第11話 土砂降りの放課後に
五限目の体育はダンスのテスト。数人ずつのグループに分かれ、みんなの前で課題を踊らされる。リズム感や運動神経を母のお腹の中に置いてきた疑惑がある私にとっては、罰ゲームでしかない時間だ。
ちなみに、同じクラスで同じ性別なので当然その場にいたAとBは、私の渾身の踊りを笑いながら以下のように評した。
「踊らせてもブスじゃん」
「ほんと傑作。動画撮っとけばよかった」
あまりの言い草にムカついたけど、ダメなのは事実なのでじっと黙っているしかなかった。
しかも悔しいことに二人はめちゃくちゃ上手くて、オリジナルの振りまで入れる余裕を見せ、みんなから拍手喝采を浴びていた。手足が長いから様になるのがうらやましい限り。
私もあのくらいスタイルが良ければなあと思うけど、彼女たちを妬んだって決して手足は伸びない。無駄なことはやめようと思った。
気を取り直して六限目、能力開発訓練。そもそも能力の系統が違う翠川くんとは、この授業もすれ違いだ。
先生と一対一の訓練室。体育で変に汗ばんだ頭をヘッドセットで締め付けると、ムズムズしてなおのこと気持ち悪かった。
そのせいか、いやまあいつものことだけど、念動の対象――今日もティッシュペーパーだったけど――は微動だにしない。
うんうん唸る私を星名先生は一瞬だけ見ると、塗り替えたばかりっぽいネイルを眺めながら大きなため息をついた。
「はあ、いつになったらやる気が出るのかしらね」
先生の悩ましげな目線の先で、明け方の空を思わせるグラデーションに、ゴールドのラメがきらめいていた。素敵な色だと思うけど、問題はそこじゃない。反論するかどうか迷っていると、先生は珍しく二言目を発した。
「まったく、
「いや、その。じゃあ、先生が『染まれ』と思ったら何かが染まるんですか?」
「はあ、屁理屈はいいわ」
純粋な質問だったんだけど、ぴしゃりとはねつけられる。
そもそもだ。ESP適性しかない生徒に何かを動かせとは言わないし、PK適性しかない生徒に心を読めとは言わないのに、私にはそれを当たり前に強いる。まったく平等じゃないなと思う。
しかし、『染色』能力の詳細は不明なるも、PKの一種である可能性が示唆される――なにもかも、こんなぼんやりとした仮説があるせいだ。
だから『やればできるはず、頑張れ』と言われ、一年生の頃は学校でも評判の熱血先生にずいぶんとシゴかれた。
それこそ毎日放課後に何時間も居残らされ、家に帰っても横になって寝る時間が十分に取れないほどだった。
いくら気力体力が充実している十代だとは言っても、心身ともにあまりにもキツくて本当に堪えた。
確かこの人も、『染める時と同じようにすればいいだろう』の一点張りだった。じゃあ先生も動かすのと同じようにして染めてみてくださいと言ってみても、笑ってごまかされた。
――屁理屈をこねているのは、誰なんだろうな。
まあ、私もそこまでバカじゃないので、もうとっくに気づいている。この訓練とやらは、もはや形式的なものなんだと。
【不詳】は既存のどの系統にも属さないとされる能力。わからないものはどうやったって伸ばせないから、なんとか理由をつけて、今ある型にはめるしかない。
でも私は思ったようにはならなかったから、放り出された状態なのだろう。でも、開発訓練は超能力者に課せられた義務だから、たとえ中身がないとしても受けるしかないのだけど。途中で放り出したら、それこそお縄にされてしまうから。
結局、星名先生は私が反論したことに腹を立てたのか、六限が終わる時間まで自習しろと言い渡して訓練室から出て行った。相変わらず、こちらを心底見下したような表情で。
帰ってやりたかったけど、私の立場はかなり弱いことを思い出す。後で言いがかりをつけられても困るのでじっと耐えた。
◆
苦行としかいえない二時間の授業をこなしたあと、ようやく放課後を迎えた。
窓のない訓練室にこもっている間に、天気はけっこうな雨になっていて、締め切られたガラス越しでも雨音がよく聞こえるほどだった。
本来なら鮮やかなはずの秋の景色は、空に重く垂れ込めた雲と同じ、鈍色に染め抜かれてしまっている。私はそれを
今日は、六限目の訓練を終えた生徒から解散することになっている。
訓練――超能力開発訓練は、週に二回、みっつのホームルームのクラスをまとめ、能力の種別やレベルごとに細かくグループ分けして行う。その内容はもちろん多岐にわたるため、自然と終了時間もまちまちになる。
その日の終礼はなしで、黒板に書き付けられている連絡事項をチェックしたら、それぞれ部活に行ったり帰宅したりという感じになる。つい先ほどまではそれなりに賑わっていた教室も、今はしんと静かだった。
やっぱり折りたたみ傘を忘れてしまっていた私は、雨足が弱くなることを願って教室で少しだけ待ってみることにしたけれど、残念ながら雨は強くなるばかり。これ以上粘ると出来たて晩ご飯を諦めないといけなくなるので、観念して帰ることにした。
さっさと決断していればよかったなあと思いながら、黒板をスマホのカメラに収めると、ため息と一緒に机の中身をカバンに詰めていく。自然と隣の席に目がいくけれど、もうカバンは引っかかっていない。
もしここで翠川くんに会えたら、ちょっと嬉しい気持ちで一日が終えられたのにな……なんてことを考えた。最初は彼の笑顔をあれだけ訝しんでたのに、今や一緒にいるのがすっかり楽しくなってるんだから変な話だ。
胸の中がチクチクするのを感じたけれど、明日になればまた会えるんだからと自分に言い聞かせた。残ったブースターを一気に吸ってカバンを持つ。
教室にはまた何人かクラスメイトが戻ってきていたけれど、さよならを言う相手はいない。翠川くんの机に向かって「またね」と心の中でつぶやいてから、私はまっすぐ昇降口に向かった。
もはや鉛色になっている空からは、思った以上の量の雨が降っている。雷は鳴っていないけれど、なんだか恐ろしいなと感じてしまうほどだ。でも、ここで止まっているわけにはいかない。
意を決して土砂降りの中に飛び出した。地を蹴るたびに、水がスカートの裾まで濡らしそうなくらい大きく跳ねる。つま先の方から靴下がだんだん湿ってきて、今にもジュクジュクと音をたてそうだ。
ところどころ歩いている生徒を避けながら走る。視界いっぱいに広がる灰色に、だんだん私の方が染められてしまいそうになる。
傘を持っていない私を誰も気に留めない。翠川くんがもう校内にいないとしたら、私に反応してくれるのは、校門の手前に取り付けられている登下校管理システムのゲートくらい。それをくぐって猛ダッシュすれば駅までは三分ほどだ。できるだけ早く行ければ、それだけ濡れずに済む。
急げ急げ、私はひたすら前だけを見て走ったていた。
「っ!?」
ゲートを通過し、校門を出たところで誰かに腕を掴まれ、私は引っ掛かるように止まった。
そこにいたのは黒い大きな傘を差した、背の高さからして男の人。当然、振り払おうとしたけど、力が強くて無理だった。
「待って」
不審者かと思って悲鳴をあげかけたけど、この声には確かに聞き覚えがある。ゆっくりと見上げた先……目深に被ったフードから覗く目は、他の誰とも見間違いようがなかった。
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