第2話 ぼっち、気絶する
「深淵の追跡者が……跡形もなく……」
探索者の言葉でようやく状況がわかっちゃった。
確かに跡形もない。これはもしかしてフレアバズーカで倒しちゃったってこと?
ウソだよね? S級ネームドモンスターといえば、登録者数が30万人の配信探索者を殺したこともあるのに。
現実がわかると同時に手が震えてきた。
「立てるか?」
そう手を差し伸べてきた探索者を見て私は息が止まった。
真紅の流れるような赤髪、刀を腰の鞘に納めた侍みたいな服装の女性。
なんでこんな奇抜な格好をしてるのにわからなかったんだろう?
「あう、あぅ……」
「腰を抜かしているみたいだな。手を貸そう」
斬魔姫、切音(せつね)。配信デビュー後、わずか一年で登録者数が100万人を超えた女性だ。
あわ、あわわ。どーしよ、む、無理。ネームド消えて本物がいて、私は――
「あうあわわわわぁーーーーー!」
「え!? ま、待て!」
待ちません! 待ちません!
本物がいるとか知らない聞いてない!
「せめてお礼を……ん? これはまずい……配信を切っていないな」
私は全速力でこの場から逃げ出した。
早くおうちに帰る!
* * *
私は切音(せつね)という名前で配信活動をしている探索者だ。
探索者養成学校を卒業してからすぐデビューしたので今は十九歳になる。
元々は配信活動をする予定などなかったのだが、私が戦っているところを友人が撮影して動画サイトに上げてしまったのだ。
それがバズってしまって引くに引けなくなったというわけだな。
いわゆる友達が勝手に、というやつだ。まったく勝手なことをしてくれる、と当時は思っていた。
ところがこれがなかなか性に合っている。
『切音、珍しく危なかったな……』
『ていうか今のなによ?w』
『追跡者どこいった?』
このようにリアルタイムで私の戦いぶりの反応をもらえるのは嬉しい。
それに何かしらのアドバイスを得られることもあるので、私自身の成長にも繋がる。
そう、今はガッツリ配信中だった。だからまずいのだ。
たった今、私は見知らぬ少女に助けられた。バズーカのようなものを抱えた少女が叫びながら放ち、私の頭上をかすめた。
あれは私が反応できない速度だった。気がつけば深層から私を追ってきた深淵の追跡者が消滅していたのだ。
この私でさえ説明してほしい状況なのだから、このリスナーの反応は当然だろう。
『せつね喋らんな。せつねぇ』
『↑モデレーターさんこいつ消してw』
『今のって演出じゃないの?w』
『演出でS級が消滅するわけないだろ』
『やばすぎィ』
あの状況で配信を切る余裕などなかった。
仕方ない。不本意だがここは――
「皆、すまない。今日の配信は終わろうと思う。スパチャをしてくれた人達もありがとう。では!」
私は強引に配信を終わらせた。
まずいな。これは非常にまずい。私の失態もまずいが何よりあの子だ。
探索者用の服装をしていたから、おそらくそうなのだろう。しかし、あのバズーカ砲はなんだ?
私はあの深淵の追跡者に追い詰められて、配信活動初の逃走を試みた。
ようやく出入口がある階層に戻ってこられたと思えば、あのバズーカ砲だ。
新しい探索者用の魔道具でも開発されたのか? そんなものがあれば知らないはずがない。
いや、それより。それより、だ。
あの少女が私の配信に写り込んでしまったのが問題だ。アーカイブには残さないが万が一でも誰かが切り抜いてアップすれば面倒なことになる。
完全に私の責任だ。私があのネームドを仕留めていればこうはならなかった。
「今からでも追うしかないな……探そう」
見つけてどう話をつけるかまではわからない。ただこのまま放置はしておけないと思った。
* * *
どうやって家に帰ってきたか覚えてないけど、私は自分の部屋にいた。
布団を頭からかぶってすべての情報をシャットアウトしている。怖い。震えが止まらない。
低層のモンスター相手に試すはずがS級のネームドに打っちゃった。
しかも効いちゃったどころか消滅しちゃった。
ど、どおおぉして? どぉしてあんなに威力があるの!?
そもそもなんであんなところにS級が?
「しかもあの人、絶対に切音だよぉ……」
切音さん、配信していたのかな?
綺麗な切音さんの配信に私みたいなブスが映ったらどうなる?
コメント欄はきっとこうだ。
『かわいい切音ちゃんだけでいいのにマジ最悪。しねよあのブス』
『ムカついたから特定するわ』
『あのブス底辺配信者じゃん。チャンネル見つけたわ』
『マジ? 潰してやろうぜw』
「ひぴぴぃ~~~~~~!」
百万人のマンパワーが私にぃ!
待って、待って待て。それはさすがにないよ。
切音さんのリスナーさんはいい人ばかり、コメント欄はいつだって平和だったはず。
うん、ちょっと落ち着いた。
気晴らしに動画でも見よう。猫動画いいよね。猫は世界を浄化する。
さっそく布団から出てスマホで動画サイトを開いた。
「ねこねこ、ねーこー……え? 待って、なにこの通知……」
マイページを開くと通知数が234。
底辺チャンネルアカウントの私の通知なんて、登録チャンネルの動画がアップされた時くらいしか機能しないはず。
あ、また増えた。322、388。あ、あれ?
「ま、まさ、か……」
や、ば、い。確実に特定された。無理、怖くて通知欄を開けない。
これは何の通知? たぶんコメントだよね?
百万人のマンパワーがくる?
そう思った時、私の意識が途絶えた。
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