第8話 ぼっち、インフルエンサーに訪問される

 切音の武士道チャンネル。新星のごとく現れた切音はわずか一年で登録者数が100万人を超えた。

 刀でモンスターを切り裂く戦闘スタイルはシンプルながらも、本人の容姿と相まって爽快と人気だ。

 特にあの武士風のスタイルは外国人にも受けがいい。

 私もファンの一人だったんだけど最近は彼女の活躍を見るたびに、自分と比べちゃって嫌になってた。

 自分とそんなに年齢が変わらないのに、みたいに動画を見ることもしてなかったんだ。

 切音さんは自分とは違う遥か高みにいる存在だった。

 その切音さんから私のボソッターアカウントにDMがきているわけで。

 配信を終わらせた後、今は覚悟を決めてDMを開いた。


【改めて初めまして。その節はお世話になりました。

 この度は私の不手際により、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。

 しかしながら今回、あの件で私はあなたに大変興味を持ちました。

 前回の配信を楽しく視聴させていただいて、ますますその想いは膨らみました。

 あれは魔道具でしょうか?

 それと今回、あなたに重要なお話があるのでぜひ直接会っていただきたいのです。

 ご都合がつく日時などがあれば教えていただきたいのです。

 本当はあの日に訪問させていただく予定だったのですが夜も遅く、ご迷惑になると思い遠慮しました。

 どうかいいお返事をお待ちしております。切音】


「すっごいのきちゃったぁ……」


 これに対してどう返事するかで私はもうかれこれ二時間くらい悩んでる。

 何度も書き直してるけど、送信の勇気がなかなか出ない。

 特に重要なお話ってなんだろ?

 私の配信にきてくれたくらいだから、悪い話じゃないと思うけど。


「……悩んだけどお断りしよ」


 嬉しい、嬉しいよ。でもここまでうまくいきすぎな気がして。

 どこかで躓くんじゃないかっていう不安がある。

 ゴブリンダンジョンだって調子に乗った結果、崩落させちゃったんだもん。

 ここら辺でセーブしないと、取り返しのつかないことになる。

 うん、お断り決定。


【切音さん、DMをいただけて大変驚いています。

 私こそあなたの配信の邪魔をしてしまってすみませんでした。

 私は元々底辺配信者だった身なので、あなたのようなすごい方と会うなんておこがましいと考えました。

 気持ちの整理がつくまでどうかお待ちいただけると幸いです。ぼっちの魔道具製作チャンネルより】


 送信っと。これでいいんだ。

 切音さんも私のことなんか忘れて配信活動に専念してほしい。


「……あれ?」


 送信してから気づいちゃった。

 このDM、あの日に訪問させていただく予定だったってどういうこと?

 これじゃまるで私の家を特定しているかのような言い方じゃ?

 あはは、まさかね。あ、返信がきた! 早い!


【そうですか。しかしながら、私はすでにあなたの家の最寄り駅にいます。

私としても絶対にお話ししたいので、どうか会ってください。切音】


「はい?」


 何が書かれているのか一瞬だけわからなかった。

 私、断ったよね?

 ていうかこの人、やっぱり私の住所を特定してる!?

 あ、またDM!


【今、あなたの家に向かっています。切音】


「ちょ! ちょちょちょおぉぉ~~~!」


 駅前って言ったら卓越市の卓越駅だよね?

 ホントに来ちゃうの?

 私、断ったよね? また、DM!


【今、六丁目のスーパーの前にいます。切音】


「怖い怖い怖いんだけどぉ!」


 六丁目のスーパーってイートCだっけ?

 ウソでしょ? いつ特定されたの?

 まさかあの日、尾行された?

 考えてみたらあの人がその気になれば、私の足に簡単に追いつける。

 ま、またDM。


【今、三丁目の郵便局の前にいます。切音】


「早くない!?」


 どうしよどうしよ!

 切音さんがこんな人だったなんて!

 実はとんでもない地雷を踏んじゃった?

 ここまでして会いたがる理由がわからない!

 私なんか底辺でぼっちで陰キャで切音さんとは比較にならないほどチンチクリンだから!

 ま、また、DM、きた。もう開きたくない。


【今、あなたの家がある通りにいます。切音】


「だから早いってぇ! どぉなってんの!」


 これ絶対走ってるよね!?

 全力疾走してまで私に会いたいの?

 だとしたらもう――


【今、あなたの家の前にいます。切音】


「おかあさぁーーーん!」


 耐え切れずに一階に下りちゃった!


「誰か来ても絶対に開けないで!」

「あら、どうしたのよ。メリーさんでも来るの?」

「近いけど違う!」


――ピンポーン


「ひぃっ!?」


 き、きた。ホントにきちゃった。

 玄関をそっと見ると、扉越しに人の姿が見える。

 居留守だよ、居留守。


――ピンポーン


「出ない出な……」


――ガチャ


 え? ガチャっていった?

 見ると普通に扉が開いている。

 そして登場したのは何度も画面越しに見た切音さんだ。

 鍵、かけてたよね?


「不躾な登場ですまない。ちなみにこの程度の鍵なら数秒で開錠できる。ダンジョンでこの手の仕掛けは多いからな」

「あわ、あわわわ……」


 切音さんが丁寧にお辞儀をした。

 丁寧にお辞儀で返すお母さんは強いと思った。

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