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 転校生は転校初日から大人気だった。

 休み時間になれば席の周りに人が集まり、質疑応答が始まる。何故此処に転校して来たのか、前はどの辺りに住んでいたのか、好きな俳優は、ドラマは、音楽は…聞いているこっちが疲れてしまう程の質問の多さに眩暈がした。

 転校早々過度の質問攻めに少し同情する。あと今日一日、どの時間も煩かった。

 帰り支度を済ませ席を立つと、少数の人に囲まれた転校生が音を立てて立ち上がる。

「ごめんなさい、今日はまだ引越しの片付けがあるので」

 遊びに誘われていたようだったが、断ったらしい。明日はどうか静かでありますように。切実に思う。

 教室の外で待っている七瀬へ足を進める。教室を出る際、転校生と目が合った気がした。


「あの…!」

 まだ人が疎らにいる廊下に控えめだが凛とした声が響いた。それは今日、一日中質問攻めに遭い、その度に聞こえていた声。振り返ると思った通り、そこには転校生の姿があった。

 少し離れている場所でもわかるはっきりとした彼女の顔立ちに、強く真っ直ぐな瞳は此方を、いや俺を見ているように感じた。

 七瀬は俺と転校生を交互に見ながら少し戸惑っている。

 転校生は無言のまま小走りで此方へと向かって来た。

「あの、少しお時間よろしいですか」

「…俺?」

「はい」

 彼女は小さく頷くと周りを見渡し始めた。話す場所でも探しているのだろうか。

 転校初日から校舎の把握はまだできていないだろうと思い、東校舎の三階の図書室を提案しようと口を開いたとき、近くで戸が引かれる音がした。

「お、いいところに。橘ちょっといいか」

 転校生を呼び止めたのは化学準備室から出てきた担任の田口だった。田口は転校生に用があるらしく職員室まで来てほしいと言う。

 彼女は一瞬戸惑ったように瞳を揺らしたが、わかりましたと頷く。そして此方へ身体を向けると頭を下げた。

「お時間を取ってしまい申し訳ありません、また明日にでも」

 艶やかな黒髪を翻し、転校生は田口の後ろについていく。

 一体俺に何の用事があったのだろう、一瞬考えてわかるはずもないのですぐにやめた。

「橘さん、今日大変そうだったね」

「一日中喋ってたぞ多分」

「燕のまわり賑やかだったでしょ」

「一睡もできなかった」

 美人な転校生なんて男女共に興味を引くものなのだろう、俺にはさっぱりわからないが。

 息をするようにあくびをする俺に七瀬は笑った。

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