(23) 希望

人が遺した建造物の一つ、伝承上の吊り庭園には魔女が一人住んでいる。

西の果て、"庭園"と呼ばれるその場所で、原初の魔女、タルト オ シトロンは遠い昔から今に至るまで、絶えず待ち焦がれていた。



"庭園"はその名の通り、重力に逆らいながら、吊られる様にして空中に浮かぶ。


階段状の露台には土が盛られ、植えられた樹木が良好な景観を形成する。また、草木や花々等の植物はテラスの様に壁からはみ出た構造物に植え付けられ、それぞれの色で咲き誇っていた。


"庭園"の彼方此方には幾つもの噴水が築かれており、流れ落ちてゆく水と共に、空には虹が掛かっている。花と緑、そして自然が織りなすその場所は、最も優れた美しさと称えられ、魔女達の間で現在に伝わっていた。



*



回廊を抜けると、陽光差し込む緑溢れる中庭に辿り着く。中庭は色鮮やかな木々と噴水の水音と共に、華やかな花々が織りなす、心癒す空間となっている。


梟や鹿等の動物達に囲まれるようにして、タルト オ シトロンは、白いテーブルと一揃いにされた椅子へと腰かけた。魔女は用意した紅茶にゆっくりと口を付けながら、昔の記憶に思いを馳せる。



世界に火が溢れていた時代、地上を統べるそれぞれの勢力は、絶える間もなく争い続けていた。



「誰もが道を間違え、そして最後に気付かされていく。────────今となっては意味のない事じゃが、わしにはあれが正解だったとは思えんのじゃ」



タルト オ シトロンは過去を懐かしむように、誰に話し掛ける訳でもなく声を漏らす。


凡そ400年前、"代理戦争"によって全ての世界が崩壊した。死に絶える程に荒廃していた世界の欠片達は、原初の魔女達に繋ぎ合わされて今に至る。そしてそれは緩やかに再生を続けていき、徐々に芽吹きの季節を迎えていた。



"庭園"での生活は、大きな変化がある訳でもない。それに対して瞬く間に大人へと近付いてゆく子供の成長速度に、嬉しさと少しの寂しさを感じつつも、気持ちの変化や成長の度合いに目を逸らすことはない。


何時の時代でも、親は子供の成長を心待ちにしている。子供の成長に寄り添う様に、成長の機会を奪う事の無い様に、娘の成長を見守り続けて来た。



「娘の成長は、幸甚の至りじゃ。まあ迷う事も悩む事もあるじゃろうが、終わりを知らなければ、喜びや悲しみもないじゃろうて。それに誰もが皆、人生初めてなのじゃから、────────のう、アッサム・カルカッタオークション」



そう言って光差し込む中庭の中で、魔女は嬉しそうに笑っていた。



*



"代理戦争"、その勝者の居ない争いは、束の間の安寧によって終結した。


原初の魔女達は不可侵の約定を結び、"庭園"は侵す事のできない領域として、今現在も保障され続けている。




人の願いと魔女の願いは、"庭園"の聖なる森で、春の訪れを待っている。


人々が遺した最後の希望は、変わることなく、いつまでも眠り続けていた。

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