だとは思ってたのよ。だから念のために最低限の魔力は残しておいたんだけど、敵に魔力吸収されたのが運の尽きね」

「いや、でも、ショップに魔力回復薬があったはずだ。それを飲めば……」

「それも駄目だったの。どうやらこっちでは魔力、いいえMPの回復する方法は異世界とはまるで違うみたい」


 MPが少なくなったことで危険と判断した美夜が購入したMP回復薬は特定の場所、魔力スポットと呼ばれる場所でしかその効果を発揮しないとのことだった。


 そして美夜が居る場所は魔力スポットではない。

 つまり幾ら薬を飲んでもMPは回復しない。


 どうにかして活路はないか考えるかまるで思いつかない。


 メールで送られてきた場所はここからどうやっても30分以上は掛かる。

 駄目だ、どう考えても詰んでいる。


「……本当に、どうしようもないんだな」

「ええ、あと五分以内にここに来れないのなら無理」


 空間跳躍では登録した地点へしか行けない。

 駄目だ、どうしようもない。


「そうか……すまない」

「謝らないでよ。こういう状況に慣れていると自惚れて異世界と同じだと勝手に思い込んでた私が浅はかだっただけ。譲のせいじゃないわ。あーあ、勇者パーティの一員なのにこんな序盤も序盤で脱落することになるとは思いもしなかったわよ」


 冗談めかして美夜はそう言う。これは死を覚悟しての最後の会話だ。


 俺は装甲車に乗り込むと美夜の元に向かいながら会話を続ける。

 きっとあいつもそれを望んでいるから。


「そう言えば妹さんは助けられたの?」

「ああ、ギリギリだったけど無事に保護できたよ。お前が背中を押してくれたおかげだ」

「ならよかった。あ、もしかして私の方に来ておけばよかったとか考えてるんじゃないでしょうね。そんなことしたら家族を見殺しにすることになってたんだから変に気を病むようなことしないように。いいわね?」

「……分かってる」


 違う。俺がもっと早くMP周りの仕様が異世界と違うことに気付いていればよかったのだ。


 そうすればどちらも助けられる方法があったかもしれない。


 気付くのが遅れた原因は分かっている。


 無限魔力のせいで俺は常にMPが零のままだったからだ。


 その状態でもユニークスキルのせいで実質的にはMPを使い放題だったからこそ、MPが特定の条件でなければ回復しないなんて可能性を思い浮かべることもしなかった。


(異世界での経験があるからって思い込みで検証を怠った俺のミスだ)


 そうやって懺悔したといても美夜を困らせるだけ。


 だから俺は黙ってその事実を胸に強く刻み込む。

 またこうして自分の力が足りないせいで仲間を失うことになるのだと。


 唇を噛んで今にも暴れたい衝動を必死に抑える。


 こうして共に過ごした誰かが死に逝くのを見届けるのはもう何度も経験しているがいつまで経ってもちっとも慣れはしない。


「でもこういう仕様だからこそ、あんたの莫大な魔力とそれを他者に分け与えられるスキルは絶大な効果を発揮するはず。だから絶対に譲は生き延びるのよ。たとえ他の誰を犠牲にすることになったとしても」

「ああ、分かった。必ず生き残るし、お前の仇も取ると約束する」

「別に仇は取らなくてもいいわよ。そんなことに労力を割くよりもあんたが生きてくれた方が私にとってはよっぽど嬉しいわ」


 段々と声に力がなくなっていくのが分かる。もうあまり長く会話も続けられそうもなさそうだ。


「……ねえ、死ぬ前に一個だけ暴露したい秘密があるんだけどさ」

「なんだよ改まって。この際だ、どんなことでも許してやるから言ってみろよ」

「言ったわね。これを聞いたらあんたはきっと後悔するから覚悟しなさい。さてと、それじゃあ改めて言うけど……」


 そこで一旦言葉を区切って美夜はこう言った。


「好きよ、譲。愛してる。叶うならもっと一緒にいたかった」

「……」

「ごめんね、最後に重荷を背負わせるようなこと言って。でも本気。あっちで私達を救ってくれた時からずっとあなたのことが好きだった。あなたと一緒に居たいから私は異世界に留まらずにこっちに戻ることを選んだ。そのくらい私はあなたを愛してる。これまではふざけて誤魔化す形でしか伝えられなかったけど」


 そこにはこれまで結婚したいとか冗談めかして言った時のようなおふざけの気配は欠片も存在しない。


 言葉で言い表せないほどの愛というものを俺は確かに感じた。

 だからこそ強い後悔の念が拭えない。


 どうして自分は身近な者を守れないのかと。これほどまでに無力なのかと。


「……とんでもない秘密だな」

「そうでしょう? 死に際にこんなこと言われたら一生あんたは私のこと忘れられないわね」

「それが狙いか? 全くとんでもない奴だな。でもその思惑は見事に叶ったよ。ああそうさ、絶対に忘れない」


 忘れられる訳がない。

 そして忘れるつもりもない。


 俺は何度もこれと同じような無念と後悔を引きずって、ここまで進んできたのだから。


「なら、よかった。はあ、それじゃあそろそろ限界だから通話を切るわね。それともしグールになった私を見つけたのならあんまり見ないで処分してもらえる? 死んだ後のこととは言え、あんな醜い化物になった姿をあんたには出来るだけ見ないで欲しいの」

「ああ、分かった」

「それじゃあ……バイバイ。元気でね」


 そうして通話が切れた瞬間に我慢していた怒りが吹き上がる。


「ふざけんじゃねえ! クソが! クソったれが!!」


 何もできなかった自分も、美夜の命を奪った魔物も、この状況を引き起こしたと考えられる邪神やそれに類する存在も、それら全てに対して堪えようのない怒りが噴き出て止まらない。


「絶対に許さねえ。必ず報いを受けさせてやる」


 噴き出る怒りを感じながらもそれによって我を忘れることは決してない。


 これまでの数多の別れの経験がそれを俺に許さないのだ。


 そんなことでは生き残ることもましてや復讐を果たすことなんてできやしない。


 繋がれた命を無駄にしないためにも俺はこの耐えがたい苦痛を背負って進むしかないのだ。


 そうして俺は間に合わないと分かっていながらも車を走らせてメールで示されたその場所へと辿り着いた。

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