第6話 対話! 出発! お金は大事?!
「わたしじゃ、ダメなんですか?」
アニーリャを寝かせて念のため見張りながら夜を明かし、ふたりはテイラム邸へ向かった。到着したのは昼過ぎ。家の周囲にはやはり衛兵たちが取り囲んでいたが、ミコトが睨みを利かせて押し通った。
「コンスタンスさん、あなたに魔王としての力はカケラも残っていません。アニーリャさんを身籠もったときに全て継承されているんです」
セーフハウスよりはマシとはいえ、それでもまだ民草の家具のほうが立派に見えるほどにアニーリャたち四人が座るテーブルも椅子もは古びている。
議題の中心はアニーリャの今後について。
アニーリャはミコトの右隣、正面に母のコンスタンス、父のランティはミコトの正面に座り、神妙に娘と勇者を名乗る女を見つめている。
「我が家が魔王の、その、子孫っていうのはわたしも母から聞いています。いずれ現れる魔王を討伐するのが我が家の使命とも」
はい、と頷くミコト。
「ですが、それを十二になったばかりのアニーリャにやらせるのは、危険が過ぎます」
ミコトはゆっくりと頷く。
「あたしは百年前、十二歳で魔王を討伐しました。今回はあたしも全面的にバックアップします」
「ですけど」
「そのために神殿があるんです」
神殿は魔王を討伐する勇者とその補助を行う者を育成する場所。
「幸い、魔王はまだ復活していません。復活までの数年で、あたしがアニーリャさんを鍛えます」
え、とアニーリャが困惑の視線を向けるがミコトは受け流すだけ。
「な、ならもっと大勢で行けばいいじゃないですか」
「大勢連れていっても、直接手を下すのはアニーリャさんとあたしです。人数が増えればそれだけ負担も犠牲も大きくなります。ですので連れて行くとしても、ひとりかふたりでしょう」
だったら、と立ち上がろうとするコンスタンスを手で制し、
「身内がいると、それだけで弱点になります」
ぴしゃりと遮られ、コンスタンスは唇を噛みしめてうつむいてしまう。
「ですけど、こちらも大切な娘さんを預かる身です。なので、一時金としてこちらを」
どさ、と音を立ててテーブルに置かれた布袋には、金貨がたっぷりと詰め込まれ、アニーリャでさえ息を呑んだ。
「討伐が成った暁にはこの十倍を、」
「娘をよろしくお願いします!」
飛びつくようにミコトの手を取り、らんらんと目を輝かせる母に、
「ちょっとお母様?!」
「な、なによぅ。お金は大事なんだから」
そうだけど、と睨むように母を見つめる。コンスタンスは唇を尖らせながらしかし、その瞳の奥にある真意を見たアニーリャは、
「もういい。部屋に戻ります」
ため息と共に言い捨て、リビングを去って行った。
あ、と立ち上がろうとしたコンスタンスを、それまで静かにミコトの話を聞いていたランティが制する。
でも、と食い下がるコンスタンスを、「いまはひとりにしたほうがいい」と微笑みかけてランティはミコトに向き直る。
「……ミコトさん。アニーリャが魔王を倒す、というのは分かりました。親としては心苦しいですが、外を囲んでいる衛兵たちを見ればわたしたちが拒否したところでどうにもならないのでしょう」
ミコトは静かに、はい、とだけ。
「私だってこのお金は喉から手が出るほどに欲しいものです。けれど、あなたが取られている態度は、アニーリャをこの金で売れ、とおっしゃっているようにしか感じません」
憤りに満ちたランティの言葉を、ミコトは正面から受け止め、しかし淡々と返した。
「はい。そのつもりで言っています。そしてもっとはっきりと言えばこのお金は、」
遮ったのはコンスタンス。
「言わないでください。そこから先は、わたしにだって想像できます」
はい、と立ち上がり、出口へ。
「では、契約成立です。出発は
コンスタンスが息を呑む音を背中で聞きながらミコトは部屋を、そしてテイラム邸を去って行った。
「アニーリャ、少しいいかしら?」
静かにノックをして、コンスタンスは怯えたように問いかけた。
「いいですよ。入ってください」
やや諦めたような声音だった。
「は、入りますよ」
ごくりと息を呑んでコンスタスはささくれ立ったドアを開ける。
部屋にあるのはベッドと勉強机と本棚。あとはいくつかの人形やそのサイズに合わせた小さな家具たち。
いずれも「木こり」のスキルを引いた祖父と、「大工」のスキルを引いた父が作ったものだ。アニーリャは幼い頃からそれらに囲まれて過ごし、それらに愛着をもって暮らしてきた。
アニーリャはドアの対角線上にある勉強机に座り、ゆっくりと振り返りながら穏やかに返す。
「なにをそんなに怯えているんですか。お母様ならああいう行動をなさるってわかっていましたから」
びく、とコンスタンスの肩が震える。
「我写を引いてから家に戻ってくるまでの間、いろんなひとからどうしてこうなったか、とか、なんであたしなのか、とか聞かされましたから、あたしの方は覚悟ができてます」
「……そう。からだに気を付けて、ミコトさんの言うことをちゃんと聞くのですよ」
「はい。お母様もお父様もお元気で」
アニーリャからすれば冷たく言っているつもりはない。別れを湿っぽくさせたくないだけだ。
けれど、受け取るコンスタンスには、突き放されているようにしか感じなかった。
「ミコトさんのことだから、出発は明日、とか言われてるんでしょ? だから荷造りとかしたいです。……あと、もう少し、ひとりでいさせてください。いろいろ、考えたいこととかもあるので」
それを感じ取ったのか、アニーリャは穏やかに笑いかけ、いまにも泣き出しそうな母の背中をぐいぐい押して、強引に退出させてドアを静かに閉じた。
「だいじょうぶです。まだ神殿の寮暮らしです。年始の挨拶ぐらいには帰ってきます」
ドア越しにそう伝え、アニーリャは勉強机へ。
そうしないと、母の泣き声を聞いてしまいそうだったから。
もしそうなれば、絶対に決心が揺らいでしまうから。
じわりと浮かぶ涙を袖口でぬぐって、アニーリャは荷造りを始めた。
ドア向こうの母のことは、極力考えないようにしながら。
「こんなつもりじゃなかったのにな……」
テイラム邸は由緒しかない屋敷だ。
かつては使用人含めて百人あまりが生活していたが、家の衰退の度合いが進むにつれて人の数もどんどん減り、いまでは家族三人だけしか生活していない。
百近くあった部屋からも、彩っていた家具や調度品たちは三人暮らしに必要なもの以外は全て売り払われ、誰も手入れをすることのなくなったがらんどうの部屋には、埃だけがその主として降り積もっている。
それでも屋敷を改築して縮小しようという案が出ないのは、まがりなりにも爵位を持つ貴族だという、かろうじて残されている矜持がそれを許さないのか、あるいはその矜持を引きずり続けたせいで解体費用すらなくなってしまったからだろうか。
「ま、親御さんからすれば、子供売ってるように感じるよね」
んーっ、と伸びをしてテイラム邸を眺める。
「援助はしろって言っておいたはずなんだけどなぁ」
それはそれとして、テイラム家の凋落ぶりは腑に落ちないものがある。
「まあいいや、神殿に行ったら幹部連中に問い質せばいいだけだし」
テイラム家のことはさておいて、いまは自分の寝床だ。
野宿する、と言った手前、いまさら「やっぱり開いてる部屋貸してください」とは言いづらい。さらに言えばテイラム邸は神殿所属の衛兵たちが取り囲んでいる。
「ねえあんたたち? あたし野宿するけど、やらしいことするんじゃないわよ?」
冗談めかしてみても、衛兵たちはミコトのことなどまるで眼中にないのか、くすりともしない。
仕事熱心すぎやしないかしら、といささか心配にもなるが、兵士という人種はこういうものかもしれない、と割り切ることにした。
ともあれまだ時刻は昼前。森に入って狩りでもして食料を探してこよう。幸いこの森は野生動物も多く暮らしているし、木々も草葉も元気だ、狩り自体は久しぶりだが、多分どうにかなるだろう、と気持ちを切り替えたそのとき、
遙か彼方から、木々がなぎ倒される音がミコトの耳朶を打つ。
方向は、セーフハウス。
野鳥たちが慌てた様子で空へ、小動物たちはとにかく前へ、と逃げ出す。遅れて強い闘気がミコトや衛兵たちにぶつけられる。
セーフハウスとここの距離は馬で小一時間。
セーフハウスに張り付いていた衛兵たちは、アニーリャたちが馬に乗ると、遠巻きに眺めながら本邸までついてきている。
足音から察するに、相手はオーガを含むゴブリンの群れ。
まずい。
昨日の襲撃の生き残りだ。
自分も撃退に参加していたが、アニーリャが脱出したのと流れが神殿側に傾いていたこともあって放置してしまった。
後悔よりも、いまは対処を優先すべきだ。
腰の剣に手を添えたのと、オーガの咆哮が森全体に轟いたのは、同じだった。
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